プレ「脱力」: 「脱力」って何ぞや?

公開日: 2016年9月5日月曜日 ピアノ 脱力

こんにちは、リトピです。(2017/04/20: 編集)

ピアノをやっていると、絶対に避けては通れない「脱力」。でも、そもそも「脱力」って何ぞや?というのが当記事のテーマ。これは、ピアノの「脱力」サイトや書籍を読む前に是非知ってほしい事です。

みなさん、「脱力」という言葉を聞いて、何を思い浮かべますか?また、「脱力」というアドバイスを聞いたとき、何をどうすればいいと考えていますか?

一般的な「脱力」の意味

記事「なぜ「脱力」は敵なのか1: 敵である理由」にもご紹介していますが、一般的に使われている「脱力」とは ―

[名] (スル)からだから力が抜けて、ぐったりしてしまうこと。また意欲・気力が衰えること。 気持ちの張りがなくなること・「―感」「下肢―」「頓珍漢な受け答えに―する」
出典: 小学館
図1. 文字通りの「脱力」を実行中

…という意味が込められています。この言葉を文字通り受け止めて「からだから力が抜けて、ぐったりしてしまう」とピアノは弾けないし、「意欲・気力が衰える」とピアノを弾く気すらおきなくなりますよね。。。

でも、あんだけピアノで「脱力」と言われているんだから、ピアノに則した「脱力」というものがあるはず!…というわけで、次から、ピアノ界における「脱力」とは何ぞや?について話を進めていきます。

3つの「脱力」指導

世の中(ピアノ界)には、「脱力」指導に関して、以下の3つの考え方があるってご存知でしたか?

  1. 文字通り「力を抜く」だけ
  2. ピアノに則した「脱力」とは何かを追求
  3. そもそも、「脱力」という言葉自体を避ける

それに対する私の考えは以下の通り。その理由は後述します。

  1. 敵視している。ただいま撲滅運動中!
  2. #1と似ているからもったいない。
  3. 適切な選択である。

さて、アナタの先生はどれに属しているのでしょうか。それぞれの実例について述べていきます。

1. 文字通り「力を抜く」だけ

一般的な「脱力」の意味に一番忠実なのがこの考え方。でも…「からだから力が抜けて、ぐったりしてしまう」とピアノは弾けないし、「意欲・気力が衰える」とピアノを弾く気すらおきなくなります、というのは上記でお話ししたばかり。本当にそんなことをしている実例あるの?と思いますよね?

…残念ながらあるんです。これには、今のところ以下の3つのパターンがあることがわかっています。

  1. とにかく「力を抜け」と言い続ける
  2. 指先を秤に乗せ、腕の「力を抜いた」ときの重さを量る
  3. 指の力を鍛えれば「力は抜ける」と信じこませる

以下でこの3つを解説します。

1-1. とにかく「力を抜け」と言い続ける

このパターンは、「脱力」とは何ぞや?をまるっきりわかっていない人に多いように感じます。一つの例はコチラ。

バジル・クリッツァー 様のブログ「バジル先生のココロとカラダの相談室」にある記事「「肩の力が抜けていない」と指摘されて悩んでいる….どうしたらいいの?」を読むと、そんな指摘をする(そんな指摘しかできない)先生の話が出てきます。

バイオリン奏者の話ですが、ピアノでも内容に変わりはないです。簡単にまとめるとこんな感じ。

図2. とにかく「力を抜け」ということを信じ続けた場合…
  1. 先生の指摘1: 「肩の力が抜けていない」「体がおかしい」
  2. 生徒の状態1: すっかり腕と肩が重く・だるくなってしまい、動きを制御できない
  3. 生徒の状態2: しょんぼりした感覚になったり、眠気を感じることもある
  4. 生徒の葛藤1: これは「脱力」に慣れていないから?
  5. 生徒の葛藤2: 力は限りなくゼロに近く抜けていれば抜けているほど良い?それとも、力を抜きすぎているの?
  6. 先生の指摘2: 「研究してきなさい」
  7. 結果: 生徒は、翼状肩甲(腕を前方へ出しずらくなる、という症状)を発症

「生徒の状態1」および「生徒の状態2」を読むと、一般的な「脱力」の意味と合致しているので…ある意味、この生徒は「脱力」できていることがわかります。でも、その状態では楽器は演奏できない、というのは先ほど上記でお話ししたばかり。

そして、「生徒の葛藤1」および「生徒の葛藤2」が起こるのは容易に想像できます。向上心があれば「現状を打破するためにはどうすればいいのか?」と思うのは当然です。また、レッスンを受けていれば「そうだ、この悩みを先生に打ち明けてみよう」と思うのは至極当たり前でしょう。

でも先生の一言は「研究してきなさい」だけ。。。この人、何のために先生やってるんでしょうか。。。恐らくこの先生は…「力を抜け」としか言わない、のではなく、「力を抜け」としか言えない、だから、自分がうまく説明できないことをごまかすために「研究してきなさい」と言い放った…としか考えられません。

その結果は…無残なものですね。。。このような状況が起きる恐れがあることを、先生たちは自覚すべきです。自分の発言が適当であればあるほど、そして、生徒が真面目かつ熱心であればあるほど、生徒は大きなケガを負ってしまうということを。。。

私は、このような事態が他のところでも起こらないように、当ブログなどで警笛を鳴らしています。

1-2. 秤の上に指先を乗せ、腕の「力を抜いた」ときの重さを量る

たまに見かけるパターン。これは、秤の上に指先を乗せ、秤の値を読みながら、自分がどれだけ「力を抜くことができるか」をチェックする方法です。以下の図3のような感じで。

図3. 秤に腕を乗せ、どれだけ「力を抜くことができるか」をチェックする方法

この方法は、以下の2つのミスを犯しています。

  1. 「打鍵後は、自分の力を抜くことで楽になる」と勘違いしている
  2. 「鍵盤は、腕の重さをかけることで下がる」と勘違いしている

まずは、#1: 「打鍵後は、自分の力を抜くことで楽になる」と勘違いしている、について。以下の図4左をご覧ください。秤では約1.2 kgを指していますが、これは、実は図4右と同じ状況です。このとき、腕や指は…

腕の力を抜く → 指に腕の重さがかかろうとする → (折れないように)指に力が入る = 前腕に力が入る → 指が動かしずらくなる。結果、一向に楽にならない。

…という状況になっています。つまり、腕の力を抜くと、むしろ指に力(正確には、前腕に力)が入るので、楽にはなりません。この解消法については、記事「なぜ「脱力」は敵なのか6: まとめ ~打鍵後の「脱力」はダメ~」をご覧ください。

図4. 秤に指を乗せ、力を抜くということは…?

次は、#2: 「鍵盤は、腕の重さをかけることで下がる」と勘違いしている、について。

よく、秤を使った指導をする人は、「腕の重さを可変させることで、音量を変化させて打鍵出来る!」と豪語します。でもちょっと待った。人間の腕って…そんなに簡単に重さを可変させられたんでしたっけ?

よくよく考えれば、人間の腕の【質量】は一定です。…ということは、その一定の【質量】の腕の落とし具合を、腕(正確には上腕)や肩、背中の力で調節することが正しい打鍵ではないでしょうか(以下の図5をご覧ください)。

図5. 重力奏法のよくある間違い(左)と正しい解釈(右)

ここら辺のお話は、記事「番外編2: 正しい解釈をピアノ打鍵へ応用」や、記事「番外編8: プロと初心者の「打鍵の仕方」の違い~簡易版~」に詳しい説明を書きましたので、お時間がある方は、そちらのページにも足をお運びください。

これ、実は中学物理の内容なんですよね。。。学生のころ、ちゃんと勉強していれば、このような間違いには引っかからないと思うのですが…残念ながら、実際にこの方法で指導している方々がいるようです(「ピアノ 秤 重力奏法」などで検索するといくつかヒットします)。

彼らの名誉(?)のために、ここで実例を挙げるのは止めておきますが、そんな先生の下で指導を受けている方々は…上記のような事実があることを念頭に置きながら、指導を受けてください。

1-3. 指の力を鍛えれば「力は抜ける」と信じこませる

このパターンは、パッと見だと効果がありそう、と思ってしまうのが怖い。物理学、人体の構造に疎いとこの手の話に引き込まれてしまいます。一つの例はコチラ。

書籍『ピアノ脱力奏法ガイドブック 1』(書籍レビューはコチラ)に書かれている内容がまさにコレ。

この書籍のまとめを非常に簡単に書くならば、「指の関節を鍛えれば、力は抜ける」です。この問題点は3つ。

  1. 指の関節って鍛えられるの?
  2. 腕の重さを指で支えられるの?(その状態でピアノは弾けるの?)
  3. ピアノを弾くって、力を抜くだけで解決するの?

残念ながら、この3つの疑問は、その書籍を読むだけでは解決しませんでした。

人間の構造の視点から見ると、最初の2つ「指の関節って鍛えられるの?」「腕の重さを指で支えられるの?(その状態でピアノは弾けるの?)」はノー。そして、物理学の視点から見ると、最後の1つ「ピアノを弾くって、力を抜くだけで解決するの?」もノーです。(それらの詳細は、その書籍レビューをご覧ください。)

指の力を鍛えれば「力は抜ける」…そう言っている人は、一体何を信じて、それを強く主張されているんでしょうね。。。

まとめ1. 文字通り「力を抜く」だけ

この指導には以下の3パターンがあり、どれも、「良い指導法だ」とは言えそうにないです。

  1. とにかく「力を抜け」と言い続ける
    → 先生は、「脱力」とは何ぞや?を全く知らなくて、適当にアドバイスしている恐れあり
  2. 秤の上に指先を乗せ、腕の「力を抜いた」ときの重さを量る
    → 打鍵に「腕の重さ」は関係ない。打鍵後は腕を【支える】べき。
  3. 指の力を鍛えれば「力は抜ける」と信じこませる
    → 他方面から見れば、その理論はおかしい、というのがわかる

2. ピアノに則した「脱力」とは何かを追求

これにも2パターンあります。

  1. 「○○することで脱力できる」と丁寧に説明
  2. 「脱力とは、本当は△△することである」と新たな情報を付加する

以下でこの2つを解説します。

2-1. 「○○することで脱力できる」と丁寧に説明

「脱力」の意味はそのまま(?)に、説明内容を「○○すること」に重きを置いているパターン。その一つの例はコチラ。

伊藤佳実 様のブログ「ピアニストのためのアレクサンダー・テクニーク」にある記事「脱力の方法 7」を読むと、打鍵時に「脱力」するポイントは以下の3つである、と言っています。

  • 力を抜いて重力で手全体が落ちるような感じで
  • 落とした手が固まらないように
  • 手を上げるときは手首から上げるように

少なくとも上記1つ目は、良い「打鍵の仕方」の実行方法であることがわかっています(詳細は、記事「番外編7: プロと初心者の「打鍵の仕方」の違い」を参照)。そのため、このやり方は良い指導とも言えるでしょう。

でも私は、このやり方は「もったいない」と思います。なぜなら、最初に述べた「1. 文字通り「力を抜く」だけ」と混同する恐れがあるからです。

「脱力」という言葉を意識してしまうことで、「もしかして、ただ力を抜くだけでも、何かしらの効果があるのでは?」と考えてしまう恐れがあります。実際に、このパターンで書かれているのブログには、ピアノ奏法についての説明者自身が「1. 文字通り「力を抜く」だけ」と混同した書き方・教え方を度々やっているように見受けられます。そのため、それでは、これが「良い指導だ」とは言うにはまだ何かが足りない気がします。

2-2. 「脱力とは、本当は△△することである」と新たな情報を付加する

これは、曖昧とされる「脱力」には、「調べた結果、△△という意味・効果がある」と説明し、新たに情報を付加するパターン。その一つの例はコチラ。

書籍『ピアニストの脳を科学する 超絶技巧のメカニズム』(書籍レビューはコチラ)に書かれている内容がまさにコレ。

その著書に書かれている内容と同じようなもので、その著者(古屋 晋一 氏)が書いた記事「ピアニストのための脳と身体の教科書」の一つ「第10回 「力み」を正しく理解する (4)エコ・プレイ:力まずに弾くスキル(1)」では、「脱力」を…

必要最小限のエネルギーを使って、最大限の音楽・音響効果を創り出すための技能
としています。

最初の方に述べた、【一般的な「脱力」の意味】には書かれていない新たな情報・意味を、ここでは付加していますね。

でも私は、このやり方を「もったいない」と思います。なぜなら、【「脱力」に付加された新たな情報】を、先生-生徒間で正しく共有していなければ、「脱力」とアドバイスをする先生と、「脱力」とアドバイスされた生徒との間で、内容の理解に齟齬が生まれてしまうからです。

先生と生徒の間で「脱力」というアドバイスの理解に齟齬があると、「先生がやってほしいと思っている練習」と「生徒がやろうと考えている練習」が異なります。そのため、それでは、これが「良い指導だ」とは言うにはまだ何かが足りない気がします。

まとめ2. ピアノに則した「脱力」とは何かを追求

この指導には以下の2パターンがありますが、これらを「良い指導法だ」と呼ぶのはちょっと違う気がします(面白い試みだと思いますが)。

  1. 「○○することで脱力できる」と丁寧に説明
    → ややもすると、「1. 文字通り「力を抜く」だけ」と混同する恐れがある
  2. 「脱力とは、本当は△△することである」と新たな情報を付加する
    →【「脱力」に付加された新たな情報】を、先生-生徒間で正しく共有していなければ意味がない

そもそも、「脱力」という言葉自体を避ける

これは言わずもがな…当ブログがその一つの例です。「脱力」という言葉を避けることで、どんな良いことがあるのか…というのを当ブログで説明しています。

ちなみに、私以外にもこれと似たようなことを主張している人たちはいます。以下で簡単にご紹介しておきます。なぜ、「脱力」という言葉を避けようとしている人たちがこんなにもいるのか…「脱力」を信じている方々も、一度考えてみると良いと思います。

全体のまとめ

この記事では、世の中(ピアノ界)には、「脱力」指導に関して、以下の3つの考え方がある、というお話をしました。以下、そのまとめです。ピアノの「脱力」サイトを読むときに、そのサイトはどれに属すか、というのを考えてみてください。

    <3つの「脱力」指導>
  1. 文字通り「力を抜く」だけ: ×
    → 1-1. とにかく「力を抜け」と言い続ける
    → 1-2. 秤の上に指先を乗せ、腕の「力を抜いた」ときの重さを量る
    → 1-3. 指の力を鍛えれば「力は抜ける」と信じこませる
  2. ピアノに則した「脱力」とは何かを追求: △
    → 2-1. 「○○することで脱力できる」と丁寧に説明
    → 2-2. 「脱力とは、本当は△△することである」と新たな情報を付加する
  3. そもそも、「脱力」という言葉自体を避ける: ◎
    → 詳細は、当ブログの記事をご覧ください。

では。

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