お悩み相談室17: トレモロがうまく弾けないのですが…

公開日: 2017年10月24日火曜日 ピアノ 持論 脱力

こんにちは、リトピです。

さて、今回の「お悩み相談室」の内容はこちら。

悩み17: トレモロがうまく弾けない

「ドソドソ~」や「ド↓ド↑ド↓ド↑~」のように、2つの音を交互に親指-小指などの指で打鍵するトレモロの演奏って結構難しいんですよね。ずーっと弾いていると腕が痛くなってきて…

このとき、大半の人が「腕が痛い = 力を使いすぎている!? → 「脱力」しなきゃ!!」という思考で練習していると思います。でも、いくら「脱力」を意識してもなかなか上手に弾けませんよね。。。今回は、なぜ「脱力」ではなかなか弾けないのか?を明確にしつつ、皆様に、真のトレモロの弾き方を指南いたします。

図1. トレモロ演奏中、どんなに「脱力」を意識してもなかなかうまく弾けない…なぜ!?

トレモロとは

念のため、トレモロについて復習しておきましょう。Wikipediaによれば、トレモロとは…

単一の高さの音を連続して小刻みに演奏する技法、ならびに複数の高さの音を交互に小刻みに演奏する技法
…のことだそうです。有名どころで言えば…以下の図2の部分でしょうか。

図2. ベートーベン作曲「ピアノソナタ第8番「悲愴」 第1楽章」抜粋。この左手のトレモロ連続パートに労苦するピアノ弾きが多いのだとか。。。

そして、この厄介なトレモロ演奏のコツとして、Web上やとある書籍によく書かれている内容がコチラ。

  • 手首の脱力!
  • (手のひらの)筋力が必要!
  • 手首をひねって弾く

上記のコツは、皆さんもどこかで見聞きしたことがあるのではないでしょうか。これらが本当にトレモロ演奏のコツかどうかを考えつつ、次の項目へ向かいましょう。

初心者とプロの弾き方の違い

では今回も、初心者とプロの弾き方の違いから、トレモロ演奏のコツを見つけてみましょう。今回は、以下の論文を参考にしました。

S. Furuya, T. Goda, H. Katayose, H. Miwa, and N. Nagata N
Distinct inter-joint coordination during fast alternate keystrokes in pianists with superior skill.
Frontiers in Human Neuroscience, (2011)

タイトルを日本語に訳すと…「優れたスキルを持つピアニストの迅速な代替キーストローク(高速トレモロ)時の特殊な関節間協調」といったところでしょうか。この論文の内容は、書籍『ピアニストの脳を科学する 超絶技巧のメカニズム』にも書かれているので、英語が苦手な方は、そちらを参考にすると良いと思います。

上記論文では、初心者とプロとのトレモロ演奏の「違い」がどうなっているのかを明らかにしたものです。簡単にまとめると、以下の違いがあったそうです。

  • <初心者の弾き方>
    • 主に「指」を使って弾いている
    • 弾いていない指にも、力を入れて関節を固めている
  • <プロの弾き方>
    • 主に【肘の前腕回転】を利用して弾いている
    • 弾いていない指は、楽な状態になっている

ふむふむ、なるほど。初心者とプロでは、上記のような違いがあるんですね。ちなみに…ここでいう【肘の前腕回転】というのは、図3のような動作のことです。

図3. 肘の前腕回転 = 小指側の骨(尺骨)を軸に前腕を内転・外転をする動作

…だけど、文章だけでは、いまいちわかりにくいところがありますね。。。では、上記論文にある実験結果のグラフを見てみましょう。グラフはそのまま張り付けず、私の方で簡略化しています。なお、グラフの横軸はトレモロの演奏速度です。演奏速度が上がると、初心者とプロでの弾き方はどのようになるのか、一緒に見ていきましょう。

トレモロ演奏で使う主な部位

初心者とプロで大きく違うのは【肘の使い方】ではないでしょうか。以下の図4を見ると、初心者は、演奏速度を上げるとき、【肘の前腕回転】の利用量が非常に少なく、その分の力を「指」で補おうとしているようです(この点は後述)。これは「腕を脱力させなさい!」というアドバイスによる弊害ではないでしょうか。。。

図4. トレモロ演奏時の(a)肘の前腕回転量、及び、(b)親指、小指の動作量

トレモロ演奏で使っていない指たちの処理

ここら辺は想像通りですかね。このグラフだけを見れば、単純に、プロは初心者に比べて、「弾いていない指の力が抜けている!」と言えそうでs…

図5. トレモロ演奏時の弾いていない指たちの(c)指の角度、及び、(d)指の関節の硬さ

…っと言いたいところですが、ここで初心者の指に力が入っている理由は、以下の流れがあるからだと考えられます。

  • [原因] 初心者は、そもそも肘の前腕回転量が足りない
  • [過程] その足りない力を補うべく、1,5の指が頑張ってしまう
  • [結果] 指は独立しないので、どうしても他の指にも力が入ってしまう。。。

そのため、単に「力を抜け!」というアドバイスでは、[原因]そのものを解消したことにならないので、この問題は絶対に解決しません。だって、この「原因」を解決させるための正しいアドバイスは、「力を抜け!」とは逆行した【肘の前腕回転につながる力を使え!】なんですから。。。

小まとめ

とりあえず、ここら辺でひとまず上記2つの内容をまとめます。まずは、初心者の弾き方から。うーん、「指の力」で弾くために、前腕に力が入っていて…とても弾きにくそうですね。。。

図6. 初心者のトレモロ演奏方法。主に「指」を使って弾いているので、速く弾こうとすれば弾こうとするほど、指を動かす筋肉(前腕内の筋肉)を酷使してしまう。この弾き方こそが、トレモロを弾いているときに腕が痛くなる原因だと考えられる。

次は、プロの弾き方を見てみましょう。トレモロの動作を【肘の前腕回転】に任せることで、「指の力」を使う必要がなくなったので、楽に弾けています。

図7. プロのトレモロ演奏方法。主に【肘の前腕回転】を利用して弾いているおかげで、指を動かす筋肉(前腕内の筋肉)を軽減できる。この弾き方こそが、トレモロを楽に弾くやり方。

初心者とプロでは、このような違いがあるんですね。では、両者の「違い」がはっきりしたところで、全体のまとめに移りましょう。

まとめ

なぜ「脱力」では弾けないのか?

まずは…一番最初に「なぜ「脱力」ではなかなか弾けないのか?」という問いを投げかけましたが、それを明確にしましょう。

トレモロ演奏のために利用していた「指の力」を、単に「脱力」しただけでは、打鍵に【必要な力】そのものが抜けてしまうため、上手く打鍵できない、と考えられます。

図8. トレモロの演奏で「脱力」してしまうと、【必要な力】がなくなってしまうため、上手く打鍵できない。

どうすれば弾けるようになるのか?

とにかく「脱力」…ではなく、【弾き方を変える】という意識を持ちましょう。初心者とプロの「違い」を見ると、プロは、初心者よりも【肘の前腕回転】を利用させてトレモロを弾いています。なので、我々も、プロに習って【肘の前腕回転】を利用して打鍵する練習をしてみましょう。

図9. 【肘の前腕回転】を利用してトレモロを弾くことで、打鍵に【必要な力】が得られるため、上手に、しかも楽に打鍵ができる。

あれ?「余計な力」は??

上記のグラフを見て気付かれた方がいるかもしれませんが…この初心者もプロも、打鍵時に使用していた力は「余計な力」ではなく、トレモロ演奏で【必要な力】だったんです。ただ、その使い方(= 弾き方)が違っていただけ。そもそも、「余計な力」なんてないです(詳細は、記事「なぜ「脱力」は敵なのか4: 脱力なんていらない」を参照)。

そして、この打鍵に「【必要な力】をどの部位で発揮させるか」というのが、初心者とプロとの「違い」。プロは、その【必要な力を、より強い部位に任せる】というのが、この研究結果からわかります。これが、【身体のコーディネート】と呼ばれるものです。

つまり、とある動作が楽に、軽やかにできるのは、身体を「脱力」させているから…ではなく、とある動作に【必要な力を、より強い部位に任せる】から、だということを覚えておきましょう。どんなに力を抜いても、その動作に【必要な力】そのものが損なわれてしまったら、身体(という重たい物体)はうまく動きません。ただ単に力を抜いても、その動作は絶対に楽になりません(詳細は、記事「プレ「脱力」4: いろんな弾き方を試そう」を参照)。

図10. 実は、「余計な力」は存在しない。あるのは、打鍵に【必要な力】をどの部位で使っているか、だけ。

ウワサのトレモロ演奏のコツをバッサリ

最後に、本記事の最初の方でご紹介した、Web上やとある書籍によく書かれているトレモロ演奏のコツについて、バサッと切り込みを入れたいと思います。以下、赤字がリトピのコメントです。

  • 手首の脱力!
    → 力を抜いても、弾けない[原因]はそのまま。。。
  • (手のひらの)筋力が必要!
    → 弾き方が悪いから、筋力が足りないと錯覚。
  • 手首をひねって弾く
    → あぁ、勘違い。。。実は、手首は回転しない。

最後の部分は、勘違いしている人が多いようなので、念のため補足。「手首は回転しない」についてですが、このトレモロ演奏で回転させているのは「手首」ではなく【肘】です。手首はこの方向に回転しないので、勘違いされている方は、認識を改めましょう。そうしないと、手首や腕、肘を痛めます(参考書籍『ピアニストならだれでも知っておきたい「からだ」のこと』)。

図11. 手首は、このようなイメージで回転…【しません!】。この点、皆様はお気を付けください。

さて、初心者とプロでは、動かしている主な部位がそもそも違う(= 弾き方そのものが違う)ので、単なる「力を抜け!」では、この「トレモロがうまく弾けない」という悩みは解決しない…というのは、もう皆さん納得されましたでしょうか。

うーん…「腕の力を抜け」と言っている「脱力」信者は…実は、それ自体が自分の首を絞めていた(【肘の前腕回転】の利用量を自ら下げ、弾きにくい状況を自ら作り上げていた)、というのはなんとも皮肉なものですね。。。皆様はこうならないように、トレモロ演奏では、十分に【肘の前腕回転】を利用させて、楽に弾きましょう!

番外編1: トレモロの初期練習での「ゆっくり練習」に意味はない

せっかくなので、このトレモロの練習方法を考えてみましょう。

上記でわかったように、トレモロ演奏の最大のキモは、【肘の前腕回転】を利用することでした。しかし…演奏速度が遅いと、「指の力」でも(ある程度楽に、ミス無く)弾けてしまうので…初期練習においての「ゆっくり練習」は、全然トレモロの練習にならないです。

なぜなら、【肘の前腕回転】を利用したことのない人が、遅いテンポの中で練習した時、【肘の前腕回転】で弾けているのか、「指の力」で弾いてしまっているのか、というのを判断をするのは、非常に難しいです。また、外から(先生が)見たとしても、対象者の演奏動作が遅いと、見た目で両者の弾き方の違いを指摘するのは非常に困難でしょう(どちらも弾けているように見えるので)。

ここら辺は、記事「「ゆっくり弾くこと」の罠3: 速く弾くためには「速く弾く練習」が必要」でお話した通り、初期練習で「ゆっくり練習」をしてしまうと、「難しさの性質」がガラッと変わるため…これでは全然【トレモロ】の練習になりません。。。

図12. いきなり「ゆっくり練習」すると、遅いテンポでは「指の力」でも弾けてしまうので、「【肘の前腕回転】を利用したトレモロ演奏」の練習にならない。

そのため、ここでは【指だけでは弾くのが大変な速度】でトレモロ練習するのが良いでしょう。「指の力」だけでは弾きにくいので「【肘の前腕回転】を利用して打鍵しなきゃ!」ということが意識しやすくなります。この練習で大事なのは【弾き方を変えよう】(= より弾きやすい方法を見つけよう)という意識を持つこと。

このとき、十分に気をつけてほしいのは、練習中「頑張って、必死になって弾こう!」と思っては【ダメ】ということ。トレモロ演奏時に「頑張って」しまっているときは、必死に「指の力」を使って、【無理やり】トレモロを弾いている可能性が高いです。

なので、ここでは「楽に弾こう!」と考えながら弾きましょう。【肘の前腕回転】を利用していれば、今まで感じたことのない「楽な状態」でトレモロを弾くことができます。

なお、このような「楽をしよう!」という考えは決して「悪」ではありません。もしそう考えていたら、以下のネイガウス先生の言葉を思い出しましょう。

生徒たちは、"楽なポジション"と"効率が良い"ことを、"だらんとした怠慢"と混同しがちだ
出典: 『音楽家のためのアレクサンダー・テクニーク入門』
この練習で考えるべきことは、「脱力」という "だらんとした怠慢"ではなく、「【肘の前腕回転】を利用したトレモロ演奏」という"楽なポジション"や"効率が良い"弾き方を探すことです。

図13. あえて「弾きにくい」と感じるテンポで練習することで、「【肘の前腕回転】を利用したトレモロ演奏」の弾き方の【試行錯誤】がやりやすくなるので、どんどん上達する。

この練習で注意してほしいのは、練習での評価は「打鍵ミスなく弾ける = 出来た」ではない、ということ。トレモロ演奏は、とにかく頑張って・必死に演奏すれば、「指の力」でもどうにか弾けてしまいます。

でも、「指の力」では演奏速度、力そのものに限界があるし、そもそも、この練習で会得したいのは「【肘の前腕回転】を利用したトレモロ演奏」です。そのため、「指の力」で弾いたときの「打鍵ミスなく弾ける」は「出来た」ではない、ということを肝に銘じておきましょう(だから、単なる「ゆっくり練習」によって、打鍵ミスが減っても、それは「出来た」とか「練習した」とは言えない)。

逆に、「【肘の前腕回転】を利用したトレモロ演奏」さえ会得できれば、その練習中にミスが多くてもいいんです。っというか、むしろ、そのミスのおかげで「どうやって【肘の前腕回転】を利用したらもっと楽に弾けるだろうか?」という【試行錯誤】が促されるので、そのようなミスは丁重に扱いましょう。ここら辺は書籍『ミスタッチを恐れるな』を参考にしながら練習すると良いでしょう。

ただし…上達してきてからの、「スキーマ学習」による「ゆっくり練習」には、【より速いトレモロ演奏】を可能にする、という絶大な効果があります(「スキーマ学習」の詳細は、記事「「ゆっくり弾くこと」の罠8: 「ゆっくり練習」の良い点?」を参照)。

最初は「一定練習」を重ねて、「【肘の前腕回転】を利用したトレモロ演奏」を会得します(図14-(1))。その後、「ゆっくり練習」によって、【テンポと肘の前腕回転量の関係】を見極めます(図14-(2))。そして、その【テンポと肘の前腕回転量の関係】の傾向を掴んだら、【より速いトレモロ演奏】で必要な【肘の前腕回転量】を推測しながら練習します(図14-(3))。

このようなテンポ変化という「多様性練習」をすることで、少しずつ【より速いトレモロ演奏】ができるようになります。皆さんも試してみてください。

図14. (1)で「一定練習」をした後、(2)の段階で「ゆっくり練習」(= テンポの「多様性練習」)をすることで、(3)の方向を予測。こうすることで、【より速いトレモロ演奏】の練習プランが自分一人でも立てられるようになる。

番外編2: 【肘の前腕回転】のその先へ

さて、上記まとめで…プロは、【必要な力を、より強い部位に任せる】=【身体のコーディネート】を行って、より楽にピアノを演奏している…というお話をしました。

この【必要な力を、より強い部位に任せる】=【身体のコーディネート】ということを考えると、ここでご紹介した【肘の前腕回転】を利用する打鍵よりも、もっと楽な弾き方というのが考えられるんです。

それが【肩の力】を利用した打鍵。【肩の力】は、高速和音打鍵を楽に演奏するときにも有効活用されましたが、このトレモロ演奏でも【肩の力】の利用は絶大な効果を発揮します。

イメージは以下の図をご参照ください。この弾き方は…簡単に言えば、この【肘の前腕回転】を腕側の筋肉で生み出すのではなく、【肩の力】を利用して生み出すんです。詳細は、書籍『ピアノ・テクニックの科学』に事細かに書かれているので、ご興味がある方はそちらをどうぞ。

図15. 当記事で、散々【肘の前腕回転】を利用しなさい!と言ってきたが、ここで【肩の力】を利用すると、「【肘の前腕回転】によるトレモロ演奏」とは比べ物にならないほど、もっともっと楽にトレモロが弾けるようになる。

このように、【必要な力を、より強い部位に任せる】=【身体のコーディネート】を考えることで、ピアノはどんどん楽に弾けるようになります。そうやって、楽に弾けるようになれば、演奏中でも音楽表現の細かいところにまで意識を向けられるようになるので、技術面だけでなく、表現の面でもより良い演奏が可能になります。

【演奏テクニックを極める】というのは、そのまま【表現力強化】にもつながるので、考えておいて損はないと思います。

では

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