番外編9: 高速オクターブ連打を徹底解剖!

公開日: 2019年7月26日金曜日 ピアノ 持論 脱力

こんにちは、リトピです。

アグレッシブなピアノ演奏パートの代名詞といえば……そう、「高速オクターブ連打」ですね(ぇ。高速に繰り出されるオクターブの連打は、カッコいい曲には必ずといっていいほど含まれています。ピアノならではの華やかで情熱的な表現には欠かせないですよね!

しかし、この高速オクターブ連打を軽やかに演奏するためには相当な技術が必要になる、というのはみなさん実際に練習して肌で感じていることでしょう。今回はそんなカッコいいけど難しいっ!という「高速オクターブ連打」を徹底解剖しちゃいます!

一般的な(?)高速オクターブ連打の解釈

さて、連続オクターブ連打といえば、簡単なところでバダジェフスカの乙女の祈りの後半、難しいところでショパンの英雄ポロネーズのあの左手などが有名ですねよ(図1)。

図1. 連続オクターブ連打の例。(a) バダジェフスカの乙女の祈り抜粋。(b)ショパン 英雄ポロネーズ抜粋。この左手16分音符のオクターブ連打に悩まされているピアノ弾きは数知れず。。。

まず初めに、一般的に(よくWeb上や書籍内で)、この難所の弾き方はどうすればよいと言われているのでしょうか?巷でうわさになっている弾き方をまとめてみました。

    <高速オクターブ連打の弾き方>
  • それは「脱力」です!
  • 手首、二の腕、肩の脱力が欠かせない
  • 力を加える→脱力を繰り返す
  • ボールをつくような動作で、打鍵後の反動を利用
  • 腕の重みで弾き、瞬時に力を抜く
  • 指に力を入れなくていい
  • 打鍵する指を常に鍵盤に付けておくこと
  • 手首のスナップを利かせて弾く
  • 無駄な動きはしない、余分な動きを省く…etc.
    <高速オクターブ連打の練習方法>
  • ゆっくりなテンポで練習。
    + 徐々に速くするとき、弾き方はゆっくりなテンポのときと変えないで!

「あっ、この連続オクターブ連打の弾き方、聞いたことある!」「オレ / 私は、この弾き方で実践してるよ!」と思う内容が、上記の項目の中にいくつか含まれているのではないでしょうか。

では実際、プロはどうやって連続オクターブ連打を弾いているのでしょうか?
えっ、別に調べる必要はない?上記の内容がプロが実際にやっている弾き方だって??

うーん……それ、ほんとかなぁ?


ってなわけでこれから、実際プロはどうやって連続オクターブ連打を弾いているのか一緒に見てみましょう!

プロが行っている高速オクターブ連打

この本題に入る前に、ぜひ皆様の頭に入れておいていただきたいことが3つあります。

    <不変の物理法則>
  1. 物体は、力を加えれば加えるほど、速く動く
    (運動方程式: F = ma)
  2. 短時間で物体を速く動かすには、より大きな力が必要
  3. 速く動いている物体を短時間で停止させ、方向転換させるには、より大きな力が必要
    (力積、運動量保存の法則: Ft = mv' - mv)

これら以外の方法で、物体を速く動かしたり、急停止させたり、方向転換させたりすることはできません。

ちょっと難しく書いていますが、例えば車で考えてみてください。1、車は、アクセルを踏めば踏むほど、速く進む、ということ。2、高速道路に入る際、短い時間(距離)で車を速く走らせるには、アクセルをより強く踏むことが必要、ということ。3、走っている車を急に止めるには、ブレーキをより強く踏む必要がある、ということです。それ以外に、車を急に速く走らせたり、急停止させたりする方法はありません。どれも当たり前なことですよね(図2)。

図2: これらのことをするためには、アクセルやブレーキを強く踏まなければならない(= より大きな力を使わなければならない)

まぁ、急停止する際、その時にまったく力を使いたくなければ……壁にぶつかる、という選択肢があります。ただそれを選択した場合、自動車は大破し、中の人もただでは済まないので、普通はそういう手段は取りません……よね?(図3)

図3: 自分の力をまったく使わずに急停止する方法。止まるために自分の力を使わなくってもいいからって、この方法はとりたくないよなぁ。。。

では、本題へ。

プロの高速オクターブ連打: 説明編

ねぇ、知ってた?

プロは【力任せに】、高速オクターブ連打を弾いているんだよ♪

「えっ??」「はっ!?」と驚く人ばかりだと思いますが、よく考えればこれは当然なこと。 上記で書いた1,2,3を思い出してください。物体(ここでは腕や手)を素早く上下に切り返しながら動かす(「打鍵→腕持ち上げ」の繰り返し)には、そもそも、それ相応の大きな力が必要なんです。要は、力なくして、高速オクターブ連打はない、ということ。長年「脱力」を信じ続けて練習をしてきたみなさん、ご愁傷さまでした。。。

「おぃ、リトピ!わけわかんねぇ嘘つくんじゃねぇよ!」「それじゃ楽に弾けるわけねーだろっ!出せっ!!そのソースをよぉ!!!」「世間ではあんだけ「脱力」とか「腕の重み」とかって言われてるのに?バッカみたい。それ、証拠あるの?」なんて声が聞こえてきそうなので(ぇ)、続けます。ここでは、以下の論文を参考にプロの高速オクターブ連打*を解剖します。今回取り上げる論文はコチラ。

Individual differences in the biomechanical effect of loudness and tempo on upper-limb movements during repetitive piano keystrokes,
Shinichi Furuya et. al., Human movement science, 2011

この論文の内容は少々難しいので、先にこの論文内で使われている人体関連の用語を説明します(図4)。

図4. 論文で使われている身体の部位や動作の図解(イメージ)。(a)は各筋肉、(b)は各角速度についての簡易的説明を載せている。(訂正: 画像内のFDCはFDSの誤り。以下同様)

図4では、図のスペース上、筋肉名を英語のままにしていますが、日本語に置き換えると以下のようになります。

  • AD: 肩屈筋(上腕を前方~上方向に動かす筋肉)
  • PD: 肩伸筋(上腕を前方~下方向に動かす筋肉)
  • Biceps: 上腕二頭筋(肘を曲げ、前腕を上方向に動かす筋肉)
  • Triceps: 上腕三頭筋(肘を伸ばし、前腕を下方向に動かす筋肉
  • EDC: 指伸筋(指を伸ばす筋肉)
  • FDS: 指屈筋(指を曲げる筋肉)

これで準備万端です。では早速、高速オクターブ連打の解剖に移りましょう。

プロの高速オクターブ連打: 図解編

この論文によれば、簡単にまとめるとプロは連続オクターブ連打を、速くすればするほど【使う筋肉量や、使う筋肉の部位を増やす】と、いうことのようです。

プロが遅いテンポで連打した時(3 Hzの打鍵 = 8分音符の3連符をBPM 60で演奏 = バダジェフスカの乙女の祈り後半のオクターブ連打の演奏速度くらい?)と、速いテンポで連打した時(6 Hzの打鍵 = 16分音符オクターブをBPM 90で演奏 = ショパンの英雄ポロネーズのあの左手オクターブ連打の演奏速度くらい?)の打鍵の時間の流れ全体はこんな感じ(図5)。

図5. 遅いテンポで連打した時(左)と、速いテンポで連打した時(右)の打鍵の流れ。赤字は筋肉。黄色い星は、打鍵終了(鍵盤が底を突いたときの)時間

えっと……これだけじゃ、さすがにわかり難いと思うので、一つ一つ順を追って説明します。

遅いテンポで連打した時

プロは、バダジェフスカの乙女の祈り後半のオクターブ連打(3 Hzの打鍵 = 8分音符の3連符をBPM 60で演奏 )をこうやって弾いている!(と思われる。)

遅いテンポ#1(黒い破線と三角の矢印の時間で停止したとき)

おっと、早速プロは肩屈筋の力を【使って】、前腕を打鍵方向に加速させていますね。ま、物体(ここでは腕や手)を動かすにはある程度の力が必要ですから、これは当然なこと。この時点で、高速オクターブ連打の弾き方として挙がっている「脱力」の線は消えた、と。意外と早かったな。。。

この打鍵の仕方については、記事「番外編4: 「脱力」で、高速和音打鍵は絶対に出来ない」で説明しているので、詳細は割愛。

遅いテンポ#2(黒い破線と三角の矢印の時間で停止したとき)

プロは次に、腕の勢いを止めるため、上腕二頭筋の力を【使って】います。「ん?せっかく力を使って腕を加速させたのに、打鍵前にもかかわらず打鍵と逆方向の力を使ってブレーキかけちゃうの?それ、【無駄な力】じゃね??」と思ったアナタ、だいぶ「脱力」に毒されています。

さて、なぜプロは、せっかく生み出した腕の加速を、わざわざ力を使ってまで止めようとしているのでしょうか?これについての説明は後ほどいたします。

遅いテンポ#3(黒い破線と三角の矢印の時間で停止したとき)

ここは特に問題ないでしょう。このようにプロは、遅いテンポで連打した時(3 Hzの打鍵 = 16分音符オクターブをBPM 45で演奏)この上記1,2,3を繰り返しているんです。

なぜ、プロは打鍵寸前にブレーキをかけたのか

さて、上記2で、「なぜプロは、せっかく生み出した腕の加速を、わざわざ力を使ってまで止めようとしているのでしょうか?」と疑問を投げかけましたが、それについて解説します。 当たり前の話ですが、鍵盤を連打するためには、鍵盤を押す方向(打鍵)の動きと離れる方向(離鍵)の動きを交互に素早く動かさなければなりません。そして、腕や手を鍵盤を押す方向(打鍵)の動きから離れる方向(離鍵)の動きに素早く変える、つまり、方向転換をするためには、この鍵盤を押す方向(打鍵)の勢いをどこかで素早く止めて反対(離鍵の動きにすぐ移れるようにする必要が出てくるわけです。

ここで次のことを思い出してください、最初に話した不変の物理法則と車の例です。その時、急停止について私はこう言いました。

まぁ、急停止する際、その時にまったく力を使いたくなければ……壁にぶつかる、という選択肢があります。ただそれを選択した場合、自動車は大破し、中の人もただでは済まないので、普通はそういう手段は取りません……よね?

これをピアノに置き換えると、もし鍵盤を押す方向(打鍵)の勢いを自らの力で止めようとしなければ……こうなってしまうわけです(図6)。

図6. 腕の勢いを自らの力で止めずにそのまま打鍵した場合、指は鍵盤に衝突。車が壁にぶつかるのと同じ状況を作ってしまう。これ、手や指を痛める原因になりませんかねぇ?

プロは、上腕二頭筋を使って腕の勢いを自ら止めることで、手首や指のスナップを利かせるとともに(これもブレーキをかける目的で、オクターブ連打するためには重要な行為)、手や指を痛める行為を避けつつ、次の動作(鍵盤から離れる方向の動き)への準備をしている、というのがこの結果からわかります。だから、その力は、決して「無駄な力」じゃないんです!むしろ【必要な力】と呼ぶべきです。

まったく、力を使うことを極端に嫌う「脱力」信者たちは、こういう指への配慮も欠けているみたいだな。。。

速いテンポで連打した時

プロは、ショパンの英雄ポロネーズのあの左手オクターブ連打(6 Hzの打鍵 = 16分音符オクターブをBPM 90で演奏)をこうやって弾いている!(と思われる。)

速いテンポ#1(黒い破線と三角の矢印の時間で停止したとき)

ん?プロは、遅いテンポの時に使っていた肩屈筋の力に加え、上腕三頭筋の力も【使って】、前腕を打鍵方向に急加速させているみたいですね。って、えぇ!?遅いテンポの時よりも使っている筋肉の量だけでなく、【使っている筋肉の部位】も、増えてるやないかーい!!

……そりゃそーだ。テンポが速くなった分、腕を加速させる時間が短くなったので、遅いテンポよりもより大きな力を加えないと、腕の加速が足りず、速いテンポに腕の打鍵が追いつかないですからね。これは、上記で説明した、車が高速道路に入るとき、と考え方的には同じですかね。短時間で腕の速度を上げるには、それ相応の力が必要、というわけです。

この動作と同時に、遅いテンポの時には使われていなかった指屈筋の力が使われていますが、これは、腕の打鍵の勢いにつられて指がふらふらしないように、という配慮だと思います。

速いテンポ#2(黒い破線と三角の矢印の時間で停止したとき)

プロは次に、腕の勢いを止めるため、遅いテンポのときよりもより大きな上腕二頭筋の力を【使って】います。なぜブレーキする必要があるのかは上記で説明した通り。ここでは、【手首のスナップ】が効くように腕の力をコントロールさせています。

この動作と同時に、遅いテンポの時には使われていなかった指伸筋の力が使われていますが、これは、腕の打鍵の勢いにつられて鍵盤に当たった指が曲げられないように、という配慮だと思います(打鍵と同時に指が曲がると、それがクッションやサスペンションのような働きをしてしまい、せっかく生み出した打鍵の力が鍵盤に伝わらない)。

速いテンポ#3(黒い破線と三角の矢印の時間で停止したとき)

ここでは、まだ指伸筋が力を発揮しています。理由は上記と同様と思われます。プロは、速いテンポで連打した時(6 Hzの打鍵 = 16分音符オクターブをBPM 90で演奏)この上記1,2,3を繰り返しているんです。

オクターブ連打を低テンポ→高テンポにするとどうなっていくか?

これまでは、遅いテンポでのオクターブ連打と速いテンポでのオクターブ連打を別々に見ていましたが、次は、その両方見比べて違いを探してみましょう(図7)。

図7. 遅いテンポと速いテンポでのオクターブ連打の違い

いくつも違いが出てきていますが、ポイントだけ述べます。

    <連続オクターブ打鍵のテンポが上がると……>
  • A: 肩屈筋の力がより多く使われるようになる
  • A: 上腕三頭筋が使われるようになり、上腕二頭筋と交互に使われる
  • B: 指屈筋と指伸筋が上腕三頭筋と上腕二頭筋と同様に交互に現れる
  • C: 肘の角速度(≒ 前腕を振る速度)はほとんど変わらない(実は遅くなっていく)
  • C: 手首の角速度(≒ 手首より先を振る速度)は大きくなる

楽に速く弾くには「脱力」が大事、と世間一般的(?)には言われていますが……Aを見る限り、まったくそうなっていないことがわかります。プロでさえ速く弾くときは、より大きな力・よりたくさんの力を使っているんです。

如何なる時においても「力を抜くこと」しか頭にない「脱力」信者たちにとっては、実際プロは「上腕三頭筋を使うことで打鍵の切り返し速度を上げていた」なんて、夢にも思わなかったでしょうね。まぁ、ただこれは、最初の方に説明した不変の物理法則や車の例から考えれば、むしろ当然のことなんですがね。。。

また、指の力を抜こうと躍起になっている人達も、思うように速いテンポでオクターブ連打ができないはず。だって、プロでさえ、いや、プロだからこそBに記載している通り指に力を入れて、指が腕や手の素早い上下運動に振り回されないようにして & 鍵盤に打鍵の力をしっかりと伝えているんですから。「脱力」って考え、全然使えねぇな!

当ブログでは何度も言っていますが、「楽な状態」と「だらんとした怠慢(= 脱力)」を混同しないでいただきたい。「だらんとした怠慢(= 脱力)」で腕を速く動かせるなんて妄想を何の疑いもせずいつまでもし続けている人達は、今後のためにも、もう一度中学物理をやり直した方がいい。

なお、Cについては、この高速オクターブ連打を語るうえでの最重要ポイントになるわけですが……あの遅いテンポと速いテンポでのオクターブ連打のグラフを見て、「速いテンポでは肩屈筋や上腕三頭筋をあんなに使っているのに、肘の角速度(≒ 前腕を振る速度)は遅いテンポと変わらない(むしろ遅くなっている)ってどういうこと!?」ということに気付けなかったら(もしくはこの言っている意味がわからなければ)、次に説明するその最重要ポイントは飛ばしてくださって結構です。後でゆっくり・じっくり考えてみてください。

では、Cについて解説。
実は、テンポが速くなると、プロは、腕全体の上下運動そのものを速くしていくのではなく、肩屈筋や上腕三頭筋の力を十分に使って、手首の角速度(≒ 手首より先の手を振る速度)向上を図っているんです(肘の角速度を手首の角速度に変換させるために、腕にブレーキをかける上腕二頭筋の力を強く、かつ、早めに使っているのは、それが目的。この際、指の角速度の最大値、最小値は、テンポが遅いときとさほど変わっていない点にも注目)。これが高速オクターブ連打を楽に弾く秘訣、というわけです。(図8)

図8. 各関節周りの角速度。実は肘だけでなく肩の角速度もテンポがより速くなると減少しているのがわかる。それらの減少分は、全て手首の角速度向上に利用される。

これ、簡単に言えば【手首のスナップを利かせて】オクターブ連打を高速に弾いている、と言えるのですが、実際に高速オクターブ連打に必要な手首のスナップ動作を得るためには、上記のような【力の使い方】をして、各部位(肩→肘→手首)の角速度の速度受け渡しを行わなければなりません。こんな動き、「手首のスナップを利かせて弾け」と言われたところで、「はいそうですか、わかりました」とすぐにできるわけないです。ましてや、このとき「脱力」という考えは論外。だって、ここで本当に重要なのは【上腕二頭筋と上腕三頭筋の使い方】なので。

ここで、「手首のスナップを利かせるには、まず初めに手首の脱力が必要でしょ?何が間違っているの??」と言う人がいるかもしれませんが、速く弾けない人の手首に力が入っているのは、(アナタ達の間違った指示によって)腕や肩を脱力させたせいで、腕や手の上下運動の速度を向上させる力・メインの動力源が足りなくなり……そのままだと速いテンポでの打鍵が間に合わなくなるので、打鍵の時に仕方なく(無意識的に)手首の力を借りているだけでしょう。単に手首を脱力させただけでは高速オクターブ連打のあの上下運動は生まれません。一方、キチンとした【上腕二頭筋と上腕三頭筋の使い方】がわかれば、手首の力で打鍵する必要がなくなるため、おのずと手首のスナップが利くようになります。

また、本題に入るときに、「プロは【力任せに】、高速オクターブ連打を弾いている」と言いましたが、一応その証拠を出しておきます。この研究の結果を見ると……テンポが上がると、それに伴って各筋力の使用量が増えていることがわかります(図9)。そもそも、物理的に(力任せに)腕や手を速く動かす以外に、オクターブ連打を速くすることはできないので、当たり前といえば当たり前ですが。。。これが、プロが実際に【やっていること】。

図9. プロが各テンポでオクターブ連打をするときの使用した筋肉の最大量のグラフ。どの筋肉も、連続オクターブを弾くテンポが速くなると、使われる筋肉量が増えている。

なぜ、プロはそんなに力を使っているのに手を痛めないのか?

それは、プロは力の【使い方】が上手だからです。(何度も言いますが「脱力」しているから、ではない)

腕を痛める要因の一つとして、とある部位を曲げ伸ばしする両筋肉を【同時に】収縮させること、というのがあります。それは、関節周りが固定され、安定した動作が得られるのですが、それと同時に、その関節周りを痛めてしまう原因にもなります(図10)。

図10. 指を曲げ伸ばしする両方の筋肉や、手首を上下に動かす両方の筋肉を同時に収縮させると、動作は安定するが、その関節周りを痛めてしまう。

この論文によれば(一部のプロたちや)初心者は、安定した打鍵動作を求めるために、各曲げ伸ばしの両筋肉を同時に収縮させがちで、それが腕や手、指を痛める要因になっているようです。一方(より良い演奏をする)プロは、高速オクターブ打鍵のテンポが上がると、上腕三頭筋を利用するようになりますが、その力は、上腕二頭筋と【交互】に使っています(指屈筋と指伸筋も同様)。つまり(より良い演奏をする)プロは、より大きな力で高速オクターブ打鍵の動作を速めていますが、それと同時に、曲げ伸ばしする両筋肉の同時収縮を避け、腕を痛めることなく、高速打鍵を実現させている、というわけです(図11)。

図11. 各部位の筋の同時収縮度合い。 腕や手に負担のない演奏ができるプロは、各部位の同時収縮度合いがゼロに近い。

ゆっくりテンポから練習して、速いテンポを弾けるようにするのは可能か?

結論からいえば、不可能。

そもそも、ゆっくりテンポと速いテンポでは、使われている筋肉の「量」だけでなく【部位】も異なります。そのため、「使う筋肉をゆっくりテンポと同じにする」という制限したまま速く弾くのは不可能。要は、ゆっくりテンポでは、速いテンポと比べて使われていない筋肉が多いので、ゆっくりテンポで練習しても、速いテンポで使うときの筋肉を使う練習にはならな、ということ。

それに、高速オクターブ打鍵を楽に(ケガなく)弾けるようにするには、曲げ伸ばしの両筋肉を【交互に】収縮させることがひとつのポイントですが、ゆっくりテンポでは、その練習はまったくできません(上腕三頭筋を使いながらゆっくり弾くことは不可能)(この場合の正しい練習方法は記事「番外編4: 速い動作は「ゆっくり」練習できない」を参照)。

そのため、高速オクターブ打鍵を速く楽に弾くことができないのは、ゆっくり練習が足りない云々ではなく、そもそも、その練習の仕方自体が悪い、ということも十分に考えられます。皆様、お気を付けください。

総括

今回も説明が長くなってしまった。。。でも、こういった高度な技術を要する演奏をキチンと説明するためには、ここまでの時間(と、それを理解するだけの物理知識)が必要なんです。これでも結構省いて話してるんですよ(この論文には、それぞれのテンポをフォルテで弾いたときとピアノで弾いたときの説明もあるので、お時間のある方はぜひご自身の目でお読みください。その内容もかなりためになります)。適当に「脱力」と言っている人たちは楽でいいよな、ホント。。。

今回の内容を簡単にまとめると、高速オクターブ連打を、プロは……

  1. × 力を抜くから、腕を痛めず楽に速く弾ける
  2. ○ 力を効率よく使うから、腕を痛めず楽に速く弾ける

ということ。なお、「力を効率よく使う」 = 「腕の加減速に使う力を十分利用する」 & 「曲げ伸ばしする両筋肉の同時収縮を避ける」です。

最後に、巷で言われている高速オクターブ連打の弾き方に対してリトピが一つひとつ修正を加えておきます。

    <高速オクターブ連打の弾き方>
  • それは「脱力」です!
    → 残念!プロは力を【効率よく使って】いる
  • 手首、二の腕、肩の脱力が欠かせない
    → プロはそれらの力を【十分に利用して】いる
  • 力を加える→脱力を繰り返す
    → プロは曲げ伸ばしする両筋肉を【交互に】使っている
  • ボールをつくような動作で、打鍵後の反動を利用
    → 人間の手はゴムボールの類ではないので、打鍵時の反動力で手は浮かない
    (だから、プロは打鍵方向とは逆の力を使って打鍵の勢いを止め、次の動作の準備をしている)
  • 腕の重みで弾き、瞬時に力を抜く
    → 速く弾くときにはそのやり方では間に合わない
    (重力だけでは力が足りず、腕をより速く動かせないので)
  • 指に力を入れなくていい
    → プロは打鍵の安定化 & 鍵盤に力を伝えるため、それらの力を【十分に利用して】いる
  • 打鍵する指を常に鍵盤に付けておく
    → それこそ不自然な動作。余計な力を使う恐れあり。
  • 手首のスナップを利かせて弾く
    → 間違っていないが、「その動きを得るための過程」の理解は果てしなく遠い。
    さらに、間違っても「脱力」という意識で得られる動きではない。
  • 無駄な動きはしない、余分な動きを省く
    → えっと……そもそも何が「無駄」で「余分」な動きかわかった上で、それ言ってます?
    <高速オクターブ連打の練習方法>
  • ゆっくりなテンポで練習。
    + 徐々に速くするとき、弾き方はゆっくりなテンポのときと変えないで!
  • → 不可能な練習方法。「ゆっくりなテンポでの動作 ≠ 速いテンポの動作」なので。。。

改めて、一部の「脱力」信者には、「力を使わない」ってことがどういうことか、今一度考えていただきたい。特に今回の場合、「力を使わない = 腕を高速に振るためのエネルギーが不足」だ、ということは明白です。オクターブ連打を速く弾けないのは、単なる練習不足ではなく、(物理的な意味での)力不足だということを、皆様は肝に銘じておきましょう(鍛えろ、という意味ではなく、使っていい力は制限せずに十分に使え、ということ)。

では。

*) 実際、この論文では5度の和音の連打で実験が行われたようですが、別にオクターブ連打と置き換えても差し支えないでしょう。


P.S.
そもそも、「脱力」を前提にした考えはいろいろとおかしいんです。だって、何度も言いますが、この世の中は、

  1. 物体は、力を加えれば加えるほど、速く動く
  2. 短時間で物体を速く動かすには、より大きな力が必要
  3. 速く動いている物体を短時間で停止させ、方向転換させるには、より大きな力が必要
という世界なんですから、前提として連続オクターブ連打を速く弾くには、普通の速度で弾くいているときよりも、より大きな力がないとダメです。っということは、正直なところ、上記論文なんてわざわざ読まなくても、この3つさえきちんと理解していれば、「「脱力」が大事」、なんて恥ずかしくて言えないはずです。

この「高速オクターブ連打」の弾き方で「脱力」が大事と言っている人たちは、いったい【何が】、腕や手を高速に上下に切り返し運動させる動力源になっていると思っているんでしょう?「脱力」さえ意識すれば、自分自身の力を一切使うことなく、自身の腕や手が勝手に(しかも高速に)上下運動を始める、なんて思っているわけ??もしそれが本当だとしたら、彼らは……もう人間ではないよなぁ。。。

彼らや彼らの言葉を信じている人たちがオクターブ連打を速く弾けないのは、十中八九、その運動の【メインの動力源】である【肩や腕の力】を「脱力」という言葉で封印しているから。そのせいで不自然な力で腕や手を上下運動させなければならず、自身の手や腕を痛めてしまうのでしょう。自分で自分の首を絞めてどうするんだか。。。

もしくは、重力(腕の重み)を、ピアニストらが使える魔法のアイテムかなんかと勘違いしていませんか?重力は、地球上にいる限り一定なので、遅く弾こうが速く弾こうが、体や腕にかかるその力は一定です。腕や手をより速く動かすためには、より大きな力が必要なのは明白ですから、重力というものを正しく知っている人こそ、その力だけではオクターブ連打を速く弾くのには不十分だということに気付くはず。でも、それに気付いていないということは、重力とは何かを知らないにも関わらず「重力(腕の重み)を利用して弾け!」と言っている、としか思えません。そういう発言、ご自身の勉強不足を露呈しているってこと、わかってます?

これを機に、(稚拙な物理知識による)勝手な憶測(もとい妄想)で、「プロはみな、連続オクターブ連打を「脱力」して弾いている!」と豪語している人たちは、全員猛省しろっ!あなたたちのせいで、日本のピアノ演奏能力が低い・技術が遅れてると言っても過言ではない、と私は思う。残念ながら、上記の内容こそが、プロが本当に【やっていること】です。

きっと、このような私の発言にムカッとくる人もいるでしょう。でも、ここでの一番の被害者は、そうやって専門外の私に非難されている「アナタ達」ではなく、アナタ達のアドバイス(≒単なる思い込みによる自説)を疑いもせず鵜呑みにしてしまう【危険なまでに優秀な生徒】です。ここで「うるさいな、こっちだって真剣にやってんだよ!」と思う人こそ、この辺、今一度よーく考えていただきたい。アナタ達は【誰のために】先生をやっているのかを。

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