番外編4: 「脱力」で、高速和音打鍵は絶対に出来ない

公開日: 2015年11月20日金曜日 ピアノ 持論

こんにちは、リトピです。

今回は、高速和音打鍵における「脱力」の限界と、その突破口は何か、を見ていこうと思います。

(2019/08/22追加)
もっと詳しい論文の高速和音・オクターブ連打の内容を記事「高速オクターブ連打を徹底解剖!」にわかりやすくまとめましたので、当記事にご興味がある方は、こちらも合わせてご覧ください。

プロと初心者の差とは

今回参考にさせていただくのは、上智大学 理工学部 情報理工学科 准教授(当記事の執筆時)の 古屋 晋一先生が執筆された、以下の学会誌の内容です。 直接この学会誌の内容で使われている図を私のブログで使うのは良くないと思ったので、ここでは各図を自分で簡略化させています。

ピアニストの身体運動制御 ―音楽演奏科学の提案,
古屋 晋一, システム制御情報学会誌, 2009

ちなみに、書籍『ピアニストの脳を科学する 超絶技巧のメカニズム』に同等の内容が載っていますが、この学会誌も、興味のある方、お時間のある方はぜひ読んでみてください。

「脱力」の打鍵イメージ

早速、上記学会誌の第1図(図a)をご覧ください。高速オクターブ打鍵をした時の結果です。 黒い点のグラフ(ピアニストの結果)は真横に伸びているのに対し、白い点のグラフ(初心者)は右肩下がりになっています。 この結果は、高速オクターブ打鍵を、高速性を保ったまま大きな音量で演奏できたのがピアニスト、すぐへばってしまったのが初心者、ということを表しています。

図a. 連続オクターブ打鍵の結果のイメージ

その理由は…と聞くと、きっと一部の「脱力」信者は、「プロは「脱力」ができてるからに決まってるじゃん。」「だから、肩も腕も手首も力を抜きましょう。そういう無駄な力を抜けば、余計な力を使わず、腕の重さで打鍵できるので、結果として、長時間高速かつ大音量でピアノを弾くことができるんですよ。」と言うに違いありません。

その「脱力」しつつ腕の重さを利用した打鍵イメージってこんな感じ?

図b. 「脱力」しつつ打鍵したときのイメージ
肩や腕、手首の力を抜くと、図bのような方向に腕が落ち、腕の重さを利用した打鍵が出来そうなので、恐らくこれが「脱力」の打鍵イメージでしょう。でも断言します。もし、これをイメージしながら高速打鍵の練習をしていたら…アナタはこれから練習時間を無駄に浪費し、ずっと高速打鍵で苦労をし続ける、と。

「脱力」では考えられないプロの打鍵時の動き

ここで、上記学会誌の第4図(図b, c)をご覧ください。ピアニストの腕の動きは、一部の「脱力」信者からは想像もできないような動きをしています。なんと、ピアニストは肩の力を利用し、「脱力」の打鍵イメージとは逆の方向に腕を持っていっています。 これはおかしいですね、一部の「脱力」信者は「肩の力を抜け」と言っていた気がしますが。。。そして、彼らの言う「腕の重さの利用」はどこへやら。。。

図c. ピアニストの打鍵イメージ

この動き、上記学会誌の第3図(図d)を見てわかる…かどうかわかりませんが、肩の筋トルクにより発生する肘や手首周りの運動依存性トルクを利用して打鍵しています。

図d. トルクに焦点を当てたときの、ピアニストの打鍵イメージ
えっと、一つずつ説明します。まずはトルクから。Wikipedia先生、教えて!
トルク(英語: torque)は、力学において、ある固定された回転軸を中心にはたらく、回転軸のまわりの力のモーメントである。一般的には「ねじりの強さ」として表される。力矩、ねじりモーメントとも言う。
ちょっとわかりずらいかもしないので、トルクは、物体を回転させる力、と(語弊を覚悟で)言い換えてもいいかもしれません。 (本来、トルクは「力」そのものではなく「力のモーメント」(物体に回転を生じさせるような力の性質を表す量)です。(by Wikipedia))

「筋トルク」について。肩や肘、手首には、その部位を動かす筋肉がついているので、その関節を軸に、 自分で意識的に身体を動かすことが可能です。自分の意思で(筋肉を使って)動かした時に発生する回転する動きの力(のモーメント)を「筋トルク」と呼んでいるようです。

次に「運動依存性トルク」ですが、今回のように、肩周りの筋肉を使い、上腕を前に持ち上げると、その上げた勢いで(肩の筋トルクにより)、前腕や手先は、肘や手首の関節を軸として、下向きに回転すると思います。その回転する動きの力(のモーメント)を「運動依存性トルク」と呼んでいるようです。

プロは「脱力」ではなく「運動依存性トルク」を利用する

ミソは、肩周りの筋肉を利用し(肩の筋トルクを発生させ)、「その勢いで肘や手首の関節が回転(運動依存性トルクが発生)」しているところ。この肘や手首の回転は、主に筋力を使ったことによる回転ではありません。 これは、副次的に発生する「運動依存性トルク」を利用することで、打鍵時に必要な自分自身の筋力利用量を抑えることができる、ということです。

これは、古屋氏らのまとめた一流ピアニストによる打鍵動作の上肢運動制御(CrestMuseシンポジウム 2008)の<結果>の棒グラフを見るとわかりやすいかと思います。まず、ピアニストは肩周りの筋肉を使い「筋トルク」を初心者よりも大きく発生させています。しかし、そのおかげで肘や手首周りで「運動依存性トルク」が初心者よりも大きく発生するため、打鍵に対して使う筋力量を減らせる。つまり、長時間大音量で高速打鍵できる、というわけです。

この動き、実はとっても合理的。なぜなら、肩周りの強い筋肉を使って、肘や手首の関節を軸に身体を動かす弱い筋肉をサポートしているからです。 おぉ、これぞ、身体・筋肉の「コーディネート」!!やはり、このワードは間違っていないようですね。

この身体・筋肉の「コーディネート」のおかげで、ピアニストは長時間、疲れることなく大音量で高速打鍵ができるんですね。 もちろん重力も利用(「腕の重さを利用」というイメージは間違い)していますが、ピアニストは、我々が持つ「脱力」のイメージとは違う方法で重力を利用しています。詳細は、記事「番外編1: 重力を利用した演奏方法の正しい解釈」をご覧ください。

「脱力」というアドバイスの弊害

記事「番外編3: 「脱力」以外のアドバイス案」で、無駄な力(力み)について話しましたが、高速打鍵において、初心者にはこんなことが起こっているかもしれませんね。

図b. 「脱力」による力み発生のメカニズム
これこそ、「脱力」なんてし続けたら、こんなこと(記事「番外編2: 「脱力」というワードは危険」)になりかねませんね。。。

一部の「脱力」信者は「プロは「脱力」ができているから弾ける」と謳って、肩の力も腕の力も手首の力も、どれも無駄な力/余分な力であるかのように扱っていましたが…演奏・パフォーマンスの見た目や、自身の「ずさんな感覚意識」(詳細は、記事「番外編1: なぜ人は「脱力」できたと思うのか」を参照)に惑わされてはいけない、ということですね。彼らは勝手なイメージで、人間の身体の中でピアノ演奏に利用できる動きを最初から制限させていた、ということになりますね。。。少なくとも、我々はそういうことをしないように気を付けましょう。

ピアニストの行っている打鍵方法は、「脱力」信者が言っている「1.脱力」して、「2.指の関節を鍛えて」、「3.指・鍵盤に腕の重さを乗せる」という考え方では絶対に行わない奏法でしょうね。それが逆に自分たちを苦しめていたなんて、皮肉なものですね。。。 正しくは、「1.腕をキチンと支えて」、「2.正しい身体の構造・使い方」を知り、物理学をおろそかにせず「3.鍵盤を押す力」に目を向けること。それらを踏まえて、このような本当に楽で合理的な正しい奏法を身につけていきましょう。

しかし、この学会誌の実験結果を見て、「脱力」信者はいったいどう思うんでしょうか。。。(ちなみに、かつて「脱力」信者だった私は、この内容を読んで、かなりの衝撃を受け、鳥肌が立ちました。こういう研究がもっと進み、早急に広く浸透することを強く願います。)

(2019/08/22追加)
当記事の内容をもっと詳しく知りたい!と思った方は、記事「高速オクターブ連打を徹底解剖!」も合わせてご覧ください。上記で説明した高速オクターブ連打を徹底解剖してます。これでアナタの高速オクターブ連打がもっと速く・より楽に!!

では。

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