コラム1: スポーツ界における「脱力」とは

公開日: 2015年11月12日木曜日 持論

こんにちは、リトピです。

このコラムでは、ピアノ以外の雑多なことを書いていきます。今回は、当ブログメインの「脱力」について、ピアノ以外の視点から見てみます。(ちなみに、当管理人のリトピは、野球や車にはそこまで興味ありません。。。)

スポーツ界でも「脱力」が大事、ですが...

スポーツ界でもよく耳にする言葉ですね、「脱力」。そもそも、「脱力」には良い意味はないのに、なぜ使われるのでしょうか。 例えば、野球。バットを降るとき、ボールを投げるとき。そして水の中で泳ぐときでさえ、どうやら「脱力」がキーワードのようです。力の抜けた感覚になったときが一番ボールが飛んでいくらしいですね。

でも、ちょっと待った。いくら「脱力」といっても、バットが飛んでいかないようにしっかり握らなきゃいけないし、ボールだって適切にリリース出来なきゃ、悪送球になってしまいます。水泳だってそうです。水の中にいれば浮力があるので浮くための力は必要ないでしょうが、水の中でバランスをとりつつ、水をかくわけですから、力がいらないはずありません。

そこで「脱力」信者はこう言うはずです。「「脱力」とは無駄な力を抜くことだ!」と。。。えっ、それってまったくアドバイスにはなってませんよ。じゃ、その無駄な力って何?それをどうやって抜けばいいか、感覚抜きでしっかりアドバイスできます?

私は思うわけです。バットがちゃんと振れないのは、「脱力」が足りない(無駄な力が抜けてない)ではなく、バットを振るために必要な力がどれくらいかをキチンと理解していないからだと。だから、最初は何も知らず力いっぱい振っちゃうんです。

本当のキーワードは「インピーダンスマッチング」

聞きなれない言葉だ、と思う人が大半でしょう。これは電気の世界では一般的な言葉です。簡単に説明すると、電源に負荷をつなげた時、負荷側で最大電力を取り出すには、インピーダンス (抵抗)の大きさをどれくらいにすればよいか、ということです。 図1に回路図を示します。

図1. 簡単な回路図
ここで、負荷側の電力POを最大にするときのインピーダンスの関係は、以下のようになります。
  1. r = RO
証明は省略しますが...内部抵抗と負荷の抵抗の大きさをそろえる、つまり「インピーダンスマッチング」が取れていれば、負荷側で最大電力を取り出せるわけです。

さて、これがなぜが本当のキーワードなのか、そしてこれがどうスポーツ界にかかわっているのか、気になるところですよね。 では、次の章を見てみましょう。

力学の世界でも通用する「インピーダンスマッチング」

この「インピーダンスマッチング」という考え方、実は力学にも応用できます。本当はとっても複雑なんですが、簡単にすると…

  • 自分が持っている力 = 電圧: V
  • 自分が感じる負担 = 内部抵抗: r
  • 物の動かしにくさ = 負荷: RO
  • 物のスピード = 電流: I
  • 物が発揮する力(仕事量) = 電力: PO
と、いうことですが…ところで皆さん、運転免許は持っていますか?マニュアルの免許を持っている人なら「車のギアチェンジ」を何度も行っているでしょう。車を動かし始めるときはギアを1に。加速し始めたらギアを上げていく。もうマニュアル運転者なら当たり前の行動ですね。でも、なぜギアチェンジが必要かご存知ですか?

車の場合

実はその行動、車とのインピーダンスマッチングをとっているんです。イメージとしては図2のようになります。(かなり簡略化しているので厳密ではありません。)

図2. 回路図を車の走行に見立てたとき
要するに、車を走らせるためのギアチェンジはこうなっています。
  • 車が動き始めは重い→負荷ROが一番大きい→一番抵抗の大きいギア1を利用(スピードが遅い(抵抗値が大きいので電流が小さい))
  • 車が走り出すと慣性の法則で、車を走らせる力が小さくなる→負荷ROが小さくなる→ギアの数字を上げ、車の走行に対する負荷とのインピーダンスマッチングを行う(スピードが速くなる(抵抗が小さくなるので電流が大きくなる))
と、いうわけで、いつも負荷側(車の走行に対する抵抗)に対して最大パワー(車を走らせる力)を発揮できるように、マニュアル運転者はギアチェンジを行っています。なので、あるスピードに対して、適切なギアを選べば、燃費が良くなる...はずですよね。
(参考: クラシカル・ギターを止められない インピーダンス整合について(1)?その意味? [科学と技術一般])

インピーダンスマッチングの応用

水泳の場合

インピーダンスマッチングを考えるといろいろわかってきます。例えば水泳。やみくもに腕を振ってもダメ。水を押し出すようにするとうまく泳げる、つまり、手のひらに水の抵抗を感じながら腕を動かすことで、推進力を生み出せる、ということです。

その抵抗は車と一緒で一定ではないため、車のギアと同じように少しずつ内部抵抗(自分の感じる負担)を減らしていかなければなりません。(水をかいていくと、水の抵抗が小さくなるので、水をかくスピードを上げられる。)これは単なる「脱力」では説明できません。
(参考: リラックスして泳ごう 泳ぎのインピーダンス(Ω)マッチング (2)

ピンポン玉とボウリング玉の場合

もっとイメージしやすくすると、例えば、ピンポン玉は指ではじくだけで飛んでいきますが、ボウリング玉はそうはいきません。逆に、ボウリング玉と同じようにピンポン玉を投げようとしても全く飛ばないです。負荷(玉の動かしにくさ)と、その負荷にかける力(自分にかかる負担)とのインピーダンスマッチングがとれないと、それぞれの玉は遠くに飛びません。

ピンポン玉のインピーダンス(ここでは質量、つまり「物の動かしにくさ」とする)は小さいので、指ではじくだけの力(抵抗の少ない動き)で済みますが、ボウリング玉は、インピーダンスが大きいので、車と同じように、それなりの負荷をかけて最初はゆっくり動かさないと、スムーズに動いてくれません。これを表1にまとめます。

表1. ピンポン玉とボウリング玉のそれぞれの関係
また、内部と負荷のインピーダンスのバランスが崩れると、負荷側で最大出力を出せないだけでなく、バランスの崩れ方によっては力をかける方に大きな負担がかかってしまいます。なので、ボウリング玉を力任せに振ろうとすると、腕が疲れるんです。

正しいアドバイスは「負荷とのインピーダンスを合わせろ」

この「腕が疲れる」という感覚をなくすため、スポーツ界でも、「脱力」しろ、とアドバイスするのだろうけど、 実際は、ボウリング玉やバットに対して、どれだけの力(抵抗の大きい/少ない動き)をかけて動かせばいいかがわからず、インピーダンスマッチングがうまく取れないため、自分自身に負担がかかっているんです。

必要なのは、単なる「無駄な力を抜く」という「脱力」というアドバイスではなく、動かす物に最大のパワーを与えられるように「負荷(ボウリング玉やバットなど)とのインピーダンスを合わせろ」と言ってあげるのが正しいわけです。

刻一刻と変わる負荷(例えば車の走行)に合わせた力の入れ方(例えばギアチェンジ)が必要なのですが、「脱力」というワードは、シンプルかつ分かりやすい言葉のため、その大事な思考を鈍らせます(詳しくは、記事「番外編2: 「脱力」というワードは危険」を参照)。単に力を抜けばいいわけではありません。

幸い、スポーツ界では、人体の構造を学ぶし、運動学的なことも学ぶはずなので、そこらへんは理解しているかと思いますが、「脱力」というワードには、本来そういった意味は含まれていないので、特に指導する側は細心の注意を払う必要があります。

なぜ「脱力」と言われるのか

答えは簡単。インピーダンスマッチングが取れたときは、負荷側で最大の電力を得られますが、それは与えたいエネルギーがすべて負荷側に移ったことを意味します。この状態では反射も何もないので、電源側に対する負荷が一番小さい状態になる、ということも言えます。 例えば、バットのスイングでは、インピーダンスマッチングが取れたとき、最大のパワーがバットに伝わりますが、それと同時に、一番楽に振り切れるはずです。

これが「脱力」と言われる所以なのでしょうが、残念ながら、それは人間の「ずさんな感覚意識」のせいです。(詳しくは、記事「番外編1: なぜ人は「脱力」できたと思うのか」を参照)本当は力を、適切なタイミング・適切な大きさ・適切な方向で入れてます。しかも、相手の負荷に合わせてスムーズに力を変化させて。。。

こういったことが正しく理解できていないと、ただ「脱力」と言われたとき、指導された側は当然、言われた通りにガクッと力を抜きます。でも、指導される側はたまったもんじゃないですよね。だって、「脱力」と散々言われながら、「そこは力を入れろ!」と罵倒されるわけですから。。。はっ、これってピアノレッスンにも共通してる!?

これは生徒が悪いんじゃなくて、十中八九、指導者・教師が悪いでしょう。キチンとした言葉を選ばないと、生徒はどんどん良くない方向に向かって行ってしまいます。その方向づけを正しくするのが、正しい知識であり、正しい言葉でしょう。決して「脱力」なんて安易な言葉を使ってはいけません。それだけ「脱力」には悪い意味がこめられている、と私は思うわけです。

ピアノに応用すると...

ピアノもきっと、小さい音には小さい音なりの鍵盤のインピーダンス(抵抗力)、大きい音には大きい音なりの鍵盤のインピーダンスがあるんだと思います。そして、一番よく響いたと感じたときの打鍵の仕方が、ちょうど鍵盤とのインピーダンスと合致、つまり鍵盤と打鍵行動とのインピーダンスマッチングがとれたということになります。恐らく、弾き方によって音の響きが違うのは、この「インピーダンスマッチング」がキーワードになりそうです。

では。

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2 件のコメント :

  1. 物理系の仕事をしています。これですよね、理系の面白さは!数式が理解出来てもこの理解が染み込んでこそ深い。私も1つ2つはイメージしてましたが、ここまで色々な例に適用してわかりやすく説明されてて感謝です!

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    1. 1年以上も返信が遅くなってしまいましたが、コメントありがとうございます。
      多角的に物事を見れるのが理系の醍醐味かな、と思い、この記事を書いていました。そういう風に感じてくださる方がいてとてもうれしいです。

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