「ゆっくり弾くこと」の罠6: 批判への反論1

公開日: 2017年2月2日木曜日 ピアノ ゆっくり弾く 持論

こんにちは、リトピです。

ピアノ上達方法、練習方法において、良く取り上げられる「ゆっくり弾くこと」について、当ブログでは、速く弾く練習としてそれを取り入れるのは【無駄だ】とバッサリ切っていますが(記事「「ゆっくり弾くこと」の罠1: 「ゆっくり弾くこと」の罠とは」など)、そのような異端な意見には批判がつきもの。でもちょっと待って、その批判、おかしくないですか??…というのが今回のお話。

「ゆっくり弾く練習」は本当に無駄なのか?

「ゆっくり弾く練習」批判への批判

大抵のレッスンでは、弾けない箇所が見つかると、先生から「ゆっくり練習してきてね!」と言われることは多いでしょう。その言葉を鵜呑みにして、本当にゆっくり練習してくる生徒は多々いると思います。でも、単に「ゆっくり」練習するだけでは、上達しないのは記事「「字を書く」ことからピアノ練習方法を学ぶ-その1」でお話しした通り。

このような私の異端な意見に対して…「じゃ、今までオレたち/私たちがやってきた練習は一体何だったんだよ!?」批判してくるのは、仕方ないと言えば仕方ないでしょうね。そうやって批判しないと、今まで練習してきたことが無駄になってしまうので。。。でも、その批判、ちゃんと考えてみるとおかしいんところがあるんです、ということをこれからお話しします。

以下に、今までいただいた批判をまとめてみます。

    <「ゆっくり弾く練習」批判への批判>
  1. 屁理屈だ!
  2. ゆっくり批判を自転車に乗ることや歩くことに例えるのはおかしい
  3. 実際に、自分はゆっくり練習して上達した
  4. ゆっくり練習とは、何も考えずにゆっくり弾くことじゃない
  5. 速く弾く方法がわかれば苦労しない
  6. そもそも練習方法を知らないだけ
  7. この曲はそんなに速い曲じゃない
  8. 命中率を上げるならゆっくり弾くしかない
  9. ゆっくり = 間違えずに弾ける速度
  10. 音を正確にとらえることから始めなければ意味がない
  11. ゆっくり練習しないと丁寧に弾けない

では、それら批判に対する反論を述べていきます。

「ゆっくり弾く練習」批判への批判に対する反論

1. 屁理屈だ!

屁理屈とは「無理につじつまを合わせた論理。こじつけの理論。」という意味。じゃ、「ゆっくり弾く練習」にはこじつけではない、しっかりとした理論でもあるのかい?

…もしそんな理論があったら、批判するときにはその理論も述べるだろうが、残念ながらそんな理論は今までに見た・聞いたことがない。きっとこの「屁理屈だ!」は、ブラックな意味で使われているのだろう。。。

2. 自転車に乗ることや歩くことに例えるのはおかしい

上記の「屁理屈だ!」とセットで言われることが多いこの批判。なんとなく納得してしまいそうですが、ちょっと待ってほしい。確かに、ピアノ演奏と、自転車に乗ること・歩くことでは、手と足という部位の違いがあります。でも…その手と足を動かす指令・命令を出してるのは一体どこでしょう?

そう、「脳」です。そう考えればピアノ演奏も、自転車に乗ること・歩くことも「同じ」ですね。この考え方を屁理屈と呼びたいのでしょうが、それは早合点というもの。ピアノ演奏も、自転車に乗ること・歩くことも、同じ「脳」が指令を出しているということは、脳内で起こっている【運動技能の学習】のサイクルも同じということ。

脳内で起こっている【運動技能の学習】のサイクルが同じということは、脳内で起こる「ピアノが弾けるようになる過程」と「歩けるようになる・自転車に乗れるようになる過程」が同じだということ。違うのは、最終的な動作が手で行われるのか足で行われるのかだけ(詳細は、下記参考のp.29, 3.3運動技能の学習を参照)。

そう考えると、自転車に乗ることや歩くことに例えても何らおかしくはないでしょう。むしろ、それらに例えちゃいけないという理論を知りたい。その理論がなければ、「自転車に乗ることや歩くことに例えるのはおかしい」という意見こそ屁理屈である。

3. 実際に、自分はゆっくり練習して上達した

この批判も、上記の「屁理屈だ!」とセットで言われることが多い、まったく信用ならないセリフの一つでもある。「ゆっくり練習」で上達した…からといって、それが最善とは限りません。むしろ…実は、それは効率の悪い練習方法だった…なんてことも十分あり得ます。

この批判のセリフの頭に「色んな練習方法をたくさんやってみたけど…」という言葉がついていればまだマシですが、大抵は「ゆっくり練習しなさいと指導されたので…」という言葉がついているはず。人から言われた練習方法が自分にとって最善だとは限りません(その人自身にとっても、それが最善とは限らない)。

時間をかけて練習すれば、適当な練習でも(よっぽどのことがない限り)誰だってある程度のところまでは上達します。でも…上達さえすれば、効率の悪い練習でもよい、なんて考えている人は誰一人としていないでしょう。自分にとっての最善・効率の良いの練習方法を探すために「ゆっくり練習」以外に目を向けてみよう、というのが「ゆっくり弾く練習」批判の趣旨です。

4. ゆっくり練習とは、何も考えずにゆっくり弾くことじゃない

「ゆっくり弾く練習」を批判すると、こういう意見も出てくる。だったら、どうすればいいのか具体的に説明すればいいじゃないか。こう言う人は、具体的な説明ができないから「ゆっくり練習すること」と内容を濁してアドバイスしているのではないか?

私は、「ゆっくり弾く練習」を批判する代わりに「速く弾く練習」を推奨していますが、その違いは以下の通り。どちらが練習になるかは一目瞭然でしょう。

  • ゆっくり弾く練習: テンポを落とせば弾ける(ようになった気になる)
    → 何も考えなくてもミスが減る(ここが問題) → 練習にならない
  • 速く弾く練習: そもそも速いテンポでは弾けない(だから困っている)
    → 「どうやったら速く弾けるか」を考えないと弾けない → 練習になる

ゆっくり弾くと、「とにかく正しい音の鍵盤が押せていればOK」という気持ちで練習しがち。ミスした理由を考えない(ゆっくり弾くことでミスに蓋をする)練習をしていたら、絶対に上達はしません。

5. 速く弾く方法がわかれば苦労しない

そりゃそうだ。だからみんな練習で苦労するんですよ。でも、この「どうやったら速く弾けるか」という理想の状態 = 【目標の行動】がわからない限り、いくら練習しても上達はしないです(理由は、次の「そもそも練習方法を知らないだけ」を参照)。

では、どうやって、「どうやったら速く弾けるか」という理想の状態を知ることができるのか。答えは非常にカンタンで、【まず挑戦してみること】。弾きたい速度で弾いてみても、当然弾けません。普段よりもミスが多くなるでしょう。でもそのミスに「どうやったら速く弾けるか」のヒントが隠されています(参考書籍『ミスタッチを恐れるな』)。

要は…ゆっくり弾く練習では、「どうやったら速く弾けるか」のヒントが見つけられないから【無駄だ】、ということ。

6. そもそも練習方法を知らないだけ

実は…上達(運動技能の学習)をしたければ、練習することよりも先に、【課題の知識】(なぜ弾けないのか)を知るという【認知の段階】を経た後、【目標の行動】(つまり、どうやったら速く弾けるか)を知ること・イメージしてみることが重要です。それがないと、【結果の知識】(自分の行動と目標の行動の差)を持つことができないので(結果の知識: 技能学習に重要な役割を果たしている)。

いくら練習方法がわかっても、今の状態(なぜ弾けないのか)と理想の状態(どうやったら速く弾けるか)の差がわからない限り、上達はしないです。…というか、どうやったら、今の状態と理想の状態の差を知らずに練習方法を見つけることができるのだろうか。。。

この【結果の知識】がわからないまま練習することは、上達のための練習ではなく、「とりあえず練習しているからOK」などという(意味のない)安心を得るための練習だと心得ましょう。

要は…練習方法だけ知っても、【認知の段階】を経て【結果の知識】を理解しなければ、その練習は【無駄だ】、ということ。

7. この曲はそんなに速い曲じゃない

これは、私の推奨している「速く弾く練習」に対しての批判。でも、その曲が速いと感じるかどうかは人それぞれ。そもそも、どんな曲であっても、その曲を練習している人にとっては「自分で弾きたいテンポでちゃんと弾けない = 速い曲」と感じているはず。だから、必要なのは「ゆっくり弾く練習」ではなく「速く弾く練習」だと、私は主張しています。

8. 命中率を上げるならゆっくり弾くしかない
9. ゆっくり = 間違えずに弾ける速度
10. 音を正確にとらえることから始めなければ意味がない
11. ゆっくり練習しないと丁寧に弾けない

これらは「ゆっくり弾くこと」の良さを全面に出しながら私の意見を批判した例。一見、もっともらしい批判に見えますが…残念ながら、それらで挙げられた「ゆっくり弾くこと」の良さは【幻想】でしかないです。

これらの反論については、次回の記事「「ゆっくり弾くこと」の罠7: 批判への反論2」で。

中間まとめ

ここでは、「人間の知覚と運動の相互作用」などから、「ゆっくり弾く練習」批判への批判に対する反論をしてみました。私の異端な意見にはちゃんとした根拠があります。そのため、この意見・反論は、全くの屁理屈ではない、ということがご理解いただけたと思います。

「ゆっくり弾く練習」批判への批判は、大抵、根拠がないことが多いです。そのことがまた、「ゆっくり弾く練習」批判の正しさを強めているような気がします。

参考文献

では。

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2 件のコメント :

  1. いつも参考になる記事ありがとうございます。
    ゆっくり練習してもなかなか早く弾けるようにならないので、さっそく早く弾く練習してみました。
    まだ間違ってばかりなので、早く弾いてみたり、ゆっくりに戻ったりと色々試してます。

    暗譜についてもリトピさんの考えを紹介してくれると嬉しいです。
    暗譜の効果的な方法、暗譜は必要か不要かどうかなどです

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    1. コメントありがとうございます。目的のないやみくもな「ゆっくり練習」は時間だけがかかってしまう、と私は感じています。

      是非、ピアノに限らず、何かに挑戦・練習する際は、その挑戦・練習目標・目的は何かを明確にしてみると良いと思います。

      暗譜については…私自身が苦手なので何とも言えませんが、暗譜のコツというものは存在しますので、余裕があれば記事で取り上げてみます!

      一つ、必要か不要かという点だけでお答えするのであれば…「演奏の良し悪しで考えるなら不要。ただし、暗譜していると、目の前にピアノがあるだけで演奏できるので、レパートリー保持という点では必要」といったところでしょうか。

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