「ゆっくり弾くこと」の罠7: 批判への反論2
公開日: 2017年2月21日火曜日 ピアノ ゆっくり弾く 持論
こんにちは、リトピです。
今回は、記事「「ゆっくり弾くこと」の罠6: 批判への反論1」の後半戦です。
「ゆっくり弾く練習」は本当に無駄なのか?
「ゆっくり弾く練習」批判への批判(前回の再掲)
以下に、今までいただいた批判を再度まとめます。
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<「ゆっくり弾く練習」批判への批判>
- 屁理屈だ!
- ゆっくり批判を自転車に乗ることや歩くことに例えるのはおかしい
- 実際に、自分はゆっくり練習して上達した
- ゆっくり練習とは、何も考えずにゆっくり弾くことじゃない
- 速く弾く方法がわかれば苦労しない
- そもそも練習方法を知らないだけ
- この曲はそんなに速い曲じゃない
- 命中率を上げるならゆっくり弾くしかない
- ゆっくり = 間違えずに弾ける速度
- 音を正確にとらえることから始めなければ意味がない
- ゆっくり練習しないと丁寧に弾けない
この1-7は、前回の記事「「ゆっくり弾くこと」の罠6: 批判への反論1」で反論いたしました。今回は、8-11に対する反論を述べていきます。
この8-11の意見は「ゆっくり弾くこと」の良さを全面に出しながら私の意見を批判した例です。一見、もっともらしい批判に見えますが…残念ながら、それらで挙げられた「ゆっくり弾くこと」の良さは【幻想】でしかない、というのが前回お話ししたところ。以下でその詳細を述べます
「ゆっくり弾く練習」批判への批判に対する反論
8. 命中率を上げるならゆっくり弾くしかない
これは、「速度と正確さにはトレードオフがある」という【フィッツの法則】に基づいた批判。そのトレードオフを体感しているからこそ、「ゆっくり練習すること」は良い、と強気に批判してくるようですが…残念ながら、あと一歩足りない。
実は…
このトレードオフには2つの例外があることが知られている。第一に、一致タイミング予測課題における最大速度での動作は、中間的な速度での動作に比べ、時間的な正確性が高い(中略)。第二に、強い筋収縮を伴う運動において、中間的な速度で運動した時に空間的な正確性が最も低くなる(中略)。
引用元: 田渕規*, 松尾知之**,橋詰謙**, "非熟練野球選手の打撃トレーニング", *大阪大学大学院人間科学研究科, **大阪大学健康体育部・大学院人間科学研究科
…だそうですよ。書いてあることが難しいので、ピアノ演奏に合わせて簡単に言い換えると…
- 速く弾くと、演奏のリズムやタイミング(時間的な正確性)は、むしろ良くなる
- 指を正しい鍵盤の位置に移動させること(空間的な正確性)は、中途半端な(中間的な)速度での演奏が一番難しい
…ということ。「速度と正確さにはトレードオフがある」という話には、この2つの例外があるがために、「ゆっくり弾く練習」は、速く弾く練習としてそれを取り入れるのは【無駄だ】とハッキリ言えるんです。以下で解説します。
「ゆっくり弾く練習」で、テンポを少しずつ上げていくと、その途中で、急に弾きにくいと感じるのは、上記(2)の例外があるから。そのようなテンポでもちゃんと弾けるようにすることは大事だとは思いますが…普通に弾けもしていない状態で、いきなり難しいことに挑戦する必要性はないでしょう。むしろ、難しいことにトライしたせいで、下手すると変な弾き方をしてしまう恐れがあります。
また、演奏のリズムやタイミングが合わないまま、「ゆっくり弾く練習」で命中(= 指を正しい鍵盤の位置に移動させること)率を高めても、その動きに音楽的な意味は全くないです。逆に…まず速く弾くことで演奏のリズムやタイミングを安定させれば、正しい弾き方が身に付いてくるので、指を正しい鍵盤の位置に移動させることを意識する余裕が出てきます。そうすいれば、おのずとその命中率が上がってくるでしょう。
要は、まずは「速く弾く練習」をして、その演奏リズムやタイミングを合わせた後(正しい弾き方が身に付いてきた後)、少しずつその精度(命中率)を上げていく、ということ。フィッツの法則の例外を考えれば、この練習方法が一番効率が良いと言えるでしょう。
実は、これと同じことが、野球のバットスイングにも言えます(参考: 鈴木智高先生 神奈川県立保健福祉大学リハビリテーション学科理学療法学専攻 第4回 ホームランを打つには(2)スイング速度を上げる練習で正確性も安定性もアップ)。
9. ゆっくり = 間違えずに弾ける速度
このセリフには2つ間違いが潜んでいます。それは以下の通り。
- ゆっくり弾いたからといって、演奏が簡単になる / 間違いがなくなる…わけではない
- テンポを落とすだけで間違えずに(ミスなく)弾ける = 弾けない原因が見つからない → 練習にならない
(1)については、上記「8. 命中率を上げるならゆっくり弾くしかない」で説明したフィッツの法則の例外を見れば明らか。少なくとも、演奏リズムやタイミングに関しては、速く弾いた方が、間違えずに弾けます。この問題は、練習するテンポとは関係ないです。
(2)については…書籍『ミスタッチを恐れるな』の意向に真っ向から反発していますね。練習なのにミスを恐れてどうする?人間は、ミスをするから成長・上達できるんだ、ということを忘れずに。
10. 音を正確にとらえることから始めなければ意味がない
この批判は、「ゆっくり弾く練習」に対する批判としても同様のことが言えます。これは上記同様、フィッツの法則の例外を見ればわかるでしょう。音の正確さは「指を正しい鍵盤の位置に移動させること」(空間的な正確性)だけではないです。演奏のリズムやタイミング(時間的な正確性)を考えれば、むしろ速く弾く方がより正確に音をとらえられます。
11. ゆっくり練習しないと丁寧に弾けない
丁寧とは「細かいところまで気を配ること。注意深く入念にすること。」という意味がありますが、「細かいところまで気を配ること」「注意深く入念にすること」ができるのは、別に「ゆっくり練習」だけではないです。むしろ、単なる「ゆっくり練習」は、丁寧ではなく【どんくさい】だけ。
そもそも…そのように批判する人は、なぜその1つの練習方法だけに固執するのだろうか。「弾けない」という状況・パターンは無数にあり、それらを打破するための【適切な】手段だって無数にあるはず。それを「ゆっくり練習」1つだけで賄おうとする事の方がよっぽどおかしい、と私は思います。
まとめ
前回(記事「「ゆっくり弾くこと」の罠6: 批判への反論1」)を含め、「ゆっくり弾く練習」批判への批判に対する反論を述べてきましたが、要は…
- 練習目標・目的も立てずに練習方法を考えるな!
- 何でもかんでも「ゆっくり弾く練習」で済ませようとするな!
…ということを述べたかったんです。
確かに、「ゆっくり弾く練習」で得られるものもたくさんあるでしょう。でもそれは、正しい練習目標・目的が掲げられている状態で、それらを達成するための手段として「ゆっくり弾く練習」が適切であると判断している場合だけ。
それ以外の、適当な「ゆっくり弾く練習」は、ハッキリ言ってすべて【無駄だ】ということをもう一度書き留めておきます。
あともう一つ。再度強調しておきたいのは、【正確さ】というのは、ただ単に「ゆっくり弾く」から得られるものではない、ということ。正しい弾き方(演奏リズムやタイミングが合わせられる弾き方)もわからないまま、ゆっくり弾いて「指を正しい鍵盤の位置に移動させること」に固執しても意味はないです。
むしろ、ゆっくり弾いて「指を正しい鍵盤の位置に移動させること」に固執するあまり、練習で無理な弾き方をして(正しい弾き方から遠ざかって)しまい、変な癖が付き、演奏中のミスはないけども腕が痛むことがあり…最終的にケガをしてしまう、なんてことは十分あり得るでしょう。
補足: 脳の記憶、癖について
脳が記憶するのは、「弾き間違った音」ではなく「その音を弾くときの動作」です。そのため、変な癖が付かないようにするためには、「弾いた音が間違っているかどうか」ではなく、「その弾き方が正しいかどうか」を気にする方がとっても大事。
つまり、変な癖を付けずに最初から正しく弾けるようにするには、「指を正しい鍵盤の位置に移動させること」(空間的な正確性)なんかよりも、「演奏リズムやタイミング」(時間的な正確性)を気にする方が大事だ、ということ。
っということは…「ゆっくり弾く練習」よりも、「演奏リズムやタイミング」(時間的な正確性)を合わせやすい「速く弾く練習」の方が、より効果的、かつ、変な癖をつけずに練習できる、ということが言えるでしょう。
「指を正しい鍵盤の位置に移動させること」(空間的な正確性)なんて、正しい弾き方が身に付いていれば、いくらでも、後から修正することは可能です。しかも、弾き方が正しく(良く)なったおかげで、より簡単に精度を高めることができるでしょう。
特にピアノ教師は、ここら辺をしっかりと心得ておいてほしい。もし、ミスを厳しく取り締まりたいなら、「間違った音」にではなく「間違った弾き方」(演奏リズムやタイミング)に注目すべき(たとえミスタッチがなくても)。
「間違った弾き方」はいくらでも直せますが、「間違った音」はどう頑張っても直せません。そのため、「間違った音」にだけ注目しても、得られるものは何もないです。そこら辺を勘違いしないように指導していくのが【教師のウデの見せ所】だと思います。
参考HP
- ピアニストのための脳と身体の教科書: 第09回 「力み」を正しく理解する (3)何が力みを引き起こすか
では。
非常に面白く読ませて頂いてます。
返信削除あまりにタメになったので感謝です^^
コメントありがとうございます。
削除更新はスローペースですが…
今後もタメになる記事を書いていきますので、今後ともよろしくお願いいたします。