「ピアノの鍵盤アクション」を考慮したピアノ奏法の考察1

公開日: 2020年1月22日水曜日 ピアノ 持論 脱力

こんにちは、リトピです。

ピアノ奏法は、時代と共に変わっていきました(詳細は、記事「ピアノ奏法史」を参照)。現代では、指先や手、腕など、身体に負担がかかりにくい(ケガの予防となる)より良い奏法が、様々な科学的アプロ―チによる研究で明らかになってきました。

さて、当ブログではこれまで、奏者の身体から見たとしたピアノ奏法をまとめていましたが、ピアノ奏法の対象(つまり、奏者の指で弾かれる側)となる【ピアノの鍵盤アクション】から見ると、ピアノの奏法はどのように映るのでしょうか。当記事にて、一緒に考察してみましょう。

「ピアノの鍵盤アクション」概要

その前に……

「ピアノの鍵盤アクション」概要に入る前に。みなさん、こんな話を聞いたことないですか?

(打鍵した瞬間に)「脱力」すると音の響きが良くなる

この理由として、以下のように説明されることがあります。

  • 太鼓をバチで叩くのと一緒
    → 太鼓を叩く瞬間にバチをとめて押さえつけて弾くと響かない。ピアノも打鍵と同時に、太鼓のバチのように素早く力を抜く必要がある。鍵盤を押さえつけると響きがなくなる。
  • 鐘をバチで鳴らすのと一緒
    → ぎゅっとバチを握ったり、打ったときに鐘にずっとバチをくっつけていたら鐘は響かない。バチを軽く握って叩けば美しく響く。ピアノの弦もハンマーで弦を打っているので、打った瞬間脱力すれば、音は空間を広がって伸びる。
  • 鉄琴をバチで鳴らすのと一緒
    → バチをぎゅっと強く握って持って打ち、そのまま鉄琴とバチをくっつけていると鉄琴は響かない。打った瞬間に脱力すると音が伸びやかに響かせることができる。ピアノも同じ打楽器なので、指でならした瞬間に力を抜くことがとても大切。

さて、本当にピアノも、上記で説明されているような太鼓・鐘・鉄琴のように、打鍵面を力いっぱい押さえつけると音が響かなくなるのでしょうか?ピアノの鍵盤の構造を見ながら、一緒に考えてみましょう。

図1. バチで叩かれる楽器と、ピアノは果たして同じに考えていいのだろうか。。。

今回の「ピアノの鍵盤アクション」概要を説明するにあたり、以下の2冊の書籍を参考文献として使わせていただきました。これからの文章の内容は、ほぼ、以下の2つの参考文献から得た知識です。

    <参考文献>
  1. 西口 磯春, 『ピアノの音響学 (音響サイエンスシリーズ)』, 日本音響学会 (2014)
  2. 岸 憲史ら, 『楽器の物理学』, 丸善出版 (2012)

上記に書かれている書籍は、内容がとーっても難しいため、もしかしたら、私の理解が誤っている部分があるかもしれませんが、その時はご容赦ください。。。

ピアノの鍵盤の構成とアクションの流れ

ピアノの鍵盤は、簡単に考えれば、以下のような構造になっています(図2)。

図2. ピアノの鍵盤の構造簡易版

図2に書かれている部品はそれぞれ次のようになっています。鍵盤は、その名の通りピアノの鍵盤。ウイペンはグランドピアノの打鍵に関する機能を受け持つ主な部分。ハンマーシャンクは、ハンマーの柄の部分。ハンマーは、弦を叩く部分。バックチェックは、降りてくるハンマーを受け止める部分。ダンパーは、弦の振動を止める部分。です(参考: はかせののんびり教室 【ピアノのしくみ編】 第05回, 東洋ピアノ製造株式会社)。

ピアノの鍵盤を打鍵すると、それらの部品が協調して動き、最終的にハンマーが弦を叩き、ピアノの音が鳴る、というのがピアノの鍵盤アクションの基本になっています。そのアクションの流れは、簡単に見れば以下のようになっています。

<ピアノの鍵盤アクションの流れ(弱く打鍵した場合)>

  1. 指先が鍵盤表面に衝突(上部雑音の発生)
  2. 鍵盤を押し込む(ハンマーが加速)
  3. ハンマーが飛び出され、弦に当たる(音が鳴る)
  4. ハンマーは、すぐ戻り始める(レットオフ機能)
  5. 鍵盤底に衝突(下部雑音の発生)
  6. ハンマーが戻りきる
  7. 指を上げる(鍵盤が上がる & ダンパーが下がり音が消える)

この上記の流れを図にすると、以下のようになります(図3)。

図3. ピアノの鍵盤アクションの流れ(弱く打鍵した場合)

ここで注目すべきは上から4つ目の部分。打鍵によって飛び出たハンマーが弦に当たった後、そのハンマーはすぐ戻る機構(レットオフ)というのを持っているようですね。このレットオフ機能は、三木楽器オフィシャルサイトによれば……

皆さんは太鼓をたたいたり、お仏壇のりんを「チーン」と鳴らしたことがありますよね?その時に太鼓のバチやりん棒はたたいた後かならず太鼓やりんから離しますでしょう。そうしないと折角の振動が止まってしまい、良い音がしませんよね。

同じようにピアノの鍵盤を押してハンマーが弦を打った後、ハンマーが素早く弦から離れるように調整できる仕組みがピアノには組み込まれています。それを「レットオフ」といいます。

(引用元: 接近(レットオフ)調整-ピアノの修理・調律・再生)

鍵盤を押さえつけると……?

あれ?ってことは、当記事の最初で紹介した「ピアノは打楽器を叩くバチのように、押さえつけると音は響かない!」という考え、おかしいと思いませんか。

確かに、太鼓や鐘、鉄琴を叩くバチと、ピアノの弦を叩くハンマーの役割はよく似ていますが、それぞれの楽器を響かせるための方法は全く違うことがわかります。太鼓や鐘、鉄琴は、響かせる元となっている打鍵面(振動している部分)をバチ押さえつけないように気を付けなければいけません。

しかしピアノは、そもそも響かせる元となっている場所は鍵盤表面ではなく弦(振動している部分)であり、その弦を押さえつけないようにする機能(レットオフ)が、ピアノには最初から備わっているんです。

また、このピアノの構造を見れば、ピアノの鍵盤を打鍵した時に、弦の方向へ飛び出されたハンマーは、その後の鍵盤上の動きを一切受け付けませんから、仮に、打鍵後(正確にはハンマーが飛び出た後)に鍵盤を力いっぱい押さえつけようが何しようが、その後のハンマーの動きになんら影響を及ぼさない、ということがわかります。

ハンマーの動きになんら影響を及ぼさないといことは、そのハンマーによって叩かれた弦から生み出されるピアノの音(= 弦の振動)も、打鍵後(正確にはハンマーが飛び出た後)に鍵盤を力いっぱい押さえつけようが何しようが、ピアノの音にはなんら影響を及ぼさないです。

つまり、「音が鳴ったら、弦を押さえすぎて音が響かなくならないように脱力しましょう」なんて発言をする人は、ピアノの鍵盤の構造とそのアクションの流れをまったく知らないのか、もしくは、打鍵後にハンマーがすぐ弦から離れてくれるレットオフ機能を持たない特殊な(?)ピアノの持ち主、としか考えられません。それは、実際のピアノの鍵盤の構造・アクションを考えたら、あり得ないことです。

図4. 打楽器とピアノの構造は全く違うので、音が鳴った後に、どれだけ力を抜こうが、どれだけ鍵盤を押さえつけようが、ピアノの音の響き(弦の振動)にはなんら影響を及ぼさない。

小まとめ

要は、打楽器は「打鍵面 = 音を作り出す源(振動している部分)」なので、力で押さえつけると(音を作り出す源である打鍵面の振動が止まるので)響かない。一方ピアノは「打鍵面 = 鍵盤 ≠ 音を作り出す源(振動している部分) = 弦」なので、音を作り出す源ではない鍵盤を力いっぱい押さえつけても、ピアノの音の響きは変わらない、というわけです。

このピアノの音の響きだけを考えれば、打鍵後は何しても構いません。音の響き(弦の振動)は変わりませんから。ただし、身体のことも考えるならば、打鍵後の腕は「脱力」する(≒腕の重さを指先で支える)のではなく、指先を痛めないためにもキチンと腕や肩の力を使って手や腕を支えましょう(詳細は、記事「「重力奏法」概論」の図10を参照)。

打鍵の強さと様々なタイミング

ちなみに、上記図3は「ピアノの鍵盤アクションの流れ(弱く打鍵した場合)」となっていますが、実は打鍵の強さによって、「(A) ハンマーが弦に当たるタイミング」と「(B) 鍵盤が鍵盤底に衝突するタイミング」の順番が変わります。打鍵を強くすると、(B)が先に行われ、打鍵が弱くなると、(A)が先に行われます。イメージとしては以下のような感じです(図5)。(A)は指先の感覚で知覚されるのに対し、(B)は聴覚で知覚されますが、打鍵の強さ(出したい音量の大きさ)によってその順番が変わる、という点に注意しましょう。

図5. 「ハンマーが弦に当たるタイミング」を0秒にしたときの、「ハンマーが弦に当たるタイミング」と「鍵盤が鍵盤底に衝突するタイミング」の順番イメージ。大抵、mfあたりの音量で、両者のタイミングが大体一致するらしい。

打鍵時にピアノの音色を変更するパラメータ

さて、ピアノの鍵盤構造とそのアクションの流れを見ると、打鍵の際にピアノの音色を変更するパラメータも見えてきます。それが以下の3つです(図6)。

  1. 上部雑音の度合い
  2. 打鍵中のハンマーの加速のさせ方
  3. 下部雑音の度合い
図6. 打鍵によってピアノの音色を変更するための3要素

指先と鍵盤表面が当たったときに出る上部雑音、鍵盤と鍵盤底が当たったときに出る下部雑音については、記事「お悩み相談室2: ピアノの音色を良くしたいのですが…」で説明しているのでここでは説明を割愛。

ピアノの音色は、各部雑音を除けば、ピアノの弦そのものの振動が生み出す音で決まるわけですが、我々が打鍵でコントロールできるのは【ハンマーの加速のさせ方】のみです。この【ハンマーの加速のさせ方】によっては、ピアノから出る音量(弦の振幅の大きさ)は同じでも、ハンマーは例えば以下のように動き方を変えます(図7)。

図7. 打鍵の仕方(= ハンマーの加速のさせ方)を変えることで、ハンマーシャンクのしなり具合が変わり、弦への接触の仕方が変わるため、結果としてピアノの音色が変わる。

どのように打鍵すれば(もとい、どのように【ハンマーの加速のさせ方】を変えれば)、ピアノの音色がどのように変わるかについては……いろいろ長くなってきたので、考察は後ほどにしたいと思います。その間、いろいろ試してみてください。身体さえ痛めなければ、どう打鍵するか(どういう音色を出すか)に正解はありません。

まとめ

今回は「ピアノの鍵盤アクション」を考慮したピアノ奏法の考察ということで、2冊の書籍の内容を基に、アレコレ考えてみました。それによって、ピアノの打鍵は、打楽器をバチで叩くのとは全く違う、というのがお分かりいただけたかと思います。

ピアノの音の響きを大事にしたいのであれば、他の打楽器ではなく、ピアノそのものの構造と鍵盤のアクションの流れに目を向けましょう。少なくとも、ピアノの音の源となる弦の振動具合を変更させるには、【ハンマーの加速のさせ方】を考える必要がある、というのがわかります。

その【ハンマーの加速のさせ方】をどのようにすれば、どういうピアノの音色になるのか?などについては、次回の考察で!

では。

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