お悩み相談室11: ピアノが弾きにくい(鍵盤が重い)のですが…

公開日: 2016年2月15日月曜日 ピアノ 持論

こんにちは、リトピです。

さて、今回の「お悩み相談室」の内容はこちら。

悩み11: ピアノが弾きにくい(鍵盤が重い)

この悩み、特にアップライトや電子ピアノで普段練習している人が、いざ発表会などでグランドピアノを弾くときによく感じることではないでしょうか。この理由と解決策は、記事「新ピアノ奏法2: 鍵盤が重いと感じる理由とその改善案1」ですでに説明しているのですが…この内容は、あまりにも難しいため、今回、別のアプローチを試みてみました。

キーワードは【慣性モーメント】と【トルク】

この2つのキーワード、高校物理で出てくると思います。まさか、こんなところで高校物理が役に立つとは。。。学生時代に数学や物理が苦手な人、多かったと思いますが、このような問題にぶち当たったとき、解決方法に困ったときには非常に役立つ学問です。今回ばかりは【ピアノのため】と思い毛嫌いせず、是非この機会にこの2つのキーワードを覚えましょう!

実は、鍵盤は単に【重たい】わけではない

アップライトとグランドピアノ、実際に弾いてみると鍵盤の【重さ】が違うと感じますが、それはなぜでしょう。関連しているのは【質量】?どうやら、今回はそんな単純な内容ではなさそうです。

物が動かしにくいと感じるとき、実は【重さ】(もとい【質量】)以外の要素も考えられます。それが【慣性モーメント】です(参考: YAMAHA 楽器解体全書 「グランドピアノの鍵盤がアップライトピアノより重い理由」(回転に関する慣性 = 【慣性モーメント】))。うむぅ…【慣性モーメント】ですか…何やら聞きなれない言葉ですね。。。

高校物理のおさらい~【慣性モーメント】と【トルク】~

ごめんなさい、ここからちょっと勉強モードに入ります。でも、この先の説明をするためには必要な内容なので、ご容赦ください。

大きさ・質量のある物体(剛体)に力をかけると【並進運動】【回転運動】の両方を行います。簡単に言えば【並進運動】は、物体に力をかけたとき、その力と同じ方向に進む運動(図1)、【回転運動】は、物体に力をかけたとき、その力によって物体が回転する運動(図2)のことです。両者の図、式からそれぞれの関係性(物の動かしにくさの要因)を見てみましょう。なお、それぞれの式の詳細は気にしないでください。式は単なる補足です。

1. 並進運動

図1. 並進運動のイメージ
F = mv'
  • F: 力(物体を移動させる力)
  • m: 質量(物体の動かしにくさを表す量)
  • v': 加速度(速度vの時間微分)

物体を押すと、押した方向に物体が移動する、というのが【並進運動】です。大きな力を加えれば物体は動きますね。また、重たい物(大きな【質量】を持つ物体)は動かしにくいですよね?そのため、この【質量】(いわゆる【重さ】…のようなもの*)を「物体の動かしにくさを表す量」としましょう。

2. 回転運動

図2. 回転運動のイメージ
T = Iω'
(T = F x L)
  • T: トルク(物体を回転させる力…のようなもの)
  • I: 慣性モーメント(物体の回転のしにくさを表す量)
  • ω': 角加速度(角速度ωの時間微分)
  • F: 力(物体を回転させる力に起因)
  • L: 物体の回転軸から力の位置までの距離

この図2の場合、物体に力をかけても移動はしませんが、回転軸を中心に回転します。これが【回転運動】です。この運動に関する式・項目は、上記#1の【並進運動】に似ています。【並進運動】の力に相当するものが【トルク】、【質量】に相当するものが【慣性モーメント】です。語弊を恐れず言いますが、【トルク】は物体を回転させる力、【慣性モーメント】は「物体の回転のしにくさ」を表す量と捉えてください(なお、【質量】が大きい物体は、(回転軸と力の位置が同じなら)【慣性モーメント】も大きくなります)。

つまり、大きな【トルク】を加えれば物体は回転し、大きな【慣性モーメント】を持つ物体は回転しにくい、というわけです。さらに、大きな【トルク】を生み出すため(物体をより回転させる)には、単に大きな力があるだけではダメです。この場合、並進運動と同じようにはいきません。上記の式にあるように、【トルク】を大きくするには、力だけでなくその【距離】も必要です。はい、ここ重要。

例えば、スパナでナットを絞めるとき、スパナを短く持って回すよりも、長く持って回す方が楽に回せますが、それは上記の理由からです(参考: KTC 工具の基礎知識 「トルクのはなし」)。てこの原理も同様です。支点から力点が遠ければ遠いほど、作用点上の物体をより軽い力で動かせるようになりますが、これは、支点と力点との距離を長くさせ、大きな【トルク】を作り出したからです。これらは上記の式を知らなくても、経験として知っていることでしょう。

ふぅ、これにて勉強モード終了です。長くなりましたが…実は、ここにピアノを楽に弾けるようにするヒントが隠されていました。

ミッション: 最小限の力で大きな【トルク】を生み出せ!

ピアノの話に戻ります。これで、ピアノが弾きにくい(鍵盤が重い、動かしにくい)と感じる理由は、鍵盤全体の【慣性モーメント】が大きいから。そして、その大きな【慣性モーメント】に対抗するには、大きな【トルク】が必要だ、というところまではご理解いただけたと思います。(念のため。ピアノの鍵盤の主な動きは【並進運動】ではなく【回転運動】なのでここまでの話が必要。)

つまり、ピアノが弾きにくい(鍵盤が重い、動かしにくい)と感じたとき、単に力を入れても【トルク】が大きくならければ、鍵盤は回転(動作)しないわけですから、その入れた力は無駄に終わってしまうんです。えぇ、【無駄な力】と言える状況はこの場合だけでしょう。ただ、この場合のやるべきこと・目標にすべきことは、当然「脱力」ではなく、大きな【トルク】を生み出すことですが。。。

1. 鍵盤の手前で弾く

弾きにくい鍵盤に対しては、力ではなく【トルク】を大きくすればいいわけです。【トルク】の式を見ればわかるように、力を変えなくても力を入れる位置(打鍵時に使用する力をかける位置)を(鍵盤の)回転軸から遠ざければ【トルク】は大きくなります。つまり、図3の点Bではなく点Aで打鍵すれば、それだけで【トルク】が大きくなります。

図3. 打鍵位置とトルクの関係(横から見た図はイメージ)
たとえ両方の打鍵力が同じ場合(F1 = F2)だったとしても…
  1. T1 = F1 x L1, T2 = F2 x L2とおく。
  2. L1 > L2より、Ans. T1 > T2
つまり、鍵盤の手前で弾けば、同じ力でも【トルク】が大きくなる(鍵盤を回転させる力…のようなものが大きくなる)ので、弾きやすいと感じる、というわけです。ただし、もっと楽に打鍵できる方法があります。それは以下の2つの方法です。

2. 肩の力を利用して弾く

プロの演奏を見ていると、打鍵時、鍵盤と身体(指先-腕-肩-身体)が一体化しているように見えたりしませんか?これはもしかしたら、打鍵時に使用する力の位置を鍵盤の回転軸から遠ざけ【トルク】を大きくさせているかもしれません(図4)。肩の位置L3は、指先で打鍵する位置L1よりもはるかに遠いです。

しかも、肩は指先や手、腕なんかよりも簡単に大きな力を出せます(F3 >> F1)。つまり、肩を利用した打鍵は、より大きな【トルク】を簡単に生み出せるので、もっと楽に弾けるようになります。

図4. 肩を利用した打鍵(イメージ)
一部の「脱力」信者で、「肩の力を抜け!」と豪語している人がいます。彼らも当然ピアノが弾きにくいと嘆くことがあるでしょうが、自分の間違った考えによって大きな【トルク】を生み出せてないだけ。あぁ、自業自得ですね。

3. 足の力を利用して弾く

「自分は小柄だからパワフルな演奏ができないわ…」なんて考えている方は、この方法を試すと良いでしょう。打鍵時に使用する力の位置は肩より後ろにはできませんが、力ならまだ大きくできます。足の力は腕の力の何倍もあるそうです。これを利用しない手はないでしょう。

プロの演奏を見ていると、和音で大きな音を出そうとするとき、一瞬バッと身体を持ち上げる動作をする方がいらっしゃると思います。それはきっと、足の力を利用しています。足で瞬間的に立ち上がろうとする動作から、以下のように力を伝えるんです。このとき、足の裏でしっかり踏ん張ると安定した打鍵ができます。

足の力(太ももの筋力) → 肩 → 肘 → 手首 → 指先 → 鍵盤(打鍵)

これは、椅子の高さが低い方が効果的かもしれません。そのため、これは小柄な人ならではの奏法と言えるでしょう。小柄な人は、身体の大きな人と同じ弾き方をしようとするから、「音量が出ない」だの「ピアノは不利」だの考えてしまうんです。自分の体に合った奏法を身につけ、自分に合った演奏を心がけましょう。それが個性のある良い音楽を奏でる秘訣です。

まとめ

さて「ピアノが弾きにくい」という悩みに対して、この記事でも「身体を鍛えろ」という文言が一切出てこなかったことに気付かれたでしょうか。ピアノは身体を鍛えればよい、というものではありません。ちゃんと頭を使って「ピアノはどうすれば楽に弾けるのか」を探しましょう。「楽をする」と言うと、なんか良くない事のような、ずるい事のような気がしますが、そんなことはありません。じゃんじゃん「楽をする」方法を模索しましょう!

最小限の力で最大限の仕事(ここでは大きな【トルク】を生み出すこと)をするのがプロというものです。最小限の力はとても楽ですが…ここで、最大限の仕事は何かを見ずに、最小限の力しか探さないのが、一部の「脱力」信者。最大限の仕事をするための最小限の力を探すのは、上記のような考え方が必要です。つまり、「最大限の仕事を得られる最小限の力」という「楽をする」ためには、それなりの苦労をしなければなりません。それを怠って、何に対しても「力を抜け」と言う「脱力」信者が多いように感じます。皆様はそうならないようにお気をつけて。

では

P.S.*【重さ】と【質量】について
【重さ】は【質量】の持つ物体に重力がかかった状態です。そのため、無重力の状態では物体の【重さ】はなくなりますが、【質量】はそのままです。物体の動かしにくさは、物体の持つ【質量】で決まるわけですから、宇宙空間に行っても、重たいものをぶんぶん楽に振り回せるようにはならないです。

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