「ゆっくり弾くこと」の罠8: 「ゆっくり練習」の良い点?

公開日: 2017年2月24日金曜日 ピアノ ゆっくり弾く

こんにちは、リトピです。

今までは、散々「ゆっくり弾くこと」を批判してきましたが…今回は、「ゆっくり弾くこと」の良い点を探ってみましょう。長年、「ゆっくり弾くこと」を練習に取り入れておかげで上達している人がいるんだから、きっと、何かしらの良い点があるはず!!

「ゆっくり練習」の良い点とは

練習初期の「ゆっくり練習」はダメ

「ゆっくり練習」の良い点とは…と言いながら、いきなりダメな点を指摘するのはどうかと思いますが、ココは重要なので先に述べておきます。

練習初期において、「ゆっくり練習」がダメな最大の理由は、記事「「ゆっくり弾くこと」の罠3: 速く弾くためには「速く弾く練習」が必要」でもお話ししましたが、「ゆっくり弾くこと」によって、【今、克服すべき課題が見えなくなる】という現象が起こる、ということ。

練習では、今ある課題を浮き彫りにし、それを解消する手立てを考え、試行錯誤を重ねることが大事です。「ゆっくり練習」では、今ある課題を浮き彫りにできません(むしろ、全く関係ない部分が浮き彫りになってしまうことも…)。

また、記事「「ゆっくり弾くこと」の罠7: 批判への反論2」でもお話ししたように、「ゆっくり練習」したからって、曲の難易度が下がるわけではありません。むしろ、「ゆっくり弾くこと」によって、問題が難化する恐れがあります(少なくとも、演奏のリズムやタイミングは難しくなる)。練習初期は、背伸びなどをせず、簡単なこと(弾きやすいテンポ)から始めましょう。

ここまでのことを簡単にまとめると、以下のようになります。練習初期は、弾きやすいテンポで「速く弾く練習」をすることから始めましょう。その例は記事「「ゆっくり弾くこと」の罠4: 「速く弾く練習」の具体例」を参照ください。

    <練習初期の「ゆっくり練習」がダメな理由>
  1. 今、克服すべき課題が見えなくなる
  2. 演奏のリズムやタイミング取りが極端に難しくなる

「ゆっくり練習」が効いてくるのは練習の最終段階

これでようやく「ゆっくり練習」の良い点についてご説明できます。個人的に、「ゆっくり練習」が効いてくるのは弾きやすいテンポで弾けるようになった後、つまり、練習の最終段階だと思っています。

練習の最終段階で行う「ゆっくり練習」が効果的なのは、「ゆっくり練習」することによって以下の2つが得られるから、だと考えています。

    <練習の最終段階で行う「ゆっくり練習」が効果的な理由>
  1. 【スキーマ学習】の一環になる
  2. 【記憶の定着】につながる

それぞれ、以下で詳しく見ていきましょう。

1. 【スキーマ学習】の一環としての「ゆっくり練習」

練習初期では、弾きやすいテンポで練習するという「一定練習」を重ねることで正しい奏法が身に付いてきます。ただし、それだけでは応用が利かず、柔軟な演奏ができません。

そのため、柔軟な演奏ができるように、練習終盤では「一定練習」に加えて「多様性練習」というものを取り入れましょう。その多様性を生み出すのが「テンポ」や「リズム」の変化。「ゆっくり練習」をその多様性練習の一環として考えるんです。

正しい奏法で一定練習と多様性練習を繰り返すことで、一定のスキーマ(法則やコツのようなもの)を獲得することができます(この流れは【スキーマ学習】と呼ばれる。参考: ちょっと背伸び! 身近な本・メディアから、学問へ未来へ ――みらいぶプラス(河合塾) 運動の心理と生理 第3回 ホームランを打つには(1) 一定練習と多様性練習でスキーマを獲得せよ)。この流れを作ることが、「ゆっくり練習」の良い点だと言えるでしょう。

これはスポーツでは当然に行われていることですが、ピアノでも(無意識に?)行われています。練習ではよく「リズム変奏」(音符に付点/逆付点を付けて練習)を入れると思いますが、その練習方法はまさに【スキーマ学習】だと言えるでしょう。

この練習で気をつけなければならないのは…「多様性練習」では、【演奏の仕方を条件によって変える】必要がある、という点です。

例えば、「トレモロ練習」の場合。一般的な「ゆっくり練習」では、図1aのように…「「ゆっくり練習」したときと同じような弾き方で速度を上げていこう!!」と考えがちですが…それは間違い。

大事なのは、【演奏の仕方を条件によって変える】必要があるという考えを持って、図1bのように練習すること。実際、書籍『ピアニストの脳を科学する 超絶技巧のメカニズム』によれば、プロは、トレモロを弾くとき、前腕は図1bのように、テンポによって回転力を変えているそうです。

図1. トレモロの練習。(a)「ゆっくり練習」でやりがちなダメな奏法イメージ、(b)【スキーマ学習】として正しい奏法イメージ。

2. 【記憶の定着】としての「ゆっくり練習」

ピアノ奏法の獲得は「身体で覚える」とも言われますが、これは【手続き記憶】と呼ばれます(参考: コトバンク)。つまり、ピアノが弾ける・上達するというのは、ピアノ奏法を「身体が覚えている」、つまり脳にその動作が【記憶】されている、ということになります

逆に言えば、いつまでたってもピアノが上手に弾けないのは、そのピアノ奏法の【記憶】が曖昧になっている証拠でもあります。そのため、正しいピアノ奏法の【記憶の定着】は、練習終盤において非常に大事なプロセスだ、と言えるでしょう。

物事の【記憶】は以下の4つで構成されています。

  1. 記銘: 一時的に覚えること(短期記憶の段階)
  2. 保持: 短期記憶を長期記憶にすること
  3. 想起: 頭の中から思い出すこと
  4. 再固定化: 思い出すと、その記憶が不安定になること

ここで大事なのは「1. 記銘」、つまり【記憶の入り口】です。「記憶の玉手箱 記憶するプロセスとは」によれば…

もともと狭い「記憶の入り口」を、
できるだけ広くするトレーニングを積むことによって、
記憶力を高めることができます。
…だそうです。【手続き記憶】の記憶力を高めるため、つまり、正しいピアノ奏法を「身体が覚えている」という状態を質良く保つには、この「記憶の入り口」を広げる必要がある、と言えるでしょう。

その「記憶の入り口」を広げる方法の一つが「ゆっくり練習」だと考えられます。「ゆっくり練習」によって、速いテンポでは得られない感覚が得られるようになります(感覚のフィードバックが得られる。詳細は記事「「ゆっくり弾く練習」は速く弾くために有効か」を参照)。

練習終盤で行う「ゆっくり練習」によって、様々な感覚のフィードバックをたくさん取り入れることで、「記憶の入り口」が広がり、正しいピアノ奏法を「身体が覚えている」という状態を質良く保つことができるのではないか、と考えています。

これは、「正しい弾き方とはどういうことか」を知っている練習終盤だからこそ役に立つ練習です。この練習を初期の段階で行ってしまうと、「弾き方がよく分からない状態」という記憶を定着させてしまう恐れがあります。

まとめ

当記事では、「ゆっくり練習」の良い点を述べてみましたが…実際には、練習で良いのは「ゆっくり弾くこと」などではなく【スキーマ学習】と【記憶の定着】をすること、だと言えそうです。つまり、練習の最終段階では、以下のような練習を取り入れると良い、と言えるでしょう。このとき、目的と手段はとり間違えないように注意です!

    <練習の最終段階で掲げるべき目標とそれを達成するための手段>
  • 目標1: 【スキーマ学習】で柔軟な演奏を可能にする
    → それを達成する手段: リズム変奏、ゆっくり弾くこと、など
  • 目標2: 【記憶の定着】によって曖昧な演奏をなくす
    → それを達成する手段: ゆっくり弾くこと、動作を大げさにしてみる、など

補足: ピアノは【手続き記憶】= 長期記憶

上記で、ピアノは【手続き記憶】と言いましたが、それは長期記憶でもあります。「脳卒中を生きる 6-1.脳と記憶について」によれば、短期記憶を長期記憶に移すキーポイントは…

キーポイントは、「理解して覚える」ということである。「なるほど、だからこうなるのか」というように理屈で覚えたことは、長期保存庫に移って忘れにくくなる。それに対して、意味も分からず丸暗記したことは、たとえその場では覚えたつもりになっていても、長期保存庫に移行しないためすぐ忘れてしまう。
ということ。

つまり、理屈のない練習方法、例えば…適当な「ゆっくり練習」をすると、弾けるようになったはずなのに、なぜ・どうやって弾けるようになったのかはわからないぞ(意味も分からず丸暗記したこと)…なんてことが多々あると思いますが、そのような練習に意味はない(長期保存庫に移行しないためすぐ忘れてしまう)。。。ということが言えそうですね。

では。

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