番外編9: 腕の重さを鍵盤に載せる必要はない

公開日: 2018年2月23日金曜日 ピアノ 重力奏法

こんにちは、リトピです。

ピアノの奏法でよく言われているのが「腕の重さを鍵盤(や指先)に載せなさい!」というアドバイス。当ブログでは散々否定しているこの内容ですが、今回はちょっとした事例を交えて、なぜそういうアドバイスがダメなのかを示します。

指を動かすだけでピアノは弾ける

このタイトルを見て、「えっ、指の力だけで打鍵するのってダメなんじゃ…」と思った人にこそ、当記事を読んでいただきたい。確かに、指の力だけで打鍵するのはダメ…ですが、指って、身体のどこについているんですっけ? そんなことを考えながら、以下に続いてください。

導入編: 細かな指の運びが必要なフレーズでは…

当記事で今まで取り上げてきた内容は、「どうやったら高速にオクターブ連打できるの?」というトピックスに特化したものでした(…っというか、読みやすい研究内容がそれだった)。しかし、その奏法(肘や手首の運動依存性トルクを利用したり上腕の筋肉を利用したりする打鍵方法)では、スケールやアルペジオなどの細かな指の運びが必要なフレーズには対応できません(例: 図1)。

図1. 細かな指の運びが必要なフレーズの例

この場合、どうやって弾けば、スムーズに、かつ、楽に演奏ができるようになるのでしょうか? この場合の打鍵方法としては、以下の2種類が考えられます(図2)。

  1. 上腕の力を抜き、前腕を重力に任せて落とし、腕の重さ(?)を鍵盤に載せて弾く
  2. 上腕の力で前腕を支えたまま、指を動かして指の力(?)で打鍵する
図2. どちらの打鍵方法がスムーズに演奏できるか?

この2つの方法について、考えてみましょう。ここで、大前提として、【ピアノの音量は、打鍵速度で決まる】ということを掲げておきます。今回は、条件としてmpで打鍵した時(打鍵速度 2 m/s)を考えます。また、ここでは腕(前腕)の質量を 1 kg, 鍵盤の質量を 50 gと仮定しておきます。

前編: 腕の重さ(?)を利用して打鍵する場合

腕の「重さ」と言っている時点で、おかしいことには変わりないのですが、せっかくなので考えてみましょう。

この打鍵方法を理解しやすくするために簡略化すると、図3のようになるでしょう。腕の重さ(?)を鍵盤に載せる、といっても、実際は…停止している鍵盤に腕が当たりに来る、という図式になっているはず。これは、衝突の問題ですね。

図3. 腕の重さ(?)を鍵盤に載せて打鍵する場合の簡略図

この図を基に、mpで打鍵した場合(打鍵速度 V = 2 m/s)を考えてみましょう(以下の詳細は読み飛ばしてOK、せめて図だけは見てください)。

打鍵の際、前腕と一体になっている指先は、鍵盤に向かってぶつかっていきますが、打鍵後の鍵盤の打鍵速度が2 m/sとしているので、このときの腕の速度もだいたい2 m/sになります(運動量保存の法則を適応。「前腕の質量 >> 鍵盤の質量」より近似)。そして、鍵盤にぶつかった指先は、前腕と共に、打鍵を開始します。最後、打鍵後に鍵盤の底に衝突した際、一体化した前腕-指先-鍵盤が受ける衝撃は、2.1 Jとなります(図4)。

図4. 腕の重さ(?)を鍵盤に載せて打鍵する場合の内容

ここでの問題点は、打鍵のたびに腕が動いてしまう(そのせいで、連続で打鍵しようとすると腕が上下する)こと、打鍵のたびに鍵盤(を伝わって指先)に大きな衝撃が加わってしまう、ということが挙げられます。

ただし、打鍵時に腕の重さ(?)を載せるとともに指を曲げれば、打鍵のたびに腕が動いてしまうという問題は防げそうですが…それでも、打鍵時の指先への負担は大きいままです。この大きな衝撃は、指のケガの基になるだけでなく、下部雑音の増加にもつながるでしょう

後編; 指を動かして打鍵する場合

次は、指を動かして打鍵する場合を考えてみましょう。

この打鍵方法を理解しやすくするために簡略化すると、図5のようになるでしょう。静止している前腕と鍵盤の間に、「ばね」という名の指が仕込まれていて、ばねが伸びると(指を動かすと)鍵盤・および前腕が逆方向に動き始める、というものです。

図5. 指を動かして打鍵する場合の簡略図

この図を基に、mpで打鍵した場合(打鍵速度 V = 2 m/s)を考えてみましょう(以下の詳細は読み飛ばしてOK、せめて図だけは見てください)。

打鍵の際、前腕は、上腕の筋肉に支えられ、鍵盤同様、その場で静止したまま(速度がゼロ)になっています。ここで、指先を動かす行為を、ばねがその場で伸びるような動きに例えることができると仮定します。その動きによって、前腕と鍵盤は互いに反対方向に移動していきますが、鍵盤の打鍵速度を2 m/sとすると、運動量保存の法則より、前腕の移動速度は0.1 m/sとなります。このとき、鍵盤は 5 msで鍵盤の底に到達するので、その間に腕はたった0.5 mmしか動きません。腕の大きさからすれば無視できるレベルでしょう。また、打鍵後に鍵盤が鍵盤の底に衝突した際、前腕-指先は鍵盤と一体化していないので、鍵盤が受ける衝撃は、0.1 Jとなります(図6)。

図6. 指を動かして打鍵する場合の内容

指だけを動かして打鍵すると…あら不思議、腕の重さ(?)を利用して打鍵する場合に起こる問題が全てなくなりました。

まとめ

指は、指単独で存在しているのではなく、「指 + 手 + 腕 + 肩」というセットで存在しています。そのため、上記の後編は「指の力だけで打鍵する」…ように見えて、実は、ただそれだけで腕のサポートを十分に受けています。そのおかげで、実際は、腕の重さ(?)を鍵盤に(無理やり)載せようとしなくても、ただ指を動かすだけで鍵盤は下がります(図7)。

ただし、打鍵の際は、鍵盤からの反発力に負けないように指先を固めておくことは必要です(参考: ピアニストのための脳と身体の教科書, 「力み」を正しく理解する (1)力み(りきみ)とは何か?)。

図7. 腕の力を抜いて、腕の重さ(?)を鍵盤にかけなくても、指を動かすだけでピアノは弾ける

そのため、図1で挙げたようなスケール・アルペジオなどの細かい指の運びが必要なフレーズでは、いちいち「腕の重さ(?)を載せなきゃ!」なんて考えなくても、キチンと腕を支えたまま指を動かすだけで十分演奏出来ます。試してみてください。

補足

「指の力だけで打鍵する」と聞くと、以下のような誤解をする人がいそうなので念のため補足。

Q1. 指の力を使うと、きれいな音が出ない・指先に負担がかかるのでは?

それ、たぶん弾き方が間違っているだけだと思う。そもそも、(鍵盤下降中における)指先にかかる力・負担は、腕の力を抜いて腕の重さ(?)をかけて打鍵しようが、指の力だけで打鍵しようが、同じです(詳細は、記事「「鍵盤は50gの重さで沈む」の真実」を参照)。

また、指を動かして打鍵する場合では、鍵盤の底への衝突エネルギーが小さいため、むしろ、この打鍵方法の方がきれいな音を出せる見込みがあります。

Q2. 指の力だけで打鍵 = ハイフィンガー奏法では?

ハイフィンガー奏法のようにわざわざ指を高く上げなくても、実は、単に指を動かすだけで打鍵は出来ます(なので、なぜそういう弾き方が流行ったのかが意味不明である)。上記で見ていただいたように、腕の質量は鍵盤の質量よりもはるかに大きいので、いちいち指を勢いよく振り下ろす必要はないです。

また、鍵盤は50 g重の力があれば下がるわけですから、力もたいして使いません(鍵盤からの反発力に対抗するだけの力を使えばOK)。

Q3. 腕の重さ(?)を鍵盤に載せる方が、きれいな音が出るはずでは?

腕の重さ(?)を鍵盤に載せて打鍵する方が、鍵盤の底に衝突した時のエネルギーがはるかに大きいので、それによって下部雑音(鍵盤が底を突いたときに発生する雑音)は大きくなります。そういった音を "きれいな音" と呼ぶのであれば、そういう弾き方をすれば "きれいな音"(もとい、下部雑音たっぷりの音) が出ますよ。

では。

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2 件のコメント :

  1. この方法で練習しようと思いますが、
    この弾き方で自然に強弱が付けられますか?。

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    1. 記事の閲覧 & コメントありがとうございます。

      「自然に」というのをどのようにイメージされているかわかり兼ねますが、ピアノの音量は「鍵盤に乗せる重さ」ではなく【打鍵の速度】なので、指で打鍵するときの速度を変えれば、音量の強弱も変わります。

      特に大音量を出したい場合は腕の動きも加えて打鍵速度を増す必要がありますが、欲しいのは【打鍵速度】だけなので、わざわざ「腕の重さ」を乗せる必要はありません。

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