特集6: 「神経心理学」からピアノ練習方法を学ぶ
こんにちは、リトピです。
今回は、「神経心理学」からピアノ練習方法を学んでみましょう。
「神経心理学」と聞くと、なんだか難しそうな気がしますが、自分の身体のことを知る上で重要な学問の一つだと思います。図などを駆使してうまく説明してみますので、ご興味があればお付き合いください。なお、本記事の内容は、書籍: 神経心理学コレクション『アクション』(医学書院)を基にしています。
なお、今回の考察は、動作の【慣れ】(意識せずにピアノを弾ける状態)に関することではなく、意識的に行う動作(「○○のように練習しよう!」など)についてフォーカスしています(【慣れ】に関しては【小脳】が関わっていますが、それは後ほど記事にしようと思っています)。また、私は「神経心理学」の専門ではない上に、脳やその神経に関してはまだわからないことも多いため、あいまいな表現になっている部分もあることをご容赦ください。
「神経心理学」からピアノ上達方法を探る
【ピアノを弾く】ことは、心臓の筋肉をはじめとする無意識な動作(不随意運動)とは違い、我々が意識的に行っている動作の一つです。その意識的な動作は、随意運動(「自己の意思あるいは意図に基づく運動」のこと(wiki調べ))と呼ばれています。
この【ピアノを弾く】という随意運動を行う際、脳ではどういうことが行われているのかがわかれば、【ピアノを弾く】動作を良くするために・ピアノを上達させるために、我々はどうすればいいかが見えてくるはずです。その推考に役立つのが「神経心理学」という分野。では、少しずつひも解いていきましょう。
その前に…おさらい
随意運動に関して、一つだけおさらいです。記事「コラム6: 人間の動作の意識、無意識と自動化」にも書きましたが、人間は【意識的】な動作をするちょっと前に【無意識】に運動準備(動作プランの作成)をしています(図1)。
この【無意識】に支配された【意識的な】動作を良くする方法をその記事では簡単に(?)ご紹介しました。今回はその詳細に迫りつつ、ピアノ練習に応用しちゃおうというお話です。
図1. (再掲)前腕を持ち上げようと意識するの前に「運動準備電位」という信号が、脳から【無意識に】出ている |
【意識的な】動作を司る脳: 前頭葉
【意識的な】動作、つまり随意運動を司っているのが脳の前半分あたりの【前頭葉】と呼ばれる部分。この【前頭葉】には大きく分けて6つの部位があり、それぞれ持っている機能が異なります(図2)。各部位によって矢印の方向に沿いながら随意運動の動作プランが作られていきます。矢印は、各部位との結びつきと情報の流れる方向を表しているだけで、動作のたびに毎回利用される、というわけではないようです。なお、【一次運動野】の後ろ側は、まとめて【高次運動野】と呼ばれます(前頭前野は除く)。(参考: 脳科学辞典 前頭葉)
図2. 前頭葉の全体図 |
一次運動野
動作の実行を司る部位。随意運動の際に【高次運動野】から送られてくる動作プランを総合的に判断して、その動作を【遂行】させるのか【中止】させるのかを決めて、適切な部位にその動作指令を送る。恐らく、随意運動において【意識的に】コントロールできるのはこの部位の機能だけで、この部位より後ろ(視床下部方面)は【無意識下】で機能している…のかも。ちなみに、【前頭葉】において、右脳と左脳で機能が違う(右脳側の一次運動野は左手、左脳側の一次運動野は右手を支配)のはこの部位だけらしい。
運動前野
感覚情報による動作の誘導(目に見える物を取りに行こうとする、など)や、【運動前野】に送られてくる抽象的な動作プランを具体的な動作プランに落とし込むなどの役割を持つ。目視しつつも打鍵ミスする場合は、ここの機能が不十分なのかもしれない…
補足運動野
リズムの生成、右手・左手の使い分け、バランス取り、連続動作の企画と構成などを担う部位。付点リズムや両手交互の打鍵、長いフレーズの演奏などが苦手な場合は、ここの機能が弱いかもしれない…
前補足運動野
部位を超越した動作選択(例: 「物を追う」という選択。その物を「目」で追うのか「手」で追うのかなどの部位選択はここでは行わない)、 普段行っている動作の変更・更新、動作開始までの間を作る、などの役割を持つ。休符で十分な間を保てない(自分が取っている休符の長さが短い)場合などは、この機能がうまく働いてないかもしれない…
帯状皮質運動野
動作内容の詳細は抜きにして、何らかの動作開始のドライブ(「○○がしたい」という気持ちを高ぶらせる)や、報酬情報を基にした動作の切り替え(自分にとって良いこと(報酬)が得られる方向に動作をシフトさせる)などを行う部位。その他に、ある動作プランを【運動前野】と【補足運動野】のどちらが作るのか、の振り分けも担当。【自分にとって良いと感じる内容】が、実際には悪い動作だったら、ここで動作の切り替えが行われず、ずっと悪い動作を続けることになるかもしれない…
前頭前野
動作に関する記憶の読み出しや、ゴールを見据えた行動の先読み、状況に応じた行動を導くなどの役割を持つ。「細かいフレーズをどうやって弾くか」などをおおざっぱにプラン立てすることがココで行われているかもしれない…。
番外: 海馬、視床下部
記憶を司る海馬(参考: 日本学術会議おもしろ情報館「学習と記憶 3.脳はこうして記憶する2」)は、今までの作業記憶などを前頭前野に送る。本能を司る視床下部(参考: マンガで看護師国家試験にうかーる。「視床下部の働きと基礎知識覚え方。~」)は、食欲など本能に関連した行動を誘発させる。
【前頭葉】のまとめ
これら【前頭葉】の働きを図3にまとめてみました。この図を見ると、我々が【意識的に】行う運動(随意運動)のプランは、すべてが【無意識】に作られていることがわかります。我々が【意識的に】行おうとしている、間を取る・リズムを取る・連続動作を行うといった動作は、大部分が【無意識】に、しかも我々がそう【意識】するちょっと前に作成されている、というのには驚きですよね。
なお、我々が【意識的に】自身の動作に関われるのは【一次運動野】で行われる動作の【遂行】と【中止】だけです。残念ながら、動作プランの生成に関して【意識的に】は一切関われません。
図3. 前頭葉の働きまとめ |
ピアノの打鍵を「神経心理学」的に分析
【ピアノを弾く】という動作は、「神経心理学」的に見たらどうなるのか、ちょっと考えてみました(図4)。この図は時間の流れ・出来事の順番を表していますが、各事象の幅と時間の長さは無関係です。図内の「意識の扉」は、私の造語です。【一次運動野】で行われる動作の【遂行】と【中止】を、【意識的に】動かせる扉の開閉に見立てました。(詳細は、記事「コラム6: 人間の動作の意識、無意識と自動化」を参照)
図4. ピアノの打鍵を【意識】したところを中心に、その前後の出来事を時間軸にプロット。各事象間の幅と時間の長さは無関係 |
我々自身の動作は【意識的に】コントロールできない
散々言っていますが、図4を見るとわかるように、「ピアノを弾こう!」という【意識】のちょっと前に【無意識のうちに】その動作プランが作られています。つまり、「ピアノを弾こう!」と【意識】したときには、もう動作プランは立てられているので、【意識的に】自分の動作をコントロールすることは不可能なんです。そのため、自分が今やっている動作は、【意識側】としては単なる【傍観者】になるべきかもしれません。「あぁ、【無意識】ではそういう動作プランを立てているのか」という具合に。
なお、絶対に「失敗しないように身体・腕・指をこうやって動かそう」などと【意識的に】自身の動作をいじろうとしてはダメです。何度も言いますが、残念ながら、その動作を【意識】する前には、すでにその動作プランが【無意識のうちに】立てられています。(この動作プランを【意識的に】無理やり変更しようとする行為によって、脳の正常な機能が破壊され、結果としてジストニアが発症するのでは?と推測しています。)
良い動作をするには良いイメージを保持することが大事
自身の「ピアノを弾こう!」という【意識的な】動作が良くなるためには、【無意識に作られる】動作プラン自体が良くならなければなりません。その動作プラン自体が良くなるには、ある動作をしようと【意識】するよりもずっと前(【無意識のうちに】動作プランが作られるよりも前)から、その動作に対する良いイメージを持ち続けることが大切でしょう。
まず動作の良し悪しを確認し、普段から良い動作イメージを保持し続けることで、 【無意識に作られる】動作プラン自体が良くなってくるはず。逆に、【無意識】ゾーン側に良い影響を与えられない「とりあえず弾きまくってみよう」といった何も考えない行為は絶対にダメ、と言えるでしょう。
【耳】は動作の評価にしか使えない
図4の右側を見るとわかりますが、【耳】に音が届くのは打鍵【後】です。そのため、【耳】は、そのときに行った打鍵の評価に利用しましょう。脳の機能から考えれば、聴こえた音を次の動作に活かすのは【運動前野】のお仕事…のはず。つまり、ピアノにおいて、実は鍛えるのは【耳】ではなく、実際に行動プランを立てる【運動前野】の方なのかもしれない…
まとめ
「神経心理学」から見たピアノ練習方法のまとめです。
- 目の前で起こっている自身の動作は【無意識に起こった動作プラン】の【意識的な確認】しかできない(身体の動作を【意識的に】コントロールしよう、と考えてはいけない)
- 良い動作を得るには、 その【動作の意識】の前に【無意識に作られる】動作プラン自体が良くなければいけない。
ちなみに、「アレクサンダー・テクニーク」(参考『音楽家のための アレクサンダー・テクニーク入門』)の考え方は、神経心理学から見ても理にかなっている(…というか「アレクサンダー・テクニーク」の考え方は神経心理学の分野を基にしている?)気がしています。
- 【抑制】は、身体に動作の指令を出す【一次運動野】で起こせる
- 上向き思考の【方向性】は、良いイメージの保持につながるので、【高次運動野】の機能を高める働きがある
さて、「神経心理学」からピアノ練習方法を学んでみましたが、最後に一つ。これらの内容から、ピアノは「脱力」ではなく、「身体を鍛える」でもなく、【前頭葉】(特にその内の【高次運動野】)の機能を高めることで上手に弾けるようになる、と言えるのではないでしょうか。
では。
脱力しようとしたら、余計に弾けなくなり悩んでいたところサイトにたどりつきました。まだ余分な力が入ってしまい筋肉痛になってばかりですが、弾き方を改善していきたいと思います。本当に参考になります。これからも記事のUp期待してます
返信削除当サイトにお越しいただきありがとうございます。
削除恐らく…私の記事を読まれて気付いておられるかと思われますが、実は「余計な力が入る=必要なところに力が入っていない→その必要な力を補うために、不必要な部分に力が入る」という流れになっており、その結果、筋肉痛という症状が表れてしまっている、と推測できます。これからは「脱力」(不必要な部分の力を抜く)を意識するのではなく、「どこに・どれだけの力を、どのタイミングで入れるべきか?」を考えてみると良いと思います。
参考になっているとのコメント、誠にありがとうございます。更新は遅めですが、これからも記事upしていきますので、今後ともよろしくお願いいたします。
筋肉痛になってしまう原因を分析いただきありがとうございます。「必要なところに力が入っていない」という事には気づいていませんでした。
返信削除先生にフォルテが足りないと指摘されるので、やはり必要なところに力が入ってないんですね^^
筋肉痛になってから図書館でピアノ奏法の本を探して色々読んでましたが、なかかなか納得できる記事がありませんでした。。。。リトピさんの記事はとても信頼、納得できます。ありがとうございます。
こちらこそ、返信ありがとうございます。
削除> 先生にフォルテが足りないと指摘される
実は、フォルテ(大きい音)を弾くとき…ピアノ(小さい音)を弾くときよりも力は【いらない】というのはご存知でしょうか?とある研究結果でそれが示されています。詳細は、私の記事「番外編7: プロと初心者の「打鍵の仕方」の違い」をご覧いただければと思います。
記事のURL: http://lppianolife.blogspot.jp/2016/09/7.html
簡単に説明すると…打鍵の力を強めて大きい音量を出すためには、自分自身が鍵盤を押し込む力を出すのではなく、腕の支えの力(これが必要な力)を弱め、重力によって下がる腕の勢いを利用すると良い、ということです。このことを知ると、フォルテが楽に、かつキレイに出せるようになると思います。
> なかかなか納得できる記事がありませんでした。
図書館にあるような古め(?)の書籍は、「昔からやられていること・言われていること・習慣 = 絶対的に正しい」として、なぜ正しいかの根拠がなく説明してあるものが、残念ながら多いです。そういう書籍の内容は、間違っていることがほとんどなので、気をつけて読まなければならないですね。科学的な根拠に基づいた説明の載っている信頼できるようなピアノ奏法関連の書籍が出てきたのはここ数年の出来事だと思います。
> リトピさんの記事はとても信頼、納得できます。
そう言っていただけて大変嬉しいです。こちらこそありがとうございます。ブログ続けて良かったと改めて実感いたします。今後も為になる記事、面白い記事を気長ながら書いていこうと思いますので、お時間がありましたら、また足をお運びください。