プレ「脱力」: 「脱力」って何ぞや?
こんにちは、リトピです。(2017/04/20: 編集)
ピアノをやっていると、絶対に避けては通れない「脱力」。でも、そもそも「脱力」って何ぞや?というのが当記事のテーマ。これは、ピアノの「脱力」サイトや書籍を読む前に是非知ってほしい事です。
みなさん、「脱力」という言葉を聞いて、何を思い浮かべますか?また、「脱力」というアドバイスを聞いたとき、何をどうすればいいと考えていますか?
一般的な「脱力」の意味
記事「なぜ「脱力」は敵なのか1: 敵である理由」にもご紹介していますが、一般的に使われている「脱力」とは ―
[名] (スル)からだから力が抜けて、ぐったりしてしまうこと。また意欲・気力が衰えること。 気持ちの張りがなくなること・「―感」「下肢―」「頓珍漢な受け答えに―する」
出典: 小学館
図1. 文字通りの「脱力」を実行中 |
…という意味が込められています。この言葉を文字通り受け止めて「からだから力が抜けて、ぐったりしてしまう」とピアノは弾けないし、「意欲・気力が衰える」とピアノを弾く気すらおきなくなりますよね。。。
でも、あんだけピアノで「脱力」と言われているんだから、ピアノに則した「脱力」というものがあるはず!…というわけで、次から、ピアノ界における「脱力」とは何ぞや?について話を進めていきます。
3つの「脱力」指導
世の中(ピアノ界)には、「脱力」指導に関して、以下の3つの考え方があるってご存知でしたか?
- 文字通り「力を抜く」だけ
- ピアノに則した「脱力」とは何かを追求
- そもそも、「脱力」という言葉自体を避ける
それに対する私の考えは以下の通り。その理由は後述します。
- 敵視している。ただいま撲滅運動中!
- #1と似ているからもったいない。
- 適切な選択である。
さて、アナタの先生はどれに属しているのでしょうか。それぞれの実例について述べていきます。
1. 文字通り「力を抜く」だけ
一般的な「脱力」の意味に一番忠実なのがこの考え方。でも…「からだから力が抜けて、ぐったりしてしまう」とピアノは弾けないし、「意欲・気力が衰える」とピアノを弾く気すらおきなくなります、というのは上記でお話ししたばかり。本当にそんなことをしている実例あるの?と思いますよね?
…残念ながらあるんです。これには、今のところ以下の3つのパターンがあることがわかっています。
- とにかく「力を抜け」と言い続ける
- 指先を秤に乗せ、腕の「力を抜いた」ときの重さを量る
- 指の力を鍛えれば「力は抜ける」と信じこませる
以下でこの3つを解説します。
1-1. とにかく「力を抜け」と言い続ける
このパターンは、「脱力」とは何ぞや?をまるっきりわかっていない人に多いように感じます。一つの例はコチラ。
バジル・クリッツァー 様のブログ「バジル先生のココロとカラダの相談室」にある記事「「肩の力が抜けていない」と指摘されて悩んでいる….どうしたらいいの?」を読むと、そんな指摘をする(そんな指摘しかできない)先生の話が出てきます。
バイオリン奏者の話ですが、ピアノでも内容に変わりはないです。簡単にまとめるとこんな感じ。
図2. とにかく「力を抜け」ということを信じ続けた場合… |
- 先生の指摘1: 「肩の力が抜けていない」「体がおかしい」
- 生徒の状態1: すっかり腕と肩が重く・だるくなってしまい、動きを制御できない
- 生徒の状態2: しょんぼりした感覚になったり、眠気を感じることもある
- 生徒の葛藤1: これは「脱力」に慣れていないから?
- 生徒の葛藤2: 力は限りなくゼロに近く抜けていれば抜けているほど良い?それとも、力を抜きすぎているの?
- 先生の指摘2: 「研究してきなさい」
- 結果: 生徒は、翼状肩甲(腕を前方へ出しずらくなる、という症状)を発症
「生徒の状態1」および「生徒の状態2」を読むと、一般的な「脱力」の意味と合致しているので…ある意味、この生徒は「脱力」できていることがわかります。でも、その状態では楽器は演奏できない、というのは先ほど上記でお話ししたばかり。
そして、「生徒の葛藤1」および「生徒の葛藤2」が起こるのは容易に想像できます。向上心があれば「現状を打破するためにはどうすればいいのか?」と思うのは当然です。また、レッスンを受けていれば「そうだ、この悩みを先生に打ち明けてみよう」と思うのは至極当たり前でしょう。
でも先生の一言は「研究してきなさい」だけ。。。この人、何のために先生やってるんでしょうか。。。恐らくこの先生は…「力を抜け」としか言わない、のではなく、「力を抜け」としか言えない、だから、自分がうまく説明できないことをごまかすために「研究してきなさい」と言い放った…としか考えられません。
その結果は…無残なものですね。。。このような状況が起きる恐れがあることを、先生たちは自覚すべきです。自分の発言が適当であればあるほど、そして、生徒が真面目かつ熱心であればあるほど、生徒は大きなケガを負ってしまうということを。。。
私は、このような事態が他のところでも起こらないように、当ブログなどで警笛を鳴らしています。
1-2. 秤の上に指先を乗せ、腕の「力を抜いた」ときの重さを量る
たまに見かけるパターン。これは、秤の上に指先を乗せ、秤の値を読みながら、自分がどれだけ「力を抜くことができるか」をチェックする方法です。以下の図3のような感じで。
図3. 秤に腕を乗せ、どれだけ「力を抜くことができるか」をチェックする方法 |
この方法は、以下の2つのミスを犯しています。
- 「打鍵後は、自分の力を抜くことで楽になる」と勘違いしている
- 「鍵盤は、腕の重さをかけることで下がる」と勘違いしている
まずは、#1: 「打鍵後は、自分の力を抜くことで楽になる」と勘違いしている、について。以下の図4左をご覧ください。秤では約1.2 kgを指していますが、これは、実は図4右と同じ状況です。このとき、腕や指は…
腕の力を抜く → 指に腕の重さがかかろうとする → (折れないように)指に力が入る = 前腕に力が入る → 指が動かしずらくなる。結果、一向に楽にならない。
…という状況になっています。つまり、腕の力を抜くと、むしろ指に力(正確には、前腕に力)が入るので、楽にはなりません。この解消法については、記事「なぜ「脱力」は敵なのか6: まとめ ~打鍵後の「脱力」はダメ~」をご覧ください。
図4. 秤に指を乗せ、力を抜くということは…? |
次は、#2: 「鍵盤は、腕の重さをかけることで下がる」と勘違いしている、について。
よく、秤を使った指導をする人は、「腕の重さを可変させることで、音量を変化させて打鍵出来る!」と豪語します。でもちょっと待った。人間の腕って…そんなに簡単に重さを可変させられたんでしたっけ?
よくよく考えれば、人間の腕の【質量】は一定です。…ということは、その一定の【質量】の腕の落とし具合を、腕(正確には上腕)や肩、背中の力で調節することが正しい打鍵ではないでしょうか(以下の図5をご覧ください)。
図5. 重力奏法のよくある間違い(左)と正しい解釈(右) |
ここら辺のお話は、記事「番外編2: 正しい解釈をピアノ打鍵へ応用」や、記事「番外編8: プロと初心者の「打鍵の仕方」の違い~簡易版~」に詳しい説明を書きましたので、お時間がある方は、そちらのページにも足をお運びください。
これ、実は中学物理の内容なんですよね。。。学生のころ、ちゃんと勉強していれば、このような間違いには引っかからないと思うのですが…残念ながら、実際にこの方法で指導している方々がいるようです(「ピアノ 秤 重力奏法」などで検索するといくつかヒットします)。
彼らの名誉(?)のために、ここで実例を挙げるのは止めておきますが、そんな先生の下で指導を受けている方々は…上記のような事実があることを念頭に置きながら、指導を受けてください。
1-3. 指の力を鍛えれば「力は抜ける」と信じこませる
このパターンは、パッと見だと効果がありそう、と思ってしまうのが怖い。物理学、人体の構造に疎いとこの手の話に引き込まれてしまいます。一つの例はコチラ。
書籍『ピアノ脱力奏法ガイドブック 1』(書籍レビューはコチラ)に書かれている内容がまさにコレ。
この書籍のまとめを非常に簡単に書くならば、「指の関節を鍛えれば、力は抜ける」です。この問題点は3つ。
- 指の関節って鍛えられるの?
- 腕の重さを指で支えられるの?(その状態でピアノは弾けるの?)
- ピアノを弾くって、力を抜くだけで解決するの?
残念ながら、この3つの疑問は、その書籍を読むだけでは解決しませんでした。
人間の構造の視点から見ると、最初の2つ「指の関節って鍛えられるの?」「腕の重さを指で支えられるの?(その状態でピアノは弾けるの?)」はノー。そして、物理学の視点から見ると、最後の1つ「ピアノを弾くって、力を抜くだけで解決するの?」もノーです。(それらの詳細は、その書籍レビューをご覧ください。)
指の力を鍛えれば「力は抜ける」…そう言っている人は、一体何を信じて、それを強く主張されているんでしょうね。。。
まとめ1. 文字通り「力を抜く」だけ
この指導には以下の3パターンがあり、どれも、「良い指導法だ」とは言えそうにないです。
- とにかく「力を抜け」と言い続ける
→ 先生は、「脱力」とは何ぞや?を全く知らなくて、適当にアドバイスしている恐れあり - 秤の上に指先を乗せ、腕の「力を抜いた」ときの重さを量る
→ 打鍵に「腕の重さ」は関係ない。打鍵後は腕を【支える】べき。 - 指の力を鍛えれば「力は抜ける」と信じこませる
→ 他方面から見れば、その理論はおかしい、というのがわかる
2. ピアノに則した「脱力」とは何かを追求
これにも2パターンあります。
- 「○○することで脱力できる」と丁寧に説明
- 「脱力とは、本当は△△することである」と新たな情報を付加する
以下でこの2つを解説します。
2-1. 「○○することで脱力できる」と丁寧に説明
「脱力」の意味はそのまま(?)に、説明内容を「○○すること」に重きを置いているパターン。その一つの例はコチラ。
伊藤佳実 様のブログ「ピアニストのためのアレクサンダー・テクニーク」にある記事「脱力の方法 7」を読むと、打鍵時に「脱力」するポイントは以下の3つである、と言っています。
- 力を抜いて重力で手全体が落ちるような感じで
- 落とした手が固まらないように
- 手を上げるときは手首から上げるように
少なくとも上記1つ目は、良い「打鍵の仕方」の実行方法であることがわかっています(詳細は、記事「番外編7: プロと初心者の「打鍵の仕方」の違い」を参照)。そのため、このやり方は良い指導とも言えるでしょう。
でも私は、このやり方は「もったいない」と思います。なぜなら、最初に述べた「1. 文字通り「力を抜く」だけ」と混同する恐れがあるからです。
「脱力」という言葉を意識してしまうことで、「もしかして、ただ力を抜くだけでも、何かしらの効果があるのでは?」と考えてしまう恐れがあります。実際に、このパターンで書かれているのブログには、ピアノ奏法についての説明者自身が「1. 文字通り「力を抜く」だけ」と混同した書き方・教え方を度々やっているように見受けられます。そのため、それでは、これが「良い指導だ」とは言うにはまだ何かが足りない気がします。
2-2. 「脱力とは、本当は△△することである」と新たな情報を付加する
これは、曖昧とされる「脱力」には、「調べた結果、△△という意味・効果がある」と説明し、新たに情報を付加するパターン。その一つの例はコチラ。
書籍『ピアニストの脳を科学する 超絶技巧のメカニズム』(書籍レビューはコチラ)に書かれている内容がまさにコレ。
その著書に書かれている内容と同じようなもので、その著者(古屋 晋一 氏)が書いた記事「ピアニストのための脳と身体の教科書」の一つ「第10回 「力み」を正しく理解する (4)エコ・プレイ:力まずに弾くスキル(1)」では、「脱力」を…
必要最小限のエネルギーを使って、最大限の音楽・音響効果を創り出すための技能としています。
最初の方に述べた、【一般的な「脱力」の意味】には書かれていない新たな情報・意味を、ここでは付加していますね。
でも私は、このやり方を「もったいない」と思います。なぜなら、【「脱力」に付加された新たな情報】を、先生-生徒間で正しく共有していなければ、「脱力」とアドバイスをする先生と、「脱力」とアドバイスされた生徒との間で、内容の理解に齟齬が生まれてしまうからです。
先生と生徒の間で「脱力」というアドバイスの理解に齟齬があると、「先生がやってほしいと思っている練習」と「生徒がやろうと考えている練習」が異なります。そのため、それでは、これが「良い指導だ」とは言うにはまだ何かが足りない気がします。
まとめ2. ピアノに則した「脱力」とは何かを追求
この指導には以下の2パターンがありますが、これらを「良い指導法だ」と呼ぶのはちょっと違う気がします(面白い試みだと思いますが)。
- 「○○することで脱力できる」と丁寧に説明
→ ややもすると、「1. 文字通り「力を抜く」だけ」と混同する恐れがある - 「脱力とは、本当は△△することである」と新たな情報を付加する
→【「脱力」に付加された新たな情報】を、先生-生徒間で正しく共有していなければ意味がない
そもそも、「脱力」という言葉自体を避ける
これは言わずもがな…当ブログがその一つの例です。「脱力」という言葉を避けることで、どんな良いことがあるのか…というのを当ブログで説明しています。
ちなみに、私以外にもこれと似たようなことを主張している人たちはいます。以下で簡単にご紹介しておきます。なぜ、「脱力」という言葉を避けようとしている人たちがこんなにもいるのか…「脱力」を信じている方々も、一度考えてみると良いと思います。
- 横浜・ガーデン山バイオリン教室 -大崎 まりあ
→ "脱力したら体壊します" - violinear
→ "何故力が入るのか、原因がわからなければ「脱力脱力」と連呼しても無駄" - あなたのココロと音色を明るくするブログ!
→ "力を抜くのではなくて力をバランス良く使うことを考えてみましょう。" - 活動中の「からだ」を快適に! 表現力を豊かに♪ アレクサンダーテクニーク/ボディマッピングの学校
→ "大勢の方たちにとって「脱力」という指示は解決の糸口にはならないのではないか" - アレクサンダー・テクニークのlittlesounds 湘南・藤沢スタジオ/東京・文京教室
→ "腕を持ち上げられて、離したときにすぐに垂れ下がるのが、「脱力できている」と思われていることも多いようです。"
→ "でも、それがうまくできるようになったとして、演奏その他のアクティビティに役に立つでしょうか?" - アレクサンダー・テクニーク BodyChanceメソッド & Flute ~ココロを自由に、カラダも自由に、自分らしく生き、演奏する~
→ "“リラックス”や“脱力”という言葉には思わぬ落とし穴があると思う" - 寝子ろんで縁側 …踊るアレクサンダー・テクニーク教師のレッスン日記☆
→ "脱力じゃなくて 「脱、力まかせ!」" - 音楽家のためのアレクサンダーテクニーク東京
→ "僕のレッスンでは、基本的に「脱力」という言葉は使いません。"
全体のまとめ
この記事では、世の中(ピアノ界)には、「脱力」指導に関して、以下の3つの考え方がある、というお話をしました。以下、そのまとめです。ピアノの「脱力」サイトを読むときに、そのサイトはどれに属すか、というのを考えてみてください。
-
<3つの「脱力」指導>
- 文字通り「力を抜く」だけ: ×
→ 1-1. とにかく「力を抜け」と言い続ける
→ 1-2. 秤の上に指先を乗せ、腕の「力を抜いた」ときの重さを量る
→ 1-3. 指の力を鍛えれば「力は抜ける」と信じこませる - ピアノに則した「脱力」とは何かを追求: △
→ 2-1. 「○○することで脱力できる」と丁寧に説明
→ 2-2. 「脱力とは、本当は△△することである」と新たな情報を付加する - そもそも、「脱力」という言葉自体を避ける: ◎
→ 詳細は、当ブログの記事をご覧ください。
では。
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