番外編7: プロと初心者の「打鍵の仕方」の違い

公開日: 2016年9月2日金曜日 ピアノ 脱力

こんにちは、リトピです。

ピアノに限らず、上達するために【プロの演奏】を参考にする人も多いでしょう。自分(初心者)の弾き方とプロの弾き方、何が違うのか気になりますよね。

でも、外見・見た目でその違いを判断してはいけませんよ(詳細は、記事「特集2: プロは本当に「脱力」や指の「独立」をしているのか」を参照)。では、その両者の本当の違いとは何なのでしょうか、というのが今回のお話し。

プロと初心者の差とは

今回参考にさせていただくのは、上智大学 理工学部 情報理工学科 准教授(当記事の執筆時)の 古屋 晋一先生が執筆された、以下の論文の内容です。 この論文に書かれているプロと初心者の実験結果を用いて、それらの「打鍵の仕方」の違いをわかりやすく解説します。

ピアノ打鍵動作の熟練技能:「重量奏法」の科学的検証,
古屋 晋一ら, 人工知能学会第二種研究会, 2008

ちなみに、書籍『ピアニストの脳を科学する 超絶技巧のメカニズム』に同等の内容が載っていますが、この論文も、興味のある方、お時間のある方はぜひ読んでみてください。

この論文で注目している筋肉

打鍵の前後で使われる筋肉として、この論文では以下の2つに注目し、それらの筋肉が収縮・弛緩 (筋肉を緩めるとほぼ同義)する大きさとタイミングを測定しています。

  1. 上腕二頭筋 (Biceps): 腕・肘を曲げるための筋肉
  2. 上腕三頭筋 (Triceps): 腕・肘を伸ばすための筋肉
図1. 上腕二頭筋と上腕三頭筋の位置(出典: http://vokka.jp/2361

ピアノを打鍵するとき、この2つの筋肉がどのような大きさとタイミングで収縮・弛緩しているのか、プロと初心者では何がどう違うのかについてこれから見てみましょう。

その前に: 良い「打鍵の仕方」とは

プロと初心者の違いを見る前に、良い「打鍵の仕方」とは何かを考えてみましょう。

打鍵するときに力をバンバン使うと疲れちゃいますよね?そのため、【打鍵の際、少ない力で鍵盤を押せる】というのが一つの良い「打鍵の仕方」でしょう。

また、打鍵後は、鍵盤を下向きに押し続けても仕方がないですよね?そのため【打鍵後、鍵盤に下向きの力がかかる時間が短い】というのも一つの良い「打鍵の仕方」と言えるでしょう。

一旦まとめます。良い打鍵の仕方というのは、以下の2つと言えそうです。

  1. 打鍵の際、少ない力で鍵盤を押せる
  2. 打鍵後、鍵盤に下向きの力がかかる時間が短い

この2つを達成しているのは、プロの「打鍵の仕方」なのか、初心者の「打鍵の仕方」なのか。それらを気にしながら、両者の「打鍵の仕方」を見てみましょう。

初心者の「打鍵の仕方」

初心者は以下のように上腕二頭筋、上腕三頭筋を用いて打鍵をしています。

    <図の見方>
  • 縦軸 = 筋肉の収縮の度合い、横軸 = 時間
  • ピンク色の線 = フォルテで弾いたとき、緑色の線 = ピアノで弾いたとき
  • a線 = 腕が落下し始めるタイミング、b線 = 指が鍵盤に到達するタイミング
図2. 初心者の「打鍵方法」1: 打鍵に向けて
図3. 初心者の「打鍵方法」2: 打鍵時~打鍵後

この測定結果からわかることは以下の2つです。

  1. 初心者は、打鍵する際に【上腕三頭筋】の力を使う
  2. 初心者は、音量を上げようとするときに【上腕三頭筋】の力を強める

かたや、プロの「打鍵の仕方」はどうなっているのでしょうか。

プロの「打鍵の仕方」

プロは以下のように上腕二頭筋、上腕三頭筋を用いて打鍵をしています。

図4. プロの「打鍵方法」1: 打鍵に向けて
図5. プロの「打鍵方法」2: 打鍵時~打鍵後

この測定結果からわかることは以下の2つです。

  1. プロは、打鍵する際に【上腕二頭筋】の力を使う
  2. プロは、音量を上げようとするときに【上腕二頭筋】の力を弱める

ここで大半の人は「えっ、腕・肘を伸ばす筋肉(上腕二頭筋)を使って打鍵なんてできるの!?」と思われるかもしれませんね。。。例えば…空中で、腕を「ピアノを弾く格好」にさせて、その状態のまま上腕(手首と肘の間の腕)をゆっくり下にさげようとするとき、実は【上腕二頭筋】が弱く収縮(正確には伸張性収縮)しています。

これは、打鍵の際、【上腕二頭筋】の収縮度合いを変えつつ、【重力を利用して】、空中にとどめていた上腕を下にさげている、とも言えます。プロはそのような方法で打鍵しているんですね。

そのため上腕は、この【上腕二頭筋】の収縮度合いが弱ければ弱いほどほど、素早く落下します。そのため、「プロは、音量を上げようとするときに【上腕二頭筋】の力を弱める」というわけです。この結果は非常に面白いですね。

両者の「打鍵の仕方」がわかったところで、その違いを見てみましょう。

プロと初心者の違い

ところで。良い「打鍵の仕方」とは、以下の2つでしたね。

  1. 打鍵の際、少ない力で鍵盤を押せる
  2. 打鍵後、鍵盤に下向きの力がかかる時間が短い

では、プロと初心者では、どちらがこの2つを満たしているのでしょうか。ちょっと考察してみましょう。

打鍵の際、少ない力で鍵盤を押す方法

良い「打鍵の仕方」の一つは【打鍵の際、少ない力で鍵盤を押せる】ということでした。ここで言う「打鍵の際」とは、今までご覧になっていた実験結果の「a-b間」と同じですね。両者のその部分を見てみましょう。

    <打鍵準備: a-b間で起こっていたこと1>
  • 初心者: 【上腕三頭筋】の強い収縮
  • プロ: 【上腕二頭筋】の弱い収縮(伸張性収縮) + 【重力の利用】

また、大きな音を弾くときにも両者の大きな違いがありましたね。ちょっとまとめてみましょう。

    <打鍵準備: a-b間で起こっていたこと2>
  • 初心者: 大きな音を出すときは【上腕三頭筋】をより強く収縮
  • プロ: 大きな音を出すときは【上腕二頭筋】をより弱く収縮(伸張性収縮) + 【重力の利用】

これらの結果から以下のことがわかります。

  • 初心者:腕・肘を伸ばす筋肉(上腕三頭筋)を使って無理やり打鍵
  • プロ: 【重力を利用】して楽に打鍵している

つまり、【打鍵の際、少ない力で鍵盤を押せる】のは、プロの「打鍵の仕方」だと言えそうですね。

ちなみに…初心者の「打鍵の仕方」は、ピアノのアドバイスでよく言われる「打鍵の瞬間には力を入れる」「打鍵後には力を抜く」に相当していると思いませんか?それらのアドバイスが間違っているというのが、この結果からもわかりますね。

また、「f (フォルテ)が大変」と言う人は、初心者の「打鍵の仕方」になってしまっている、ということもこの結果でわかりますね。プロの「打鍵の仕方」を見ると、「p (ピアノ)よりもf (フォルテ)の方が力を使わない(打鍵の際、小さい音を出すときよりも重力を利用) = f(フォルテ)の方が楽」、となっているので。

打鍵後、鍵盤に下向きの力をかける時間を短くする方法

良い「打鍵の仕方」のもう一つは【打鍵後、鍵盤に下向きの力がかかる時間が短い】ということでした。ここで言う「打鍵後」とは、今までご覧になっていた実験結果の「b~」と同じですね。両者のその部分を見てみましょう。

    <打鍵時~打鍵後: b~で起こっていたこと>
  • 初心者: 【上腕二頭筋】のちょっとした収縮 + 【上腕三頭筋】の急激な弛緩
  • プロ: 【上腕二頭筋】の強い収縮 + 【上腕三頭筋】の収縮 = 同時収縮

このパートでは、どれだけ「鍵盤に下向きの力がかかる時間」を短くできるかが勝負です。打鍵中は、上腕が鍵盤に向かって振り下ろされているわけですから、打鍵後にはその勢いをどうにかして止めなければなりません。

その勢いを止められるのが腕・肘を曲げる筋肉である【上腕二頭筋】です。この筋肉が強く収縮すればするほど、上腕が鍵盤に向かって振り下ろされている勢いを素早く止めることができます。

プロと初心者の実験結果は、縦軸の値が異なっているので、パッと見ただけではわかりませんが、よくよく見てみると、プロの方が、打鍵後に【上腕二頭筋】をより強く収縮させていることがわかります。

つまり、【打鍵後、鍵盤に下向きの力がかかる時間が短い】のも、プロの「打鍵の仕方」だと言えそうですね。

この2つの内容を以下の図にまとめてみました。(右の結果の引用元: ピアニストのための身体と脳の教科書: 第10回 「力み」を正しく理解する (4)エコ・プレイ:力まずに弾くスキル(1)

図6. プロと初心者の「打鍵方法」の違い(縦軸の大きさを、各筋肉・横同士でそろえてみました)

まとめ

プロと初心者の「打鍵の仕方」の違いから、良い「打鍵の仕方」の方法がわかったので、以下にまとめます。この2点を意識して練習すれば、アナタもプロの弾き方に近づけるかも!

    <良い「打鍵の仕方」とその方法>
  1. 打鍵の際、少ない力で鍵盤を押せるようにするために
    → 打鍵時は、【重力の利用】で打鍵するために、【上腕二頭筋】を弱く収縮(伸張性収縮)させる
    → フォルテは、【上腕二頭筋】をより弱く収縮させ、【重力の利用】を増大させる
  2. 打鍵後、鍵盤に下向きの力がかかる時間を短くさせるために
    → 打鍵後は、【上腕二頭筋】をより強く収縮させて、鍵盤への下向きの力を素早く取り去る

では。

  • ?±??G???g???[?d????u?b?N?}?[?N???A

0 件のコメント :

コメントを投稿