お悩み相談室14: なかなか両手で弾けないのですが…
こんにちは、リトピです。
さて、今回の「お悩み相談室」の内容はこちら。
悩み14: 両手で弾けない
特に初心者に多いこのお悩み。ピアノの醍醐味といえば、88鍵を両手・10本の指で操り、ピアノ1台で様々な旋律・音域を奏でるという「1人オーケストラ」のように演奏することですが(ぇ)、まずは両手で弾けるようにならなければ意味がないですよね。どうやって両手で弾けるようにするのか、というのが今回のお話。
右手と左手の動きは独立させられるのか
「右手の動作 + 左手の動作 = 両手の動作」?
練習ではよく「片手ずつ練習しましょう!」といわれることがあります。この練習の流れは大体こうなっているのではないでしょうか?
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<片手ずつの練習方法の例>
- 右手だけで弾く
- 左手だけで弾く
- 両手で弾く
→ 弾けないところは、また片手ずつ練習。。。
このような「片手ずつ練習して、最終的に両手で弾けるようになる」という考えは「右手の動作 + 左手の動作 = 両手の動作」と考えているのと同じこと。このように考えているアナタには、もしかしたら以下のような知識があるのでしょう。
- 右手(右半身)は左脳が担当
- 左手(左半身)は右脳が担当
つまり、右手だけを練習して左脳を鍛え、左手だけを練習して右脳を鍛え、それを足し合わせることで、いつかは両手で弾けるようになる、と。。。
右脳・左脳はつながっている
実は、上記の知識だけでは、この問題を解くのにはまだ足りないです。ここで、脳に関して、もう一つ知識を追加しましょう。
- 右脳・左脳は脳梁でつながっている
この内容によって、「右手の動作 + 左手の動作 = 両手の動作」という考え方があやしくなってきます。右脳・左脳が脳梁によってつながっているということは…(左脳による)右手の動作の指令が脳梁を通り右脳に影響し、(右脳による)左手の動作の指令が脳梁を通り左脳に影響してしまうということ。よく、「片方の動作がもう片方の動作につられる」ということがよくあると思いますが、それはこのせいです。
つまり、脳梁という橋で、お互いの脳の情報のやり取りが行われているんです。そのため、両手の動作を両手の動作を、右手・左手の単純な足し算で考えることができなくなります。
しかし…これらの情報だけでは、ある仮説がここで浮かび上がります。
「右脳・左脳をつなげている脳梁を切れば、右手と左手の動きを独立できるのでは?」
実は、脳梁を切り取っても脳の活動は止まりません。しかも、一時期は癲癇(てんかん)の治療に効果的だとして、脳梁を切り取っていたそうです。当時は、脳梁を切り取っても生活に支障がないとされていました。
…ということは、右手と左手の動きを独立させるために、脳梁を切り取ってしまうピアニストがバンバン出てもおかしくないのでは?
なーんて、そんな単純ではないのが人間の脳の面白いところ。とある研究結果によって、以下のことがわかっています。
- 脳梁を切り取ると、言語認識と動作が分断される
- ピアニストの脳梁はピアノ初心者より大きい
1つ目は、片目を隠すと、その反対側の動作・言動そのものがあやしくなる、というもの(詳細: 知らなくても生きているけど、知ると人生が楽しくなる, 右脳と左脳を二つに分離したら本当の自分はどっちになるの?)。ちょっと怖い話ですね。。。
2つ目がここでは非常に重要。あれ?上記で「片方の動作がもう片方の動作につられる」のは脳梁で各腕の動作の情報が交換されていて、互いに影響しあっているから、ということだったので、右手と左手の動きを独立させるためには、脳梁が小さい方が良いのでは…?
実は、「右手と左手の動きを独立させよう」という考え自体が間違い。指同様(詳細は、記事「ピアノ・コラム1: 指は「独立」ではなく「調和」させるべし」を参照)、各腕の動きを独立させる意味はないです。…というか独立させると害だらけになってしまいます(後述)。指だけでなく、各腕の動きも、「独立」ではなく「調和」を意識すると良さそうですね。
- 参考: 脳のお勉強会
- 参考書籍: 『ピアニストの脳を科学する 超絶技巧のメカニズム』
両手を自由に使いこなすために: 前編
この前編では、両手を自由に使いこなすとはどういうことか、を人間の脳の仕組みや運動学習の流れから考察します。後編では、前編の知識を用いて、実際にピアノの練習(というより、右手・左手で異なるリズムの練習)に当てはめてみます。
脳の仕組みのおさらい
さて、上記の最初の方で「右手(右半身)は左脳が担当」「左手(左半身)は右脳が担当」というお話をしましたが、厳密には「一次運動野」という動作の実行を司る部位だけがそうなっているようです(詳細は、記事「「神経心理学」からピアノ練習方法を学ぶ」を参照)。つまり、その他の部位・機能は、右脳・左脳関係ないそうです。
図1. 前頭葉の概要。赤い破線で囲まれた部分の機能は、右脳・左脳関係ないらしい |
「ピアニストの脳梁はピアノ初心者より大きい」ということは…それらの情報のやり取りをより活発にしている、ということでしょう。初心者によくある「片方の動作がもう片方の動作につられる」のは、脳梁があるせいではなく、脳梁そのものが小さいため、お互いの脳の情報のやり取りが活発にならず、各脳からの指令の動作情報が曖昧に処理されてしまうから、と考えられそうですね。
図2. 初心者とプロの脳の違い。脳梁が大きいと、お互いの脳の情報のやり取りがスムーズになる。あくまでもイメージ。 |
両手動作の学習
では、両手を上手に使いこなしていくためにはどうしたらよいのでしょうか。
東京大学のとある研究結果によると、「片手だけの動作と両手での動作では、たとえ片手が同じ動作をしていても、脳の使い方は異なる」そうです(参考: http://www.u-tokyo.ac.jp/public/public01_181009_j.html)。このページによると、片手のみの動作で学習した内容は、両手で学習できる領域に完全に含まれているわけではなく、一部しか重なっていない、とのこと。
つまり、ピアノにおいて、どんなに片手だけの練習を重ねていても、残念ながら両手で弾けるようになるにはならない、ということ。片手ではなく、両手での動作運動を強化しない限り、両手を上手に使いこなすことは不可能なんです。このことからも「右手の動作 + 左手の動作 = 両手の動作」という考えが間違っていることがわかりますね。
図3. 右手と左手の運動学習領域。片手だけの練習では限界があることがわかる。 |
もうちょっとわかりやすくすると…「右手だけで演奏」しているときに、脳から出される右手を動かす指令と、「左手で伴奏を付けて右手を演奏」しているのときに、脳から出される右手を動かす指令が異なる、ということ。そのため、両手で弾けるようになるには、両手で弾いているときの右手・左手の動作を鍛える必要があります。
これは、よくやりがちな「両手で弾けないところを片手ずつ練習」にはあまり意味がない、とも言えそうです。なぜなら、両手で弾けないのは、「片手自体の動きが悪いから」ではなく、【両手で弾いているときの右手、もしくは左手の動作が悪い(そのときの動きが十分学習されていない、図3の白い領域が強化されていない)から】なので。
図4. (a)右手だけ、(b)両手で演奏しているときの脳の信号。 ピアノで鍛えるべきは(b)のときの信号伝達。どんなに片手ずつ練習しても(b)の練習にはならない。 |
両手を自由に使いこなすために: 後編
ここでは、右手と左手のリズムが異なる動作から、どうすれば両手を自由に使いこなせるかを考えてみましょう。
例として、右手を4分音符の3連符、左手を4分音符で机を叩くとき、を考えてみます。
図5.右手を4分音符の3連符、左手を4分音符で机を叩くときの楽譜 |
初めに: 「右手と左手を独立させなきゃ!」と考えてはダメ
上記で、「各腕の動きを独立させる意味はないです。…というか独立させると害だらけになってしまいます」とお話しました。もしここで、右手と左手が独立していたらどうなるでしょうか。
ここで右手パートをアナタ、左手パートを友達にして、図5のリズムを叩いてみましょう。アナタと友達は完全に【独立】しているので、右手と左手が独立していることと同じになります。
…どうでしょう、上手に叩けたでしょうか?お互いに意思疎通を図らないと、お互いの「タイミング」や「テンポ」がバラバラになってしまったのではないでしょうか?相手と意思疎通を図ってしまった時点で、それはもう互いに「独立」しているとは言えなくなります。
そのため、「腕の独立」を考えてしまうと、右手と左手の「タイミング」や「テンポ」がバラバラになるんです。だから「右手と左手を独立させなきゃ!」と考えてはダメ。
図6.右手、左手が独立してしまうと、とんでもないことに… |
片手ずつ練習 → 片手での練習にしかならない
さて、ここで従来通り、片手ずつ練習するとどうなるのでしょうか。
ここでは図3を思い出してください。片手ずつの練習では、残念ながら「片手での動作」のみが強化されるだけ。いくら片手だけの練習を重ねても、「右手の動作 + 左手の動作 = 両手の動作」ではないので、両手での動作は上手になりません。。。
図7.片手ずつ練習した場合。上下の2つを足し合わせても、残念ながら両手の動作にはならない。 |
両手を自由に使いこなすための練習方法
両手を自由に使いこなすためには、図3の「両手での動作」の領域の学習、つまり図4(b)のときの信号伝達を強化する必要があります。これは、どうすればよいでしょうか。
答えは非常に簡単。頭の中では【右手・左手のパートを分離しない】ことです。両手で叩くときの「テンポ」や、縦の線が合う「タイミング」は、右手も左手も同じです。実は、この【同じ部分】を意識することで、両手を自由に使いこなすことができます。
そもそも、ピアノにおける【両手を自由に使いこなす】とは、「右手と左手が独立し、バラバラに動くこと」ではなく【両手の動きが合うべきところでしっかり合わせること】ではないでしょうか。この点を意識すると、「両手での動作」の領域の学習が強化されていくでしょう。
図8.両手で練習する方法の例。脳内の紫が両手、青が右手、オレンジが左手のタイミングを表している。 |
補足: 脳梁の役割
ちなみに、アナタと友達で左右のパートを振り分けたときでも、お互いに意思疎通を図れば、お互いの「タイミング」や「テンポ」がそろってきますよね。実はこれは、右脳と左脳も同じ。両方の脳がお互いに意思疎通を図れるのは、両者をつないでいる脳梁のおかげ。
ピアニストは、この脳梁が大きいため、「両方の脳の意思疎通をより活発に行うことができる」 = 【両手の動きが合うべきところでしっかり合わせること】ができる、ということなのでしょう。
それでも両手を上手に動かせない場合は…
いくら上記を意識しても、両手が上手に動かせない場合、よくあるのは「ゆっくり練習しなさい!」というアドバイス。これは絶対にやっちゃダメな練習方法なのですが(詳細は、記事「「ゆっくり弾く練習」は速く弾くために有効か」を参照)、なぜダメなのかを説明するとともに、良い練習方法をご紹介します。
ゆっくり練習がダメな理由
例えば、図5が上手くいかない時、テンポを「ゆっくり」することで、どうにかして(無理やり?)両手で練習しようと試みる人・そうやってアドバイスする人がいると思いますが…
では、実際にやってみましょう。テンポの違う以下の2つでトライしてみてください。
- 普通のテンポ: BPM 60で図5のリズムを叩く(1秒に1回、4分音符を叩く速さ)
- ゆっくりなテンポ: BPM 12で図5のリズムを叩く(5秒に1回、4分音符を叩く速さ)
さて、どちらが簡単だったでしょうか。どう考えても前者の方が簡単でしたよね。実は、こういったリズム練習はテンポをゆっくりさせていくと、「時間的な正確性」が悪くなる、つまり、リズムが取りにくくなることが知られています(詳細は記事「「ゆっくり弾くこと」の罠7: 批判への反論2」を参照)。これ、実験すればすぐにわかることですよね。
つまり、「ゆっくりなテンポ」でのリズム練習は非常に難しい、ということ。普通のテンポでも両手を上手に動かせないのに、あえて「ゆっくり練習」という、より難しいことに挑戦する意味はないです。むしろ、そういった難しいことにいきなり挑戦してしまうと、変な癖がつく恐れがあります。気をつけましょう!
ここで「ゆっくり練習しなさい!」と言う人は、「テンポを「ゆっくり」することで、両手での動作が簡単になる。リズムが取りやすくなる。」とでも思ってたのでしょうか。。。もしかしたら、そういう人は、実際に自分でゆっくりやってみたことがない無責任な人かもしれませんね。。。
良い練習方法: 分割
さて、こういうリズム練習では、出来ない時に「ゆっくり」させてはダメ・むしろ害になる、ということが体感できたと思います。では、どうやって練習するのが良いのでしょうか。
これも答えは非常にシンプル。図5を【分割】させましょう。ここでは「まずは1セット分だけやってみる」とよいでしょう。最初から連続して叩き続ける必要はありません。「片手ずつ」は両手の練習にならないし、「ゆっくり」はリズムが難しくなる。だったら、あとは【分割】しか練習の方法はないと思います。
つまり、「1セットやったら休憩(休憩中にミスの分析や、次はどういう風に叩くかをイメージする)」というのを繰り返す、ということ。そういう練習を取り入れることで、少しずつ両手での動作が強化され、最終的には、連続で何セットやっても両手のリズムが崩れなくなってきます。
そのようにフレーズごと、1小節ごとに楽譜を【分割】すると、1度に演奏する量が少なくなるので、その1度に行う脳内の処理量が少なくなります。そのおかげで、両手でも叩きやすくなるんです。つまり「脳がパンクしにくくなる = 両手での動作・脳からの指令もスムーズに行われやすくなる」ということ。その状況を利用して、両手での動作を少しずつ強化させましょう。
初心者に限らず、練習初期では、変な癖がつかないよう、より簡単な方法で練習をすべきだと思います。そして、演奏を簡単にする方法は「片手ずつ」でも「ゆっくり」でもはなく【分割】である、ということを覚えておきましょう。この【分割】というやり方は、普段の練習でかなり役に立つはずです。
まとめ
長くなりましたが、今回のまとめです。
- 両手は独立させちゃダメ!合うべきところを意識しよう。
→ 独立を意識すると「タイミング」や「リズム」が合わない。 - 両手の動作は、片手ずつではなく、両手を動かすことで強化されていく
→ どんなに片手ずつ練習しても、強化されるのは片手の動きだけ - 練習するときは「ゆっくり」ではなく【分割】させること
→ 【分割】することで、脳がパンクせず、両手での動作が容易になる
「両手で弾けない」というお悩みに対し、よくあるアドバイスとして「両手を独立させよう」とか「片手ずつ練習しよう」とか「ゆっくり練習しなさい」などがありますが、それらは「両手で弾けるようにするため」には全然ならない、ということがわかりました。
従来の方法では、なかなか両手で弾くことができない方々、これからは上記3点を意識しながら練習してみてはいかがでしょうか。もしかしたら、あっという間に、両手で弾けるようになるかもしれません。
では
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