番外編3: 「ゆっくり練習」は練習にならない ~跳躍練習編~

公開日: 2017年11月20日月曜日 ピアノ ゆっくり弾く 持論

こんにちは、リトピです。

前々回の記事「弾き方編」では、ピアノの「弾き方」において、そして前回の記事「フレーズ練習編」では、フレーズ練習において、なぜ「ゆっくり練習」が練習にならないのかについて説明しました。今回はその「跳躍練習編」です。

跳躍が弾けないときに練習する場合

ここでは、とあるフレーズにある跳躍部分(図1)の練習について考えてみましょう。

図1. リスト作曲「ラ・カンパネラ」より2オクターブの跳躍部分を抜粋。ここの練習方法について考える。

「ゆっくり練習」では…

練習中「この跳躍部分が弾けない!」と思ったとき、アナタはどのような練習をしているでしょうか?やはり、定番の練習方法である…まずはテンポを落として「ゆっくり弾く」…なんてことをやっていることでしょう。

ここで、「その定番の練習方法の何がいけないの?」という声が聞こえてきそうですが…この「ゆっくり練習」には以下の大きな問題が2点があります。

  • <跳躍を「ゆっくり練習」する問題点>
    1. 移動のたびに(無意識の)「微調整」が入る
    2. 「微調整」が癖になり、速く弾けなくなる

これらについて、一つずつ説明します。

1. 移動のたびに(無意識の)「微調整」が入る

例えば、図1の跳躍部分を弾きたいテンポの1/4の速度で弾いたとしましょう。

このとき、跳躍開始から、跳躍場所の打鍵まで「ゆっくりなテンポ」で弾くと思いますが、この移動がゆっくりだと、この跳躍の移動中、とある時間ごとに「今、手はココにいる」というフィードバックが自分に返ってきます。

このフィードバックを受け取った自分は、次の移動の動作精度を上げるために、必ず(無意識に)移動の「微調整」を行います。イメージとしては図2のような感じ。

図2. 「ゆっくりなテンポ」で練習すると、跳躍の移動中にフィードバックと「微調整」が入る。(これはあくまでもイメージ)

ここで「この「微調整」の何が問題なの? 少しずつテンポを上げて、その各移動の速度を速く(移動時間と「微調整」の時間を短く)していけば、最終的に速い跳躍が弾けるようになると思うけど。」と考える人がいるでしょう。

それって…こんなイメージ(図3,4)??

図3. 「ゆっくりなテンポ」の倍の速度で練習した場合の【間違った】イメージ
図4. 徐々にテンポを上げ、最終的に「弾きたいテンポ」で練習した場合の【間違った】イメージ

…実は、動作が速くなるとき、「フィードバックのスピードが速くなる」…ではなく、【フィードバックの量が減る】んです(速い動作にはフィードバックが起こらない。参考書籍『タッチ』,医学書院)。そのため、ゆっくり練習から速く弾こうとすると、本来は図5のようになります。

図5. 徐々にテンポを上げ、最終的に「弾きたいテンポ」で練習した場合の【正しい】イメージ。フィードバックの数(「微調整」の数)が間引きされてしまう。

つまり、最初から「ゆっくり練習」をして、徐々にテンポを上げるということは、そのテンポを上げている途中からフィードバック量が減る = その都度行っていた「微調整」の量が減る、ということになります。さて、これは何を意味するのでしょうか。。。

2. 「微調整」が癖になり、速く弾けなくなる

もし、最初から「ゆっくり練習」をたくさんしていると、そのときに得られているフィードバックによる「微調整」に慣れている恐れがあります。この「ゆっくり練習」で徐々にテンポを上げたのとき、とあるテンポで急に弾けなくなるときってありませんか?それは、「ゆっくり練習」で「微調整」の癖がついているため、そのフィードバック量(「微調整」の数)が少なくなったせいで、跳躍時のミスタッチが多くなっている…なんて恐れがあります(図6)。

跳躍における「ゆっくり練習」は、この「微調整」を強化してしまう練習だ、と言っても過言ではないでしょう。。。

図6. 「ゆっくり練習」によって「微調整」が癖になっている場合、フィードバックが返ってこないスピードで弾くと、一切「微調整」ができないので、移動精度が上がらず、打鍵ミスが多くなる。

小まとめ

さて、ここでは、「ゆっくり練習」のデメリットについて2点説明しました。もう一度挙げておきます。

  • <跳躍を「ゆっくり練習」する問題点>
    1. 移動のたびに(無意識の)「微調整」が入る
    2. 「微調整」が癖になり、速く弾けなくなる

では次に、「速く弾く練習」に上記のデメリットを改善する効果があるのか、一緒に見てみましょう。

「速く弾く練習」では…

「速く弾く練習」にはこんなメリットがあります。

  • <跳躍を「速く弾く練習」の利点>
    1. 速く弾く「弾き方」が(ミスのおかげで)身に付けられる

これについて詳しく見てみましょう。

1. 速く弾く「弾き方」が(ミスのおかげで)身に付けられる

これは、前回同様、自分が弾きやすいと感じるテンポで、【ミスをしながら】跳躍練習をすることで、速く弾く「弾き方」が身に付く、ということです。イメージとしては図7のような感じ。

図7. この「速く弾く練習」では、「どう弾いたときにどんなミスをしているか?」をチェックすることが大事。いろんな弾き方を試して、自分専用の「跳躍のコツ」を掴もう。

まとめ

なぜか巷では「ゆっくり練習」が人気ですが…そもそも、練習初期においては、逐一テンポを変えて練習したら意味がない (初期練習に必要な「一定練習」ができない)です(詳細は、記事「「ゆっくり弾くこと」の罠8: 「ゆっくり練習」の良い点?」を参照)。そのため、弾けない部分に対しては、テンポを変えずに練習する方法を模索するしかないです。ここは、その方法として【ミスをしながら】跳躍練習をすることを紹介しました。

たとえ、どんなに頑張って「ゆっくりなテンポ」で弾けた(もとい、ミスタッチが減った)からと言って、それは本当に弾けるようになったわけではないです。むしろ「弾ける」から遠ざかってしまう恐れがあります。「微調整」は「音のミス」として現れないだけに非常に厄介で、ただ「ゆっくり弾く」だけで「弾けた」と錯覚してしまいます(これは「上達した」から「弾けた」のではなく、本当はゆっくり弾いたときに現れる「微調整」のおかげ)。この練習による「弾き方」慣れてしまうと、「微調整」なしでは正確な演奏ができなくなり、「ゆっくりなテンポ」じゃないと弾けなくなってしまいます。

さらに言えば、この「ゆっくり練習」では、弾けないテンポにぶち当たった場合、テンポを下げて再練習するんですよね?…っということは、「今のテンポではミスをしてしまう→フィードバック量が少なくなっている = 「微調整」できない(本来練習したいのはここ)…でも、テンポを下げて練習する→フィードバック量が増える→「微調整」できるので、打鍵率が上がる…が、それでは練習にならない」となります。

…かといって、ここで、跳躍の移動【だけ】を速くしても…もちろんダメです。必ず、移動後-打鍵までの時間に「微調整」が入ります。それじゃ、どんなに練習しても「跳躍の練習」にはなりません。

そもそも、練習において、ミスタッチは恐れる必要ありません(参考書籍『ミスタッチを恐れるな』)。ちゃんとミスの分析さえしていれば癖にはなりません(詳細は、記事「「ゆっくり弾く練習」は速く弾くために有効か」を参照)。 むしろ、ミスタッチのおかげで「なぜ弾けないのか?」「どうすれば弾けるようになるのか?」が見えてきます。

逆に、「ゆっくり練習」で現れる「微調整」はミスと感じない(逆に、そのおかげで正しい音が出やすくなる)ので、簡単に癖になります。この点には、本当に十分気をつけるべきだ、と私は思います。

ここで、「ゆっくり練習」を推奨する人の中には…「速く弾くとごまかして弾けてしまう。でも、ゆっくり弾くとごまかしがきかない。だからゆっくり練習が良いんですよ」 という人がいますが…残念ながら逆です。ゆっくり弾けば弾くほど「ごまかし弾き」(常に「微調整」する弾き方)ができちゃうんです(図8)。

図8. 跳躍を「ゆっくり練習」すると、移動中に「微調整」ができるので、打鍵のずれ(ミスタッチの原因の一つ)のごまかしを(無意識に)してしまう。これが癖になると、「微調整」ができない速いテンポでは、ごまかしがきかず、速い跳躍が弾けなくなる。

つまり、「テンポを落としたらミスなく弾けた」というのは…

  • × ごまかさず弾けるようになった
  • ○ 「微調整」を駆使して、ごまかしながら弾いた

…である、と心得ましょう。我々が、今よりも速く弾きたいときに練習すべきは「どうやって「微調整」しながら(ごまかして)弾くか?」ではなく【「微調整」ができない速度でも、どうやって(正確に)弾くか?】です。ここら辺、はき違えないように気をつけましょう!

番外編: 速いテンポでの跳躍は「ジャンプ」と一緒

速いテンポでの跳躍は、正確に弾くのが非常に難しいですが…だからといって「ゆっくり練習」したら、跳躍練習の意味がなくなってしまいます。そのため、「どうやってテンポを落とさずに正確に打鍵できるか?」を考える必要がある…というのは上記でたくさん説明しました。

これが理解しがたい人は「A地点からB地点に正確にジャンプする」という話で考えてみましょう。もし、このA地点からB地点への移動をゆっくりできる場合、どうなるかを考えると…こうなります(図9)。移動しながら、たくさん「微調整」ができるので、毎回確実・正確にB地点に着地できます。でも…これってもうジャンプの練習ではないですよね。。。これは、ピアノでいう図2の状態(跳躍を「ゆっくり練習」したとき)と同じ状況です。

図9. A地点からB地点にゆっくりジャンプしたとき…っというか、もうこの動作は、すでにジャンプではない = ジャンプの練習にならない。

実際のジャンプは、こんな「ゆっくり練習」なんてできるわけないので…ジャンプしやすい速度で、A地点からB地点まで一気に飛び込むしか、練習する方法はありません。なので、最初はこんなことも(図10)。。。でも、練習なんだからそれでいいんです。

図10. A地点からB地点にジャンプしたとき。1回目なので、飛ぶ勢いが強すぎて、B地点を超えてしまう(= ミスしてしまう)こともしばしば。でも最初はそれでいい。

そして、2回目のジャンプでは、前回のミスを考慮してジャンプ力やジャンプする方向などを調整します(← この試行錯誤が上達に必須)。そうすることで、次はミスなく、B地点に着地できるんです(図11)。これを繰り返すことで、わざわざ「ゆっくり練習」なんてしなくても、ジャンプの精度が上がっていく、というわけです。この説明が、ピアノでいう図7の練習の流れです。

図11. 1回目のミスを基に、ジャンプ力などを調整。そうすることで、ジャンプしやすい速度でも、正確にB地点に着地できる。

ピアノ練習ではよく「ミスすると癖がつくから、一度もミスしないようにゆっくり弾きなさい!」と言われますが…これは、上記のような【前回のミスを考慮して、次の動作がより良くなるようにあれこれ考える】ということ(= これがその人の問題解決能力を高める)が一切身につかないことになります。それって…音楽以前に人としてどうなの?と私は思うわけです。

音楽表現豊かな人間らしい演奏をしたければ、練習中の「ミス」こそ丁重に扱うべきだ、と私は考えています。人は「ミス」があるから成長できます(みなさん、これを実感されているはずです)。そのため、初期練習において定番と言われている「ゆっくり練習」で「ミス」を避ける・「ミス」に蓋する行為は、人の成長を妨げる練習だ、と考えた方が良いのでは?と私は思います。

では。

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2 件のコメント :

  1. 工房_森の苺2019年4月9日 0:40

     こんばんは。
     ヤフー知恵袋の回答を見て、「ピアニストならだれでも知っておきたいからだのこと」「ピアニストの脳を科学する超絶技巧のメカニズム」の書籍レビューを拝見しました。「科学する」の方は読んだことがあります。
    「指が回るようになる練習曲はなんですか?」の質問にerm****さんとyas****さんとlpp****さんが解凍されていて、どの方も、心にしみる回答だなあと思って見てました。練習曲より身体の管理をとおっしゃってるあたり、すごいと思いました。なんとなく、この3人に方は同じ方なのかなとも思ったりしましたが。文章の癖が似てるので。私は知恵袋では、mor***という表示になってます。
     ツイッターができる環境にあるなら、リトピさんとお話ができるのかなとも思ったりしました。
     今までは看護師で勤めてましたが、保育士の資格を取得して、この春から保育士として保育園で働くことになりました。保育士だとピアノを弾く必要があります。この年になってもやればできるもんだと練習に精をだしています。少しずつ弾けるようになってきたので、リトピさんのアドバイスがとてもためになったので、お礼を申し上げたかったのです。

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    1. だいぶ返信がおそくなってしまいました。コメントありがとうございます。
      最近知恵袋から離れていましたが、今までの回答がお役に立てたようで、私も嬉しいです。
      ツイッターは、アカウントはあるのですが、今まで放置気味になっておりました。いつか(かなり不定期になると思いますが)再開したいと思います。

      御礼、ありがとうございます。個人的にはピアノ(に限らず全ての事柄において)の上達に、年齢は関係ないと思います(し、そういった研究結果もあります)。当然、小さいころからずっとやっているプロには全く敵わないですが、そもそも彼らと比べるのは、彼らに対してあまりにも失礼でしょう。なので、「この歳から始めたので~」というのにとらわれず、これからもご自身のペースでと練習を続けていくのが良いと思います。コメント、ありがとうございました。

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