お悩み相談室3: 速いパッセージが弾けないのですが…
こんにちは、リトピです。
さて今回も、「お悩み相談室」にて、よくピアノ初心者が陥る悩みを理系の独自目線でズバッと解決しちゃいますね。 次は誰もがぶつかるお悩みです。
悩み3. 速いパッセージを弾きたい
非常によく聞くお悩みですね。これを解決するキーワードはまたしても「コーディネート」です。
ピアノを弾くときの時間と力の関係は、同じ力で鍵盤を押し続けた場合、前回のお悩み「ピアノの音色を良くしたいのですが…」でご紹介した図1のようになっています。

図1: 打鍵時から打鍵後の時間と力の関係 (再掲) |
速いパッセージを弾こうとすると、必然的に鍵盤を押している時間 ((c)の領域の時間)が短くなります。 もし、単純にこの時間だけを半分短くした場合、図2のようになります。

図2: 図1の鍵盤を押している時間を半分にした場合 |
ここで、一般の方々は指に力を入れて (指の関節を固めて)打鍵力を強くしようとします。でも、あんなに細い指では、速いパッセージで足りなくなっている鍵盤を押す力を補える量など微々たるものです。ここで、鍛えろと鞭打つのが「脱力」信者や重力奏法を謳う人たち。指の周りには (足のような)筋肉がないので、そもそも打鍵力を鍛えられるほどの能力は人間の指にはありません。もしかしたら、彼らは人間じゃないかもしれないですね。。。
それはさておき、ここでプロのピアニストの方々は、やはりプロ。足りなくなった鍵盤を押す力は、腕の回転力で補っています。(参考書『ピアニストの脳を科学する 超絶技巧のメカニズム』ですが、ここでは「肘の回転力」と書かれています。肘自体は回転しないです。惜しい...(正確には、肘関節の回内・回外(ドアノブを回すときのような前腕の回転の動き))) これぞ身体・筋肉の「コーディネート」ですね。
さらに、力積を図3のBのようにすれば、図3のAと同じ音量で鍵盤を押す時間が半分になるので、より速いパッセージを弾くことができます。
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図3: 力積を同じにしたまま形を変えた場合 (再掲) |
これで、速いパッセージが弾けますね!...と思ったら大間違い。腕の回転力、ということですが、腕のどこがどう回転するか知っていますか?それを知らずにひたすらに腕を回転させても、アナタの意識している回転位置が間違っていたら、腕や指を傷めるばかりです。さて、皆さんは正しい答えを持っているでしょうか。
腕が回転するメカニズム
ここで一番勘違いしてはいけないのは、手首は回転しないということです。人間の骨格の構造を見ると、手首は伸展・屈折 (手招きする方向)と、尺側偏位・橈側偏位 (バイバイと手を振る方向)だけです (『筋骨格系のキネシオロジー』, 医歯薬出版株式会社を参照)。そう、回転するのは前腕。その回転する骨に手首はくっついているので、その手首も一緒に回転するだけです。
前腕のは以下のような動きで回転します。この部分をうまく回転させることで、速いパッセージを弾くときに足りなくなった力を補うことができます。
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図4: 右手の前腕の回転の様子。 青色の線は小指側の骨 (尺骨); 腕の回転の軸となる固定された骨。 赤色の線は親指側の骨 (橈骨); 尺骨を軸にこの骨が移動して腕が回転。 |
と思った方、この事実に気付かずに腕を回してたら、確実に肘か手首を傷めるでしょう。 もしくは、親指側の骨が軸、と考えていた人は、腕を回転させるのに一苦労するでしょう。 人間が動かせる実際の動きとは違う動きをイメージして間違ったイメージの位置を動かそうとすると、いつか必ずケガをします。(『アレクサンダー・テクニークの学び方』参照) ピアノを長く続けていきたい方は、指を傷めてしまう「脱力」や重力奏法を捨て、身体の正しいマッピングを身につけるべきです。
と、いうわけで、打鍵時に前腕の回転力を利用すると、図5のように打鍵することが可能、ということです。
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図5: 前腕の回転力を利用した打鍵のイメージ。オレンジの矢印は大げさに書かれています。 |
ところで、「脱力/重力奏法」で速いパッセージを弾こうとすると、とどうなるの?
彼らは重力を利用した自由落下の演奏をとことん好みます。その奏法だと、演奏スピードを速くしたいと思ったとき、鍵盤を押す時間は当然短くさせるのですが、重力による力Fは一定のままです (図2のような状態)。そうすると力積がガクッと減るので音量が思うように出ません。また、ポジション移動が長くなればなるほど、遠くなった鍵盤を押すための移動時間が長くなるので、その分鍵盤を押す時間がさらに減っていきます。それでも「脱力」信者や重力奏法を謳う人たちは、足りなくなった力を補うことなく、重力を利用した一定の力 (自由落下)だけを使用しているので、弾けるはずの速いパッセージがなぜか弾けない、と勝手に嘆くのです。
また、「脱力/重力奏法」で打鍵したときの弊害も速いパッセージを弾く妨げになります。「脱力」して演奏しようとすると、百歩譲って指が折れなかったとしても、とてつもない力が指にのしかかりいます。それに耐えるため、指の関節を固くしようとしますが、その時、指を曲げ伸ばしする筋肉がどちらも硬直する状態になります。「脱力」による演奏は、腕の重さに耐えている指の筋肉を、素早く動かすためにも利用しなければならなくなるため、運動速度が劇的に落ちてしまいます。
さらに、「脱力」信者や重力を謳う人たちから「重心を移動して...」や「足で歩くように、重さを乗せ換えて...」という話を聞きますが、そんなのもってのほかです。よーく考えてみてください。歩くとき、ひざには体重の2.6倍、階段を降りるときには体重の3.5倍もの力がかかります (記事「なぜ「脱力」は敵なのか4: 脱力なんていらない」を参照)。
これを指に応用してみましょう。体重50 kgの人の片腕は約3 kg (記事「なぜ「脱力」は敵なのか5: 身体は鍛えるな。感覚を鍛えろ。」を参照)あるので、重さを乗せたまま指を移動した場合、移動した指には、腕の重さの2.6倍である7.8 kg、もしくは3.5倍の10.5 kgかかるわけです。10 kgといったら、米の袋ですよ、米の袋 (大事なことなので2回ry)。たぶん、指が腕の太さぐらいになっても耐えるのでやっとでしょう。「脱力」信者や重力奏法を謳う人たちは、そんな超人的な話をしているわけですよ。我々凡人には到底かないませんね。。。
では。
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