お悩み相談室4: 指を独立させたいのですが...
こんにちは、リトピです。
(追記2015/11/02: 握力に関しての追加情報を下記に掲載)
さて、今回の「お悩み相談室」の内容はこちら。
悩み4. 指を独立させたい
これ、まったくナンセンスな悩みなんだよなぁ.... でもなぜか多い悩みのようなので、一応考察してみます。
そもそも、指の独立は可能なのか?
まず、独立とは...
[名](スル)と、いう意味のようですね。指の独立、というと、#1や#2の意味、ということでしょうか。
1 他のものから離れて別になっていること。「母屋から―した離れ」
2 他からの束縛や支配を受けないで、自分の意志で行動すること。「―の精神」「―した一個の人間」
3 自分の力で生計を営むこと。また、自分で事業を営むこと。「親から―して一家を構える」「―して自分の店をもつ」
4 (法律の拘束を受けるが)他からの干渉・拘束を受けずに、単独にその権限を行使できること。「司法の―」「政府から―した機関」
5 一国または一団体が完全にその主権を行使できる状態になること。「―を宣言する」「―したての若い国」「―国家」
出典: デジタル大辞泉
では、指が完全に独立した、とはどういう状況なのか。例えば、こう考えてみましょう。
これなら、上記独立の#1や#2の意味になりますかね。要は、こう(Youtubeより~FUJI XEROX CM "Piano"~)いうことです。 これが究極の「指の独立」のイメージでしょう。指が個々に動くのでいろいろメリットがありそうですが...これ、なんの打ち合わせもなしに、全員で演奏タイミングを合わせられると思いますか?(いや、きっとThe 5 browns*ならできるはずっ!! )
さらに、もし実際に指が独立して個々の動きが良くなった、としても、良くなったのはただの「点」なんです。音楽は「点」ではなく、その集まり、いわゆる「線」。本当に指が独立できたとしても、ただの「点」が強調されるだけで、「線」である音楽的には全く意味がないんです。
さらに、人間の指の神経が指一本一本に分離しているわけではないことは記事「お悩み相談室1: 薬指、小指が弱くて弾きにくいのですが…」でお話ししましたが、実は筋肉も分離していないんです。とりあえず、指を曲げ伸ばしする筋肉だけを見てみましょう。とってもラフですが図1をどうぞ。
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図1: (a)手の甲側の筋肉; 黄色: 総指伸筋。 (b)手のひら側の筋肉; 青色: 深指屈筋、 橙色: 浅指屈筋、緑色: 長母指外転筋、紫: 母指内転筋。 |
ちなみに、手首側から指先に伸びている線状のものは、筋肉と骨をつなぐ腱です。ご覧のとおり指周りには筋肉がないので、「脱力」信者や重力奏法を謳う人たちの言う「指を鍛える」、ということも本当にナンセスなのがおわかりでしょう。 本当に個々の指を独立させたければ、こう叫びましょう。「俺は人間をやめry
それはさておき...人間の指一本一本があんなにも繊細な動きができるのは、指が独立なんかしているのではなく、互いの指が調和しているほかありません。
指を思い通りに動かすには
では、どうすれば、指の独立ではなく、指は調和しつつ思い通りに動かせるのか。それのカギは、アナタが指の骨格を正しく知っているかどうかです。 ところで、指ってどこがどう曲がるか知っていますか?以下の図2を見てみましょう。丸印は指の関節を表しています。
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図2: 指の骨格(右の手のひら)。各関節の名称は省略のみ掲載。詳細はここでは割愛。 |
親指
親指は必ず母指CMC関節を軸に動かします。間違ってもMP関節から動かしてはいけません。手の見た目に惑わされるとMP関節から動かしたくなりますが、このMP関節は、図3のピアノを弾くフォームからでは打鍵方向に曲げられません。この事実を知らないと、親指の動きが悪かったり、いわゆるマムシ指になったりするのでは?と思っています。
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図3: 右手親指の動作方向 |
それ以外の指 (人差し指から小指)
こちらは主にMP関節が活躍しますが、CMC関節も大事です。 よく「手のアーチを作る」、という話を聞くと思いますが、実は手には3つのアーチがあります (図4)。その一つにCMC関節エリアが含まれています。
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図4: 右手のアーチ3つ |
また、利用する筋肉も考慮する必要があります。主に図1で紹介した筋肉が活躍するのですが、今回は割愛します。
と、いうわけで、自分の意識している関節の位置や動作が実際のものと差異があると (身体のマッピングが悪いと)、指を思うようにうごかせません。 指の骨格を知ることで、可動域が広がり、もっと自由に指を動かせるようになるはずです。指の独立という幻想は捨て、正しい身体のマッピングを身につけて、ピアノ練習に励みましょう!!
番外編: 手首の角度で握力が変わる
実は、手首の角度を30°上げた状態で一番強く握れます。 演奏するとき、ピアノの椅子の位置、ひじや手首の高さを気にすることがありますが、手首の角度がどれだけピアノ演奏に関わるかは、現在検討中。 恐らく、ピアノ演奏に握力はほとんど関係ないと思うけど。。。
追記: 2015/11/02
握力についてですが、関係ないどころか、高速演奏には邪魔になることが2015年10月末に発行された学術雑誌で、古屋 晋一らによって解明されたようです。要点は以下の通り。
詳細は、上智大学のニュース[エビデンスに基づく画期的な音楽教育法の開発や技能熟達支援の実現に期待~ネイチャー・パブリッシング・グループ(NPG)のサイエンティフィック・リポーツ誌に掲載~]をご覧ください。 うん、思った通り...というか、むしろ握力はピアノ演奏にとっては邪魔だった、というのにちょっとびっくり。握力を鍛えていた人、ご愁傷さまでした。。。
では
*The 5 Browns: アメリカのピアニスト。 2004年にデビューしたアメリカ出身の5人姉弟アンサンブル。 全員が3歳からピアノを始め、ジュリアード音楽院に進学。卒業後、ヒップホップのように自由なクラシック音楽を目指して、ともにザ・ファイヴ・ブラウンズを結成した。(Wiki調べ)
私の感覚でも握力を鍛えてピアノが上手くなるとは思いませんが、
返信削除論文の結果を「握力がピアノの高速演奏を邪魔する」と解釈するのは正しいんでしょうかね。
論文からわかることは握力と弱音の演奏速度との間に負の相関があるというだけです。言ってる意味はわかりますよね。
理系ということなので「そんなのお前に言われなくともわかってるよ」となるかと思いますが、
統計結果での相関関係と因果関係は違います。特に直接的な因果関係を相関関係だけで判断しようとするのは間違いで、
例えば、これは本当に例えばですが、握力が強い人ほど手が大きく指が太いとしましょう。
例えば関節にかかるトルクが単純に筋力に比例、単純化して指の筋肉の断面積に比例したとしても慣性モーメントは断面積に比例する上に長さの3乗に比例します「mr^2」を少し変形すればこうなることはわかると思います。
なので結果的に、大ざっぱに負の相関があるとしても握力や握力トレーニングと指の動きの遅さとの因果関係が解明されたわけではありません。こんなのは赤ちゃんから老人全員を調べて体重が重い人ほど頭がいいと言っているようなものなのです。突拍子もない話ですがあなたなら趣旨はお分かりかと思います。
相関はただの相関であり、それ以上の意味はもたないのです。
コメントありがとうございます。
削除ご指摘の通り「相関はただの相関」なのは重々承知です。その研究を発見した時は、面白い!と感じたその勢いで、この記事を書き上げてしまいました。。。ご指摘ありがとうございます。
ただ、今までは、何の疑いもなく「ピアノを弾けるようにするために握力を鍛えるのは良いこと!」という流れがあったように感じています。それに対して「ん?もしかしてそれって違うのかも?」という問題意識を持つためのデータとしては悪くないのでは、と思います(私は、何の根拠もない事柄を盲目に信じるのは良くない、と考えているため)。
本件に関しては、これからも推考を続けるとともに、今後の研究がどうなっていくのかもチェックしていきたいと思います。
コメント、ありがとうございました。