特集4: まず、「木」ではなく【森】を見よう ~打鍵編~
こんにちは、リトピです。
今回の記事は、前回の記事「特集3: まず、「木」ではなく【森】を見よう ~身体編~」の続きです。
様々なピアノ練習ブログを読むと、打鍵方法に関してはいろいろあるみたいで、「打鍵の瞬間」や「打鍵の後」などの【とあるタイミング】に注目して、そのタイミングで「脱力」を試みる人たちや、【重力奏法】なるものを利用して、「脱力」の重要さを考えているようです。
前回同様、恐らく皆様も、それらの点にも注意しながら、ピアノ練習をしているのではないでしょうか。そして、これら注意点を意識することは「そんなの常識・当たり前だ!」「今さら何を言ってるんだ?」…なーんて思っている人が大半でしょう。
そんな「常識」や「当たり前」と呼ばれる事項に、バッサリと切り込みを入れに行くのが当ブログの醍g(以下略。
まず、「木」ではなく【森】を見よう vol.2
前編: 「脱力」信者は、またもや「木」しか見ていない
前回の記事でもご紹介した「木を見て森を見ず」ということわざですが、「細かいことばかりに気を取られて、全体を見わたせないこと」という意味ですよね。もうご存知なように、まず先に【森】という全体を見わたさないと、困ってしまうことがあります。
打鍵編
さて、よくピアノブログで目にする「打鍵の瞬間」や「打鍵の後」に注目している内容(そのようなブログを書いている人たちの名誉(?)のために、URLの貼り付けは自粛)がありますが…
それってこういうこと(図1)ですよね?
図1. 「打鍵の瞬間」や「打鍵の後」という【とあるタイミング】に注目して演奏する時、意識している個所 |
このような意識で練習をしている人は、「打鍵の瞬間」や「打鍵の後」という【とあるタイミング】である細かい「木」ばかりに気を取られ、【打鍵全体】という【森】が見渡せていない状態だ、といえるのではないでしょうか(図2)。
図2. 打鍵に関する「木を見て森を見ず」の構図 |
ここで、「いやいや、我々だってちゃんと「打鍵前」→力を抜く、「打鍵の瞬間」→力を入れる、「打鍵後」→力を抜く、という形ですべてを意識していますよ!」と言う人がいるかもしれませんが…それ、ただの「木」の詰め合わせですから。
図3. 打鍵に関する「木を見て森を見ず」の構図2 |
また、「【重力奏法】をすることで「脱力」して打鍵できます!」と豪語する人も、ある種の「木を見て森を見ず」という状態。今回はこれについて細かく説明します。
後編: 【森】から見ると本当にやるべきことが見えてくる
上記の考え方は、まさに「木を見て森を見ず」だ、というお話をしました。では…実際に【森】を見ると、「打鍵」についての意識の仕方がどう変わるか、について実例を交えながらご説明します。
打鍵編
ここでは、私の記事「番外編7: プロと初心者の「打鍵の仕方」の違い」を例にして説明します。
その記事で紹介した論文には、プロのピアニストは以下の図4ような力の使い方で打鍵をしていることが載っています。
図4. プロと初心者が打鍵をする様子(森) a. 腕が下がり始める瞬間、b. 指が鍵盤に当たる瞬間 |
これこそが、「まず【森】を見る」行為です。こうやって、【森】を見てから「木」である各タイミングを見ていくと、面白いことがわかってきます。その内容は、すでに、その記事に詳しく書いたので、ここでは割愛。
さて、ここからが本題。前編の最後で、「【重力奏法】をすることで「脱力」して打鍵できます!」と豪語する人も、ある種の「木を見て森を見ず」という状態だ、と述べました。それについて解説します。まずは、プロと初心者の上腕三頭筋(Triceps)の力の遷移を見てみましょう(図5参照)。
図5. プロと初心者が打鍵をする様子(木1) |
とりあえず、縦軸の電圧は、自分自身が出している力の量とお考え下さい。
おおぉ、ちゃんとプロの方が「脱力」出来ているみたいですね。まぁ、初心者の方も「打鍵の瞬間」→力を入れる、「打鍵後」→力を抜く、という基本は守っているようだけど…やっぱり、「【重力奏法】をすることで「脱力」して打鍵できます!」というのは正しいんだね!!
…という結論を出すのは早合点というもの。次は、上腕二頭筋の力の遷移について見てみましょう(図6参照)。
図6. プロと初心者が打鍵をする様子(木2) |
…あれ、なんだかおかしいですね。。。プロであるピアニストの上腕二頭筋の力は、打鍵時(~b.鍵盤に指が当たるまで)には小さくなっているものの、その後(b.鍵盤に指が当たってから)では、プロは初心者に比べて尋常じゃないくらいの力を使っていますね。。。
この結果を見る限りでは…プロの弾き方は「【重力奏法】をすることで「脱力」して打鍵できます!」という常識・当たり前の項目に反していますね。。。
…なーんてコメントを、この記事を見た「脱力」信者がしていたら(以下ry
………これはもういいですかね。。。前回同様、そのような「脱力」教から抜け出して、輝かしいピアノ・ライフを手に入れたい方は、このまま次をお読みください。
上記結果の考察は、以前の記事で詳しく述べているので、割愛しますが、簡単にまとめると以下の図7のようになります。要は…初心者は、主に上腕三頭筋(肘を伸ばす筋肉)を、プロは、主に上腕二頭筋(肘を曲げる筋肉)を使って打鍵している、というわけです。
ここで注意したいのは、初心者のような上腕三頭筋の筋肉を用いた打鍵で、単に上腕三頭筋の力を「脱力」させるだけで、プロのような打鍵の仕方には絶対にならない、という点です。プロと初心者じゃ、そもそもの弾き方自体が異なる、ということに注意しましょう。
図7. プロと初心者が打鍵をする様子(木3) |
まとめ
今回も、【打鍵全体】という【森】をまったく見ず、「打鍵の瞬間」や「打鍵の後」などの【とあるタイミング】や【重力奏法】という「木」だけを見る、という考えは【まったくの見当違いだ】ということがご理解いただけたのではないでしょうか。
また、「脱力」という非常に小さな「木」だけを見てピアノの打鍵を考えようとすることも、実は非常にばかげている、というのも、プロと初心者の打鍵の仕方の違いを見て、気付かれたのではないでしょうか。そして、「脱力」という考えから生み出されたアドバイスは、初心者の打鍵そのものだった、というのはなんとも皮肉なものですね。。。
あと、【重力奏法】については、勘違いしている人が多いんじゃないかなー、と思います。【重力奏法】は、「一切力を使わずに打鍵できる魔法の奏法」などではありません。「腕」という重たい物質を、それなりの速度で動かすとき、その動きを止めるときは、非常に大きな力が必要です。
図8. 車(重たい物質)は急に止まれない |
もちろん、重力と同じ方向(打鍵方向)に腕を動かすときは、重力の力を借りればいいですが(これがいわゆる【重力奏法】)、ピアノの音が鳴った後(実際には、ハンマーが鍵盤アクションから離れた後)は、その打鍵の勢いを止めなければなりません。さて、その腕の勢いを止める力はどこから来るのでしょうか。
ここで、「それは…打鍵後に、肩や腕全体を「脱力」させ、指先で腕全体の重さを受け止めるのよ。」「だから、指先を鍛える必要があるんだ!」と考えている人は、一度、片腕と同じくらいの重さがある子ども用ボーリング玉(約3 kg)を指先に落としてみてください。その衝撃に耐えられるほどの指先って、我々人間はどれだけ鍛えれば手に入れられるのでしょうか。。。
図9. この衝撃が指先に伝わるとどうなるか、想像してみよう。 |
…そういった非現実的な方法を、何の疑いもなく考え・周りに広め・信じてしまうのも、「木を見て森を見ず」になっている証拠。打鍵してピアノの音が鳴った後は、どんなに鍵盤を押し込んでも意味がないわけだから、「指先で腕全体の重さを受け止める」という方法以外に、【腕の力を使って打鍵の勢いを止め、指先へ伝わる衝撃を減らす】という選択肢があったっていいじゃないですか。腕の方が、指先よりも力があるので、そっちの方がよっぽど合理的、かつ、現実的です(ちゃんと、それこがプロの打鍵の仕方になっている)。
おっと、若干話がそれました。。。ここで、「木を見て森を見ず」がダメだからといって、【森】ばかりを見る…というのもダメです。【森】しか見ていないと、その中で何を重視すべきかが見えてきません。なので、まず、「木」ではなく【森】を見よう、その後で、ゆっくりと「木」も見てみよう、ということです。
皆様も、「脱力」という、「この木なんの木」に気を取られてしまわないよう、十分お気を付けください。
では。
はじめましてリトピさん、Ariettaと申します。
返信削除思うように打鍵ができなくて、何かヒントはないかと探していてこちらにたどり着きました。
こちらのブログのこのあたりの記事を読んで「腕を支える必要がある」、さらにそのためには「上腕二頭筋の力が必要である」ということを初めて知りました。
さっそく上腕二頭筋を意識して弾いてみたところ、今までと違う打鍵が出来たことがはっきり分かりました。手のひら、前腕、肘に入りすぎていた余計な力を入れずに打鍵をすることが出来たのです。生まれて初めてピアノを弾いたような気分です。本当に嬉しくて思わずコメントさせて頂きました。しばらくは曲の練習は中止してこの感覚に慣れようと思います。
ちなみに愛読書が「ピアニストなら誰でも知っておきたいからだのこと」で、「ピアノ・テクニックの科学」を読みはじめたところでした。(こちらのブログを見て「ピアノ・テクニックの科学」に書かれていることが理解できました)順番としては正しかったようですね(^^)
本当に分かりやすく素晴らしいブログです。是非たくさんのピアノ弾きの方に見てもらいたいです。
1年近く返信が遅くなってしまい、申し訳ありません。
削除Arietta様のコメントより「手・腕の支えが重要」ということが当ブログを通して伝えることが出来ているんだな、というのを改めて実感できました。ありがとうございます。
それら愛読書は、是非余すことなく、書かれていることすべてを吸収していただければと思います。それらに書かれていることは、研究(当時の時点)で明らかになった【プロのピアニストたちが実際にやっていること】です。彼らが実際にやっていることから学べば、そう間違いは起こらない、と私は考えています。
ブログのお褒めのことば、ありがとうございます。今後も(だいぶ不定期ですが)ブログを更新していければと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。