番外編4: 重力奏法を徹底解剖!
公開日: 2017年10月13日金曜日 ピアノ 重力奏法 脱力
こんにちは、リトピです。
巷で話題のピアノ奏法といえば…そう、「重力奏法」ですね(ぇ。これは「重量奏法」とも呼ばれています。なんでも、「力を入れずにピアノが弾ける」そうですが、一体どんな奏法なんでしょう?
Web上では、その弾き方や効果についていろんな事が言われていますが、実際のところどうなの??…っというわけで、今回はそんな話題の(?)奏法である「重力奏法」を徹底解剖しちゃいます!
一般的な(?)重力奏法の解釈
一般的な(?)重力奏法: 説明編
まず初めに、一般的に(よくWeb上や書籍内で)言われている「重力奏法」についてまとめます。恐らく、アナタが「そうそう、これが重力奏法だよね!」と思う内容が、以下の項目の中にいくつか含まれているのではないでしょうか。
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<重力奏法の弾き方>
- 腕の重さで弾く
- 上半身の重さで弾く
- 指先に腕の重さを載せる
- 腕の力を抜いて、腕の重さを指先で支える
- 打鍵している指の付け根の関節に腕の重さを預ける
- ロシア奏法そのもの
- 「脱力」奏法と同じようなもの…etc.
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<重力奏法のメリット>
- 力を入れずに弾ける
- 腕が疲れにくくなる
- 音がきれいになる
- + 関節が硬いと良い音が出る
- 練習効率が上がる
- 難しい曲を弾く労力が半減する…etc.
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<重力奏法をするために必要なこと>
- 指を鍛える
- 指先を鍛える
- 指の関節を鍛える…etc.
巷でいわれている「重力奏法」をまとめると、ざっと、こんなところでしょうか。どうでしょう、上記項目の中に、アナタが「そうそう、これが重力奏法だよね!」と思った内容はありましたでしょうか?
一般的な(?)重力奏法: 図解編
さて、上記の内容を考慮すると、一般的な(?)重力奏法の弾き方はどうなるのかを見てみましょう。今回は、徹底解剖ということで、打鍵の流れ(1音だけ打鍵して元の体勢に戻る、という流れ)を以下の7つに分けてみました(図1を参照)。
- 打鍵前 : 弾く前の状態。構えている。
………… 腕が下がり始める(= a) - 腕の落下: 指先を鍵盤に近づいている状態。
- 打鍵開始: 指先が鍵盤に到達した瞬間(= b)
- 打鍵中 : 鍵盤が押し込まれている状態。
- 打鍵終了: 鍵盤が底を突いた瞬間(= c)
- 離鍵中 : 鍵盤から指先を離そうとする状態。
- 離鍵後 : 鍵盤から指先が離れ(= d)、元の状態に戻る。
図1. 打鍵の流れを7つに分解。a: 腕が落下する瞬間、b: 指先が鍵盤に到達した瞬間、c: 鍵盤が底を突いた瞬間、d: 指先が鍵盤から離れた瞬間。 |
このとき、打鍵に使われる力として、上腕二頭筋(肘を曲げる・前腕を持ち上げる筋肉)の力に注目します。
一般的な(?)重力奏法は、上記の話を統合すると…この一般的な(?)重力奏法の定義は、【力を抜いて腕を落下させ、腕の重みを鍵盤(指先)に載せる】ということになるでしょうか。そうすると、以下の図2ような力の使い方をして弾く方法が、一般的な(?)重力奏法になる、と言えるのではないでしょうか。
図2. 一般的な(?)重力奏法の上腕二頭筋の力の変遷 |
この弾き方(上腕二頭筋の使い方)なら、確かに、力を使わずにピアノを弾ける、というのは間違っていなさそうですね。では、この流れを一つ一つ見ていきましょう。以下、図が続きます。
図3. 一般的な(?)重力奏法1: 打鍵前 |
図4. 一般的な(?)重力奏法2: 腕の落下 |
図5. 一般的な(?)重力奏法3: 打鍵開始 |
図6. 一般的な(?)重力奏法4: 打鍵中 |
図7. 一般的な(?)重力奏法5: 打鍵終了 |
図8. 一般的な(?)重力奏法6: 離鍵中 |
図9. 一般的な(?)重力奏法7: 離鍵後 |
これらを統合すると…一般的な(?)重力奏法は、以下の図10の赤枠で囲まれたタイミングのことを示していると考えられます。
図10. 一般的な(?)重力奏法: 全体 |
一般的な(?)重力奏法: 問題提議編
上記の打鍵の流れは、Web上や書籍などで言われている「重力奏法」の説明を基に、私が(勝手にw)作った図ですが…一般的な(?)重力奏法の説明をしている人たちも、似たようなイメージを持ちながら、「重力奏法」の練習をしているのではないでしょうか。
確かに、このような打鍵では力も全然使っていなさそうなので、とても良さそうな打鍵方法に見えます。でも、この打鍵の仕方には、以下の問題点があります。
- この打鍵の仕方は、実現可能なのか?
- この打鍵の仕方は、本当に合理的なのか?
こういうと、一部の人たちは「これを実現可能にするために、たくさん練習するんでしょ?」とか「そうやって【無駄な力】を抜いてピアノが弾けるんだから、十分合理的でしょ!」と反論してくるかもしれませんが…
図11. 一般的な(?)重力奏法は、何一つ【無駄な力】がない…? |
そもそも、【無駄な力】って何でしょう?この「無駄」という意味を考えながら、次の内容に行ってみましょう。
無駄:
役に立たないこと。それをしただけのかいがないこと。また、そのさま。無益。
出展: デジタル大辞泉(小学館)
プロが行っている重力奏法
プロの重力奏法: 説明編
上記で説明した一般的な(?)重力奏法との比較のために、次は、プロが行っている重力奏法を解剖してみましょう。
ここでは、以下の論文を参考にプロの重力奏法を解剖します。これは以前、記事「番外編7: プロと初心者の「打鍵の仕方」の違い」でも取り上げさせていただきました。今回もこの論文を使わせていただきます。
古屋 晋一ら, 人工知能学会第二種研究会, 2008
プロの重力奏法: 図解編
この論文によれば、簡単にまとめるとプロの重力奏法の定義は、【腕を下ろす時に、重力を利用する】ということだそうです。打鍵の流れ全体はこんな感じ(図12を参照)。
図12. プロの重力奏法の上腕二頭筋の力の変遷 |
この弾き方(上腕二頭筋の使い方)の流れを細かく一つ一つ見ていきましょう。以下、図が続きます。
図13. プロの重力奏法1: 打鍵前 |
図14. プロの重力奏法2: 腕の落下 |
図15. プロの重力奏法3: 打鍵開始 |
図16. プロの重力奏法4: 打鍵中 |
図17. プロの重力奏法5: 打鍵終了 |
図18. プロの重力奏法6: 離鍵中 |
図19. プロの重力奏法7: 離鍵後 |
これらを統合すると…プロの重力奏法は、以下の図20の赤枠で囲まれたタイミングのことを示していると考えられます。そう、プロの重力奏法は、本当に【腕を下ろす時に、重力を利用する】というタイミングだけに使われているんです。
図20. プロの重力奏法: 全体 |
プロの重力奏法: 解説編
このようなプロの打鍵の仕方の詳細は、当ブログで散々説明しているので、ここでは簡単にまとめます。
ここでのポイントは以下の2点です
- プロが重力を利用しているのは、腕を下ろすときだけ
- プロは、打鍵開始のタイミングで、腕の力を使い、腕の落下の勢いを止めようとしている
図21. プロの重力奏法: 全体 |
プロは、腕を下ろすために使う力を軽減させるために、重力を【利用】している…というのが、この論文で示された「重力奏法」(ここでは「重量奏法」)です。
重力を【利用】している、と言ったのは、一般的な(?)重力奏法である「腕を脱力させ、腕を落下させる」方法とは異なり、プロの重力奏法は、音の強弱を出すために、重力の【利用】量を変えているからなんです。面白いですよね。
図22. プロの重力奏法: 音の強弱の付け方 |
ただ、プロが行っている重力奏法(重力を利用した奏法)はここまで。それ以降プロは、重力に逆らって腕の力(上腕二頭筋の力)を使い、腕の落下の勢いを止めようとしています。これは、以下の2つの目的があります。
- 鍵盤に指を押し付けるのを防ぐ
- 指先への衝撃を和らげる
一つ目は、ピアノの構造によるもの。ピアノは、鍵盤が下がりきった後(実際は、ハンマーがアクションから離れた後)は、鍵盤をいくら押し付けても、ピアノの音には何も影響しないので、そのピアノに対する【無駄な力】を取り除くために行っています。この点については後述します。
もうひとつは、衝撃を減らして次の移動をスムーズにするためと、単純に指を守るため。もし、指先への衝撃がガンガン続いてしまうと、指や手に小さな痛みが蓄積し…最終的には大ケガしたり、ばね指・腱鞘炎の症状が出たりする恐れがあります。プロは、それを回避するために、腕の力をふんだんに使い、腕の落下の勢いを止めようとしているのでしょう。
まとめ
プロと一般的な(?)重力奏法の比較
さて、プロの行っている重力奏法の説明の前に、「無駄」の意味について考えてみました。再掲します。
無駄:この意味を基に、【無駄な力】の意味を考えると…
役に立たないこと。それをしただけのかいがないこと。また、そのさま。無益。
出展: デジタル大辞泉(小学館)
…となるでしょう。これを考えながら、プロと、一般的な(?)重力奏法の比較をしてみましょう。
両者を比較すると…確かに、一般的な(?)重力奏法の方が、プロよりも力を使っていないことがわかります。しかし、この「力を使わない」ということが、そのまま「【無駄な力】を抜いている」ということになるのでしょうか。つまり…プロが使っている力は、「役に立たない力。入れる意味のない力。」ということになってしまうのでしょうか。。。
図23. プロと一般的な(?)重力奏法の比較1 |
ここで、みなさんも考えてほしいのですが…「何が無駄か?」というのは、そもそも【何が必要なのか?】ということを先に見つけないと、「無駄」を見つけることはできません。つまり、まず初めに【必要な力は何か?】ということを見つけない限り、【無駄な力】を抜くことは絶対にできない、ということです。
っというわけで、【必要な力は何か?】という点に着目してみましょう。
腕を下ろすときの【必要な力】
プロは、ピアノの音の強弱をつけるため、重力の【利用】量を変えている、というお話をしました。プロは、重力の【利用】量を変えるために、腕の力をコントロールしているんです。これは、音の強弱をつけるための【必要な力】だ、と言えるでしょう。
一方、一般的な(?)重力奏法では、腕を「脱力」させようとするので、腕は自由落下します。この状態だと、腕の落下速度はコントロールできないので、音量の変化はありません。ここで、「音量を変化させるには、重力奏法で落下させる部位を変えればいいんです。フォルテなら、肩や腕全体の重さを、ピアノなら指の付け根の重さを使って…」という反論をする人がいるかもしれませんが…それじゃ音量は離散的にしか変化できません。
そうか、一般的な(?)重力奏法って、音楽的表現の乏しい弾き方だったのか。。。
図24. プロと一般的な(?)重力奏法の比較2 |
打鍵時の【必要な力】
プロは、打鍵開始から打鍵終了までの間、なんと重力に逆らって腕の力をふんだんに使っています。ちょっとびっくりですが…これは、鍵盤に指を押し付けるのを防ぐのに役立っています。
ところで…ピアノの鍵盤は、鍵盤が下がりきるまで(実際は、ハンマーがアクションから離れるまで)にどれだけの力をかけたかで、音量が決まります。つまり、「ピアノの鍵盤を下げきるまで、鍵盤を押す力」というのが、ピアノの鍵盤に対しての【必要な力】になります。
…っということは、「ピアノの鍵盤が下がりきった後にも、鍵盤を押し続ける力」は【無駄な力】、つまり、「役に立たない力。入れる意味のない力。」と言えます。実際、鍵盤が下がった後に、鍵盤をめいいっぱい押し続けても、ピアノの音量や音色、ピアノの音の伸び具合などは一切変わりません。
そう考えると…プロが打鍵開始から打鍵終了までの間に入れている力は、「ピアノの鍵盤が下がりきった後にも、鍵盤を押し続ける力」という【無駄な力】を取り除くための【必要な力】だ、と言えるのではないでしょうか(ややこしい?)。
一方、一般的な(?)重力奏法では、打鍵開始から終了まで、いや、打鍵終了後も、腕をずーっと「脱力」させ続けているので、腕を上げるまでは、腕は重力に引っ張られ続けています。これを、一般的な(?)重力奏法を説明している人は「その腕の重さを指先で支えろ」といっています。
でもこの状況は…腕の重みが指先を伝わって、そのまま鍵盤の底に到達しているため…【ピアノの鍵盤が下がりきった後も、腕の重みで鍵盤を押し続けている】と同じ意味になります。…あれ、これって「ピアノの鍵盤が下がりきった後にも、鍵盤を押し続ける力」という【無駄な力】そのものじゃない??
そうか、一般的な(?)重力奏法って、実は【無駄な力】をバリバリ使った奏法だったのか。。。
図25. プロと一般的な(?)重力奏法の比較3 |
総括
今回も、またまた長くなってしまいました。。。最後は、最初に示した、一般的な(?)重力奏法の説明に対して、私のコメント(赤字)を入れながら、当記事の総括をします。
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<重力奏法の弾き方>
- 腕の重さで弾く
- 上半身の重さで弾く
- 指先に腕の重さを載せる
→ 正しくは、「腕を下ろすとき、重力を利用」して弾く - 腕の力を抜いて、腕の重さを指先で支える
- 打鍵している指の付け根の関節に腕の重さを預ける
→ 腕などの重みを指で支えると、鍵盤に【無駄な力】がかかる - ロシア奏法そのもの
→ 正しくは、「重力奏法の応用」 - 「脱力」奏法と同じようなもの…etc.
→ そもそも、プロは「脱力」なんてしてない
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<重力奏法のメリット>
- 力を入れずに弾ける
→ 【必要な力】は存在する - 腕が疲れにくくなる
→ 一応、間違ってはいない - 音がきれいになる
→ 重力奏法とは別のお話。 - + 関節が硬いと良い音が出る
→ ぉぃぉぃ。とりあえず、中学物理をやり直そうか。 - 練習効率が上がる
→ 重力奏法とは別のお話。 - 難しい曲を弾く労力が半減する…etc.
→ 重力奏法とは別のお話。
-
<重力奏法をするために必要なこと>
- 指を鍛える
- 指先を鍛える
- 指の関節を鍛える…etc.
→ それは弾き方自体が悪い!
…もしかして、一部の「脱力」信者や、一般的な(?)重力奏法をやろうとしている人は、「力を使う事」自体を「無駄」と思ってる?…さすがの彼らでも、そこまでトンデモな思考は持っていないよな…と願いつつ、楽しい楽しい徹底解剖のお話はここまでとします。
では。
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