お悩み相談室15: 重心を下げたいのですが…

公開日: 2017年10月12日木曜日 ピアノ 持論

こんにちは、リトピです。

さて、今回の「お悩み相談室」の内容はこちら。

悩み15: 重心が下がらない

身体が安定しない、打鍵が不安定になっている…こういうときに先生に言われるのが「重心を下げなさい」という指摘。これは、重心を下げることで、身体を固定・安定させ、しっかりした打鍵を行わせるのが目的のようです。

でも、なぜか「重心ってどうやって下げればいいの?」というギモンには、誰も答えてくれない・教えてくれない。。。なので、ここで特別にお教えしよう!というのが今回のお話。

導入0: 「重心」って何?

まずは「重心」について説明します。Wikipediaによれば…

重心とは「力学において、空間的広がりをもって質量が分布するような系において、 その質量に対して他の物体から働く万有引力(重力)の合力の作用点である。」
by Wikipedia
うーん、ややこしいですね。。。これは、簡単に(御幣を恐れずに)言えば、【物質の中心となる点】とか【物を支えたときに最も安定する点】のこと(図1参照)。これは、(重力が一定の場であれば)「質量中心」とも呼ばれます。皆さん、中学の物理でやりましたよね。覚えてます??

ここでのポイントは、【重心の位置は、重い方に寄る】です。ここ、しっかり覚えてくださいね!

図1. 各重心の位置。(a)2つの物質間の重心、(b)剛体の重心

導入1: 人間の重心の位置

さて、次は人間の重心がどこにあるのか?について説明します。

サイト「一寸先は痛み!理学療法士が作る痛みと原因の説明書!」によれば、人間の身体全体の重心は、立っているとき…

ヒトの重心は身長の約55~56%の位置にあります。

第2仙骨の高さにあり、わかりやすくいえばおヘソの下ぐらいの高さです。
…という場所にあるそうです。

また、身体を上半身、下半身に分けたとき、それぞれの質量中心(重心)は…

上半身の質量中心は第7胸椎~第9胸椎の高さにあります。

下半身の質量中心は大腿部1/2~2/3の高さにあります。
…ということだそうです。図にするとこんな感じ(図2を参照)。

図2. 人間の重心の位置(横から見た図)

本題?: 重心の(物理的な)下げ方

ようやく、本題に辿り着けました。早速、重心の(物理的な)下げ方を皆様に伝授しましょう。

ピアノを弾くときは、イスに座っているので、今回は「上半身の重心」のみを考慮して考えてみましょう。きっと皆さんは、図3のような意識で練習をしていることでしょう。

図3. どうやったら重心が下がるかな?

私は、導入0で最初に言いました。ポイントは、【重心の位置は、重い方に寄る】と。。。つまり、図3の状態から重心を(物理的に)下げるには、こうすればいいんです!

とにかく太れ!!

要は、以下の図4のように太れば、いとも簡単に重心を(物理的に)下げることができる、というわけです。やったね!これで問題解決!!

図4. ただ単に太るだけで、重心は(物理的に)下がる

…えっ、ダメ??

ま…、まぁ、太るのはイヤですよね。。。じゃあ…こうするのはどう??(図5参照)

  1. 前傾姿勢を取る
  2. イスを低くする
図5. 重心を(物理的に)下げるために、(1)前傾姿勢を取る、(2)イスを低くする、というのはどうだろう?

うーん、どちらもしっくりこない姿勢ですね。。。確かに、たまにそうやって弾いている人も見かけますが、全員が全員、そういう姿勢をしているわけではないですよね。。。

疑問: そもそも「重心を下げる」という表現って正しいの?

あれ、もしかして…「重心を(物理的に)下げる」という考え方は、ピアノ奏法にそぐわないのかも?

そう言うと「いやいや、重心は、おなかや丹田(へその下あたり)を意識することで下がるよ!」「実際に、重心が下がると身体が安定してピアノが楽に弾けるもん!」などと反論する人が出てきそうですが…それはおかしい。物理の法則に反しています。ここは断言しますが、単に意識するだけで重心が上下することは絶対にないです。

ここでの重心は、単なる質量中心なので…体内の質量分布が変化しない限り、その場で重心が移動することはありません。つまり…単に意識するだけで重心が(物理的に)下がる人は、人間ではありません(人間は、意識して体内の質量を自在に変化させることはできない)。もし、アナタが人間であれば、そういう人外用の指摘・アドバイスは、さらっと聞き流してしまいましょう。

そういえば…もともと、「重心を下げなさい」と指摘されたのは、身体が安定しない、打鍵が不安定になっているからですよね?だったら、本当の悩みは「重心が下がらない」ではなく…

悩み15': 身体が安定しない

…ということになるんじゃないかな?…っというわけで、この悩みを解決させていきましょう。

導入2: 「重心」に代わる、新たな指標

さて、前半では「重心を(物理的に)下げる」という表現に対して批判しましたが…実のところ、「重心を下げる」と身体が安定するのは確かです(図6参照)。

図6. 確かに、重心が低い方が、物は安定し、倒れにくくなる

でも実は…これは厳密には「重心が下がったから、物が倒れにくくなった」ではないんです。ここで、「重心」に代わる、新たな指標として、新たに2つの単語をご紹介します(図7参照)。

  1. 重心線: 重心を通る、重力と平行の線
  2. 支持基底面: 物・身体を支持するための基礎となる底の面
図7. 「重心線」(黒の破線)と「支持基底面」(緑色の楕円)

この2つを考えると、図6は、以下の図8のように見ることができます。これを見ると、ここでのポイントは、「重心線」を「支持基底面」内に入れることで身体は安定するといえるでしょう。これこそ、覚えておきましょう!

逆に、「重心線」が「支持基底面」から外れると、物・身体は倒れてしまいます。そのため、図6の実際は「重心が下がったおかげで、【重心線】が元の【支持基底面】から外れにくくなったから、物が倒れにくくなった」というわけです。これはわかりやすいですね。

図8. 「重心線」と「支持基底面」を考慮した場合の物の安定度について。重心が低い方は、傾けても、「重心線」が元の「支持基底面」内に入ったままなので、倒れない。

本編: 身体を安定させる方法

上記の内容を踏まえて、身体を安定させる方法を考えてみましょう。

まずは、イスに座った状態の「重心線」と「支持基底面」を見てみましょう(図9参照)。全身を扱うとややこしいので、どちらも、上半身のみを考慮しておきます。ここで、「重心線を支持基底面の内に入れよう!」ということを意識することで、身体が安定します。

図9. イスに座ったときの「重心線」と「支持基底面」(上半身のみ)

不安定な打鍵をしてしまう例

さて、身体や打鍵が安定せず、「重心を下げなさい」と指摘されている人は、もしかして「上半身の重みを使って打鍵しなさい!」などというアドバイスの下、図10のような弾き方をしていませんか?

図10. 上半身の重みを鍵盤に載せようとすると、身体や打鍵が不安定に…

このような身体の移動をさせると、上半身の「重心線」が「支持基底面」から外れるので、身体が不安定になります。不安定になった身体で打鍵しようとするので、打鍵も不安定になり、打鍵ミスが起こったり、音が不明瞭になったりする、ということが考えられます。

安定した打鍵を実現する方法

上記で、私は…ポイントは、「重心線」を「支持基底面」内に入れることで身体は安定する…と言いました。つまり、打鍵をするときは、上記の図10のような形ではなく、以下の図11のような形で打鍵することが、安定した打鍵を実現できる、と言えるでしょう。なお、この打鍵方法の詳細は、記事「番外編8: プロと初心者の「打鍵の仕方」の違い~簡易版~」をご参照ください。

図11. 「重心線」を「支持基底面」に入れたまま打鍵をすると、身体も打鍵も安定する

なお、もっと細かく説明すると…ピアノを弾くときに、腕を前に出すと、上半身の重心は、若干前に出ます。…ということは、打鍵時は、身体を若干反らして、重心線を上半身の支持基底面の中心に来るようにすると、もっと安定した打鍵ができる、と考えることもできます。

まとめ

今回も長くなりましたが、本日のまとめです。「身体が不安定・打鍵が安定しない」という悩みに対しては…

  1. ×: 重心を下げる
  2. ○: 「重心線」を「支持基底面」の中に入れる

…という考え方が必要だ、ということがわかりました。なお、この考え方をすると、前傾姿勢での打鍵を安定させる方法もある、ということがわかります。前傾姿勢になる際、軽く足で踏ん張っておくと、支持基底面が広がるので、重心線が前に出ても、重心線を包括し続けることができるため、安定した打鍵を実現できます(図12を参照)。

恐らく、前傾姿勢を取りつつ打鍵しても身体が安定している人は、こういうことをやっているのでは?と思います。

図12. 前傾姿勢になっても、足元で踏ん張ることで、「支持基底面」が広がり、身体も打鍵も安定する

番外編: 肩や首、腰が痛くなる人が注意する点は?

ちなみに。。。
ピアノを弾いていて、首や肩、腰が痛くなる人は、無意識にこういう姿勢(図13を参照)をしていることないですか?

特に、新しく譜読み(頑張って「楽譜を読もう!」と思っている)する場合や、難しい箇所を練習 (頑張って「弾こう!」と思っている)している 場合に。。。

図13. 楽譜を読むのに集中しているとき、こんな姿勢になっていませんか?

この姿勢は、「重心線」が「支持基底面」から外れているので、身体は不安定になっています。倒れそうな身体を支えるため、首や肩、腰に力が入ります。そのため、この姿勢をずーっと続けていると、それらの部位がだんだん痛くなってくる、というわけです(図14を参照)。

図14. 身体が倒れないように、各部位に力が入るため、それらの部位が段々痛くなってくる。。。

ここで、よく「痛くなっている部位の力を抜きましょう!」と言う人がいますが…首や肩、腰は、倒れそうな身体を支えるために仕方なく力んでいるわけなので、その場(「重心線」が「支持基底面」から外れたままの状態)で、それらの力を本当に抜いてしまうと…もう、どうなるかわかりますよね。。。ホント、「脱力」信者って自分の身体の状態を全然見ていませんね…

なお、この状態を、アレクサンダー・テクニーク的に見ると、以下のことが(ほぼ同時に)起こっていると考えられます。

  1. 「○○をやろう!」と思うあまり、首に力が入り、首がすぼまる
    → これが「エンドゲイニング」
  2. すぼまった首でも前を向けるように、前のめりになる

この原因は、(1)が起こってしまうから、というのが、アレクサンダー・テクニークの 考え方です(動作は首から始まる「ヘッド・リード」のこと)。これを解消するには、「○○をやろう!」という考えや、首をすぼめること自体を【やめる】( = 「ノン・ドゥーイング」)という意識が必要になります。

ピアノを弾いて首や肩、腰が痛くなったからと言って、その部位の「脱力」を意識してもまったく意味はない、いや、むしろ悪化するかも。。。ここでは、身体を起こすための【力を使う】ことが必要です。詳細は、記事「プレ「脱力」3: 脱「脱力」のすすめ」をご覧ください。

では

P.S.
ピアノと「重心」の関係は、上記の話以外にも、鍵盤に手や身体の「重心を載せる」とか、横移動は「重心移動」というキーワードが、「アルペッジョの弾き方」や「レガートの弾き方」などの説明に用いられていますが…そういう説明をしている人は、何か勘違いしているような気がします。

重心を載せる

導入0で説明したように、ここでの「重心」は、「質量中心」のことであり、それ自体を何かの上に置く、ということはできません。ここで「歩くときと同じように、腕や身体の重心を載せて~」と言う人がいますが…歩くときは、身体の「重心線」が、足の「支持基底面」に入っているから、安定した歩行が可能なわけで(参考: いしかわ内科)…

ピアノの場合には、手や身体の「重心線」が、鍵盤上に乗る(指先の支持基底面に乗る)ことは絶対にないので、「歩く」ことと一緒にはできません(立って弾けば別ですが…)。

恐らく、これは「体重を載せる」とか「腕の重みを載せる」ということと勘違いしているのでしょう(だからといって、その弾き方が良いわけではないですが…)。

図a. 手や腕、身体の重心線が、鍵盤、もとい、指先にある支持基底面の中に入ることは絶対にない

重心移動

これは、「レガートは、歩くときの重心移動と同じように、手の重心移動を意識して弾きましょう。」などと言われていますが…もしかして、「歩く」ってこんなイメージされてません?

図b. 「歩く」というのは、重心がぶれない…?

でも…実際の「歩く」は、こうなっています。我々は、歩くとき、実は上下に5 cmくらいゆれながら歩いているんです。

図c. 実際の「歩く」というのは、重心が上下(左右)にぶれる。

我々は歩く際、無意識のうちに、足を閉じるときに「位置エネルギー」を蓄え、その蓄えたエネルギーを、足を踏み出すときの「運動エネルギー」に変える、という流れで効率よく歩行をしているんだそうです(参考: Physical Arts - Pilates based conditioning studio)。面白いですね(もっと詳細を知りたい人はコチラへ: 白衣のドカタ)。

おっと、話が若干それました。。。要は、「レガートは、歩くときの重心移動と同じように、手の重心移動を意識して弾きましょう。」というのを言葉通りに受け止めると、残念ながら、こういう弾き方になります。鍵盤一つ一つに対して、歩くときと同じように、いちいち腕の重さをドシン・ドシンと載せようとするから、こういう弾き方になるのでは?

図d. 実際の「歩く」ときの重心移動を基にすると、打鍵ごとに手が上下する奏法に…

でも、本当は…レガート(= 途切れさせずに滑らかに続けて演奏すること)を弾くために、次のような弾き方を目指したいのではないでしょうか?

図e. 実際にやりたい奏法はコッチ!

このような弾き方を目指すためには「歩く」ときとは違った弾き方をする必要があります。これについては…そろそろ長くなってきたので、また今度、機会があれば別記事で紹介しようと思います。

P.S.2
しかし…なぜ「足で歩くのと同じように弾こう!」なんてトンデモ思考が生み出されるのだろうか。。。ここで、【自分が何をやっているか?】についてちゃんと注目していれば、そんなバカな考えは起こらないはずなのに。。。

そう言う人たちは、【自分はどう歩いているのだろうか?】とか【自分はどう弾いているのだろうか?】とかを気にしたことがないのだろうか。。。両者を比較すれば、全く違うことをやっているということがすぐわかります(そもそも、手と足では構造が全く違うし…)。

ここら辺、ちょっと心配です。。。

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