実証!プロは鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾いているのか?
公開日: 2019年12月2日月曜日 ピアノ 持論 重力奏法 脱力
こんにちは、リトピです。
ピアノの近代奏法と呼ばれている「重力奏法」ですが、その奏法の説明には、必ずと言っていいほど「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾きなさい」という文言が付きまといます。それは「(誤った)重力奏法」の説明であることは、記事「「重力奏法」概論」でみっちり解説しました。
しかし、ここで「でも、実際にそうやって弾いている人がいるから、「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾きなさい」という指導があるんじゃないの?」と考える人もいるでしょう。ってなわけで、今回は、プロのピアニストは「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾いている」のかを実証( = 事実によって証明すること)してみたいと思います。
プロは「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾く」のかを実証
鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾く、とは
「(誤った)重力奏法」の説明としてよく挙げられるこの文言ですが、以下のような表現で説明されることもあります。
- 腕の重さを鍵盤に伝えて弾く
- 腕の重さを指先に伝えて弾く
- 腕や上半身の重さをかけて弾く
- 指先に腕の重さをかけて弾く
- 腕の重さを鍵盤にあずけるように弾く
表現方法がいろいろあるため、まずは「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾く」定義を決めましょう。
上記の説明を統合すれば……腕を「脱力」させ、腕の「重さ」が、鍛えられた強靭な指先に乗り、鍵盤にその腕の「重さ」がかかっている状態、ということでしょうか。つまり図1の状態を「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾く」と定義しましょう。
図1. 「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾く」定義の図 |
実証方法
さて、「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾いている」ということを実証するためには、どのようにしたらよいでしょうか。
ここでは、プロが鍵盤を押し込んだとき、その鍵盤にかかっている力が「腕の「重さ」」と同じだ、ということが言えれば、プロは「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾いている」ということを実証した、ということにしましょう。非常にシンプルですね。
っというわけで、鍵盤にかかる力を測定するために、鍵盤の底や表面に圧力センサ(どれくらいその部分が押し込まれたか、を測るセンサ)を置いてみましょう(図2)。これで、プロがその鍵盤を打鍵している時、それら圧力センサの値が、腕の「重さ」と同じ値を示すかどうかを見ることで、プロは「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾いている」ということを実証できます。
図2. 鍵盤の底や表面に圧力センサを配置することで、その鍵盤にかかる力を測定できる |
そして、「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾いている」とき、鍵盤にかかる力の理想(?)の状態は、打鍵してから離鍵するまで、鍵盤(の底や表面)にずっと腕の「重さ」が乗っている状態なわけですから、以下の図3ようなグラフが圧力センサから得られたら、プロは「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾いている」ということが実証された、と定義しましょう。
図3. 「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾いている」ときの理想(?)の弾き方 |
「えっ、そんな実験、リトピにできるの?」と思う人がいると思いますが……えぇ、私の力ではそんな実験はできません。
しかし、実は、すでにそんな実験をしている人たちがいます。なので、その結果(= 実験によって得られた【事実】)を使って、プロは鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾いているのか実証してみましょう。
ここでは、以下の論文を参照します。
- 鍵盤の底にセンサを配置して実験した論文
Assessment of dynamic finger forces in pianists: effects of training and expertise,
Parlitz D. et al., Journal of Biomechanics, 1998 - 鍵盤の表面にセンサを配置して実験した論文
Loudness control in pianists as exemplified in keystroke force measurements on different touches,
Hiroshi Kinoshita and Shinichi Furuya, The Journal of the Acoustical Society of America, 2007
以下でそれぞれの論文内容と結果を簡単に紹介します。
っと、その前に。以下の力に関する基本知識を頭に入れておくと、今後の話がスムーズに読めるようになるので、ちょっとだけ紹介。
力について
- 「重さ」(体重)は、「質量 [kg] x 重力加速度g [m/s2]」で表される【力】のひとつ
- 【質量】は、物質の動きにくさの度合い(慣性の大きさ)であり、基本的には変わらない
- 重力加速度 g は、地球上ではほぼ一定であり、値は 9.8 [m/s2]である。
- ある物体の「重さ」は、重力の大きさによって変わる
(だから「重さ」は地球上にいる限り変えられないが、月に行くと軽くなる) - 【力】の単位の一つである [N](ニュートン)は以下の関係がある
[N] = [kg・m/s2](例: 1 [kg] x 9.8 [m/s2] = 9.8 [N])
つまり、1 [kg]の「重さ」がある物体に乗っている場合、その物体は約10 [N]の【力】で押し込まれていると同義である(図4)。
図4. 「重さ」と【力】の関係 |
人の腕の重さは、体重が50 kgの人であれば、約3 kgほどありますから(詳細は、記事「身体は鍛えるな。感覚を鍛えろ。」を参照)、もし、鍵盤に腕の「重さ」が全部乗った場合、上記の話を考えれば、鍵盤は約30 [N]の【力】で押し込まれることになります。
これらを踏まえて、以下に進んでいきましょう。
実証1. 鍵盤の底に圧力センサを配置
この研究では、図5のように、鍵盤の底に圧力センサを配置し、プロのピアニストらと初心者らにある演奏フレーズを演奏してもらい、そのデータを測定したそうです。
図5. 実証1の実験方法 |
楽譜上では、1,2,3指が鍵盤を押さえ続けていることになっているので、もし腕の「重さ」(≒ 30 [N])が指先を伝わって鍵盤に乗っかっているのであれば、少なくとも、各指(で押している鍵盤の底)に10 [N]くらいは乗っかっているタイミングがあるはずです。
また、もしプロが「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾いている」のであれば、「ソ」の打鍵毎に、鍵盤に腕の「重さ」を5指に乗せ、その鍵盤を押し込ませて弾いているに違いない!
被験者情報
なお、この研究の実験に参加していた被験者らの情報は以下の通り。
-
<被験者グループ(プロ)1>
- 人数: 10名(男性5名、女性5名)
- 歳: 平均23歳(範囲: 20-29歳)
- 利き手: 右利き
- 経験: 平均して6歳からピアノを始め、1日の練習時間は4時間
-
<被験者グループ(初心者)2>
- 人数: 10名(男性7名、女性3名)
- 歳: 平均29歳(範囲: 17-55歳)
- 利き手: 右利き
- 経験: 5-20歳からピアノを始め、1日の練習時間は平均して1時間以下
実験結果
上記の内容で実験した結果、以下の図6のようなデータが得られました。上のグラフが鍵盤を押さえ続けている1,2指が【鍵盤の底を押し込んでいる力】、下のグラフが都度打鍵している5指が【鍵盤の底を押し込んでいる力】を表しています。破線は初心者のデータ、実線がプロのデータです。
図6. 実証1の結果 |
まずは、鍵盤を押さえ続けている1,2指が【鍵盤の底を押し込んでいる力】のグラフ(図6上)を見てみましょう。……あれ?腕の「重さ」よりちょっと下でふらふらしているグラフがありますが、それはどうやら「初心者」のデータのようですね。もしかして、初心者の方が腕の「重さ」を鍵盤に乗せて弾いているのか!?
一方プロはというと……ん?プロのデータがない!?っというように見えますが、実はグラフの下のゼロのラインに沿っているだけ。つまり、プロは鍵盤を押さえ続けている1,2指が【鍵盤の底を押し込んでいる力】はほぼゼロ(少なくとも、圧力センサの最小閾値である 2 [N](200 gの「重さ」に相当)以下)というわけ。
おかしいですね。このデータを見る限りでは、(少なくとも、この実験に集められた)プロは「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾いて【いない】」ということになる。。。
……き、気を取り直して、もう1つの都度打鍵している5指に注目だ!ってなわけで、都度打鍵している5指が【鍵盤の底を押し込んでいる力】のグラフ(図6下)を見てみましょう。……あれ?プロも初心者も、腕の「重さ」よりもかなり低い位置でグラフがピコピコしてますね。しかも、初心者は、打鍵後も少し鍵盤(の底)を押し込んでいる力があるのにもかかわらず、プロは打鍵後、すぐ鍵盤の底を押し込む力をゼロにしている、ということがわかりました。
これは、鍵盤(の底)を(腕の「重さ」で)「押し込んでいる」というより、単に打鍵時の勢いが鍵盤の底に一瞬伝わっただけ、と考えてよいでしょう(つまり、この5指のピコピコしたグラフは、【鍵盤を押す力】を表しているものではない、ということ)。
おかしいですね。やはりこのデータを見ても、(少なくとも、この実験に集められた)プロは「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾いて【いない】」ということになるな。。。プロは一体、腕の「重さ」をどこにやってしまったんだ??
……と、とりあえず、もう1つの論文を見てみましょうか。。。
実証2. 鍵盤の表面に圧力センサを配置
この研究では、図7のように、鍵盤の表面に圧力センサを配置し、プロのピアニストらにその鍵盤を各音量(pp, mf, ff)で打鍵してもらい、そのデータを測定したそうです。
図7. 実証2の実験方法 |
もし腕の「重さ」(≒ 30 [N])を鍵盤に乗せて弾いているのであれば、音量ごとに腕の「重さ」の乗せ具合(?)は違えど、少なくとも、鍵盤が下がっている間(打鍵後から離鍵するまで)、腕の「重さ」が鍵盤(の表面)に乗っているはず。
さらには、音量がffの時は、腕の「重さ」全部が鍵盤に乗るはずだっ!
被験者情報
なお、この研究の実験に参加していた被験者らの情報は以下の通り。
-
<被験者グループ(プロ)3>
- 人数: 10名(男性2名、女性8名)
- 歳: 平均21.6歳(範囲: ±1.7歳)
- 身長: 163.6±8.8 cm
- 体重: 52.1±10.1 kg
- 経験: 少なくとも15年以上トレーニングしており、国内外で賞を受賞
実験結果
上記の内容で実験した結果、以下の図8のようなデータが得られました。左のグラフの真ん中が鍵盤を押し込み(Pressed touch)、音量をppで演奏した時の【鍵盤の表面を押し込んでいる力】、右のグラフの真ん中が鍵盤を押し込み、音量をmfで演奏した時の【鍵盤の表面を押し込んでいる力】を表しています。音量をffで演奏した時のデータは後述(図9)。なお、各グラフの上は音の波形、下は押し込まれる鍵盤の表面位置です。
図8. 実証2の結果1: pp, mfでの打鍵データ |
まずは音量をpp, mfで弾いたときのグラフ(図8)を見てみましょう……あれ?各音量での打鍵で、鍵盤の表面には腕の「重さ」がほとんど乗っていないですね。まぁ、それは音量が小さいからいいとして(?)。もっと不思議なのは、鍵盤が下がっている間(打鍵後から離鍵するまで)にもかかわらず、鍵盤が底に到達するまでに【鍵盤の表面を押し込んでいる力】がゼロになっています。もし、鍵盤に腕の「重さ」を乗せているのであれば……それってどうやってるんだ!?
うむ……これもおかしいですね。だって、鍵盤が底に到達するまでに【鍵盤の表面を押し込んでいる力】を減らすためには、それ(打鍵の勢い、腕の「重さ」相当の力・重力の方向)とは【反対方向の力】を使わなければなりません。つまり、このデータを見る限りでも、(少なくとも、この実験に集められた)プロは「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾いて【いない】」ということになる。。。
……き、気を取り直して、音量がffのときの打鍵注目だ!早速見てみましょう(図9)。
図9. 実証2の結果2: ffでの打鍵データ |
こちらは、鍵盤が底に到達したあたりで急激に【鍵盤の表面を押し込んでいる力】がゼロに向かっていますね。やはりこのときでも、打鍵の勢いや腕の「重さ」相当の力・重力の方向とは【反対方向の力】が使われている。。。
……って、えぇ!?【鍵盤の表面を押し込んでいる力】のピークが腕の「重さ」に相当する【力】を超えてる!?(図9の緑破線部分に注目)
うーん、鍵盤に腕の「重さ」をただ乗せるだけじゃ、そんな【力】で鍵盤を押せるわけないじゃん。。。もしかして、プロって、腕の「重さ」だけじゃなく、身体の「重さ」も使ってるのか??
っと考えたくなりますが……とりあえずこの説明は後述。
小まとめ
さて、これまで2つの論文の結果(= 実験に基づいて得られた測定結果 = 【事実】)を見ると、(少なくともそれら実験に集められた)プロは「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾いて【いない】」ということがわかりました(ffの打鍵時については後述)。
ではここで、【鍵盤を押し込む力】の状態が、最初の方で見せた「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾く」ときに得られるはずの理想(?)の状態と、実験によって得られた実際の結果の比較をしてみましょう。まずは、図10をご覧ください。
図10. 「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾いている」ときの理想(?)の弾き方(黄色いグラフ)と、実際のプロの弾き方(ピンクのグラフ) |
こうして比較してみると、「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾いて【いない】」プロの方が、少ない力で打鍵できていることがわかります。腕の「重さ」を乗せると楽に弾ける、とは一体。。。
このように、実際に(プロの奏法を)測定してみると、いろんな人が(やみくもに)考える理想(?)の弾き方とはまったく違った、プロならではのより良い弾き方というのが見つかるものです。これを機に、「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾く」という 理想 幻想を捨ましょう!
では。
…………
………
……
…
「ちょっと待ったー!!」
「弾き方なんて人それぞれなんだから、別に「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾く」という弾き方があってもいいじゃないか!」
「今回の研究結果だって、たまたま「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾く」人がいなかっただけだろー!!」
なるほどなるほど。確かに、今回紹介した2つの研究では、もしかしたら、た・ま・た・ま、「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾く」プロが誰一人集まらなかったのかもしれません。その意見はごもっともです。
しかし。
実は、「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾く」という弾き方には大きな危険が潜んでいるんです。ご存知でしたか?
ピアノ奏法についての他の論文もたくさん読んでいる私としては……長い時間練習しても身体を壊さないプロは、その危険を回避するためにも、(無意識に)「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾く」ことを避けているのではないか、と推測しています(だから、上記のような実験で集められたハイレベルな演奏技術を持つプロは「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾く」ことをしていなかった、と推測)。
もし、「たまたま「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾く」人がいなかっただけだろ」ということを指摘したければ、まずは「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾く」プロの演奏測定データをご提示ください。残念ながら、私にはその信頼できるデータをひとつも見つけられませんでした。
さて、鍵盤に腕の「重さ」を乗せる弾き方にはどんな危険が潜んでいるのか、以下で見てみましょう。
「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾く」危険性
鍵盤に腕の「重さ」を乗せる、ということは、指先に腕の「重さ」を乗せるということです。つまり「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾く」ということは、打鍵中は、常に指先に腕の「重さ」に相当する約30 [N]の【力】が乗りっぱなしになる、ということです(図11の黄色いグラフ)。そして、その腕の「重さ」に相当する約30 [N]【力】が、打鍵の度に指先にかかるわけです。そんな指に負担がかかる弾き方、いつか指を壊すと思うけどなぁ。。。
一方、(少なくとも紹介した実験に集められた)プロは「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾いて【いない】」わけですから、そのような指先への負担がかなり小さいんです(図11のピンクのグラフ)。だからプロは長時間練習してもケガなくピアノを弾き続けられる、というわけ。
図11. 「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾いている」ときの理想(?)の弾き方(黄色いグラフ)と、実際のプロの弾き方(ピンクのグラフ)の指先への負担を考慮すると、こうなる。一番上のグラフの面積が大きいほど、指先への負担が大きいことを示している。 |
実際のプロの弾き方
さて、これまでの説明で(少なくとも紹介した実験に集められた)プロは「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾いて【いない】」ということがわかったわけですが、では、プロは鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾く代わりに、どうやって弾いているのでしょうか?それについて簡単に紹介します。
ここで参考にする論文は以下の2つです。
- テンポが遅く音量が小さい打鍵の場合
ピアニストの身体運動制御 ―音楽演奏科学の提案,
古屋 晋一, システム制御情報学会誌, 2009 - テンポが速く音量が大きい打鍵の場合
Expertise-dependent modulation of muscular and non-muscular torques in multi-joint arm movements during piano keystroke,
Furuya S. et al., Neuroscience, 2008
早速、以下で各解説をします。
テンポが遅く音量の小さな打鍵の場合: 「(真の)重力奏法」
実のところ、わざわざ鍵盤に腕の「重さ」なんて乗せなくても、腕自身には鍵盤を動かすだけの十分な【質量】があります。そのため、上腕二頭筋の【力】を巧みに使い、十分に【質量】がある腕を「重力」によって下げ、その勢いで打鍵する、という弾き方が可能です。それを、「(真の)重力奏法」と呼びます(詳細は、記事「「重力奏法」概論」を参照)。
この「(真の)重力奏法」では、打鍵自、指先が鍵盤に触れた辺りで、上腕二頭筋の【力】を使い、打鍵の勢いにブレーキをかけています。プロは、そのタイミングで打鍵の勢いにブレーキをかけることによって、【鍵盤の底を押し込んでいる力】や【鍵盤の表面を押し込んでいる力】を取り除いている、というわけです(図12)。
図12. プロは「(真の)重力奏法」で弾いている |
テンポが速く音量の大きな打鍵の場合: 運動依存性トルクを利用
さて、音量ffで弾くとき(図9)、プロは、腕の「重さ」を超えた【力】を使って弾いていることがわかりましたが、それってどうやって弾いているのか、一緒に解き明かしていきましょう。
実は、音量を大きくさせたり、テンポが速くなったりすると、「(真の)重力奏法」である「重力」によって下がる腕の勢いで打鍵する弾き方では、打鍵そのものが間に合わなくなるため、「重力」以外の【力】、つまり【自分自身の力】を使う必要が出てきます。
ここで、「ピアノって「脱力」が大事じゃないの?」と思われる方が多いと思いますが、必要な時、必要なところで必要な力が使われていなければ、それは「脱力」ではなく、【エネルギー不足】だと心得ましょう。
そもそも、ピアノのキーアクションは多くの回転体部品が組み込まれているため(参照: ピアノのマメ知識: グランドピアノの鍵盤がアップライトピアノより重い理由, YAMAHA)、大事なのは、「如何に力を抜くか」ではなく、【少ない力で最大限のトルクを生み出す】ことを考える必要があります(詳細は、記事「お悩み相談室11: ピアノが弾きにくい(鍵盤が重い)のですが…」を参照)。
その一つの方法が、肩の力(筋トルク)を使って、肘・手首周りに運動依存性トルクを発生させる方法(詳細は、記事「「脱力」で、高速和音打鍵は絶対に出来ない」を参照)。プロは、肩の力(筋トルク)を使って、肘・手首周りに運動依存性トルクを発生させ、その勢いを使って弾くことで、腕の「重さ」に相当する【力】を超えた【力】で鍵盤を押せるため、より楽に(そしてより速く)大音量を出すことができる、というわけです(図13)。
図13. プロは「運動依存性トルク」を利用して弾いている |
ちなみに、もし音量をffを弾くとき、腕の「重さ」にプラスして身体の「重さ」も利用して弾いてしまったら、最終的にその全ての「重さ」が鍵盤だけでなく指先にもかかるわけですから、指先への負担は、腕の「重さ」を乗せたときよりもはるかに大きくなります。その観点からも、(少なくとも紹介した実験に集められた)プロは、鍵盤に対し、腕だけでなく身体の「重さ」も乗せて【いない】ということがわかります。
まとめ
今回は、今まで誰も疑いを持っていなかった「プロは鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾いているのか?」という疑問にバッサリとメスを入れてみました。そして、少なくとも私が上記で取り上げた論文(だけでなくそれ以外の読んだ論文も含め)の測定結果を見ることで、プロは「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾いて【いない】」ということが実証されました。
これを機に、「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾いて弾こう」と考えている人たちは、そんな(誰もやっていないような)弾き方を捨て、プロがやっている「(真の)重力奏法」や【運動依存性トルク】を利用した弾き方を学んでいきましょう。それが、より上手に弾けるようになるコツです。
リトピの嘆き
……この場を借りて(?)、私は言いたい。
書籍やブログ、または現実世界でのピアノ指導で「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾きなさいっ!」と言っている人たち、それがピアノ奏法として正しい【根拠】はどこにあるのでしょう?
「昔読んだ書籍にそう書いてあったから」
……のように答える人が大半でしょう。じゃあさらに質問。「先生の言っていること」「書籍に書かれていること」が正しいという【根拠】はどこにあるのでしょう?
彼らは、【実際に】(彼らやその生徒らが)「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾いている」のかを【調べた】のですか?
ただ単に「見る」だけではダメですよ。ちゃんと内部まで【調べる】ことをしないと、【目の錯覚】に騙されますから(詳細は、記事「プロは本当に「脱力」や指の「独立」をしているのか」を参照)。
上記で紹介した研究では、鍵盤の底や表面に圧力センサを貼り、(間接的に、ですが)【実際に】プロは「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾いている」のかを【調べた】データ(= プロはこうやって弾いている、という【事実】)があり、それらによって、(少なくともそれら実験に集められた)プロは「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾いて【いない】」ということがわかりました。
一方、「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾きなさいっ!」と言っている人たちは、上記で紹介した研究のように、鍵盤の底や表面に圧力センサを貼って打鍵したデータ(= 我々はこうやって弾いている、という【事実】)を示していますか?
そういったデータを出さない限り、いくらアナタ達が「プロは、絶対に鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾いているんだ!」と言ったところで、その発言の信憑性はゼロ。そういう弾き方をしている、という【事実】や【根拠】がない限り、アナタ達は「プロは、絶対に鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾いている」と【妄想】している、と言われても仕方がないです。
また、鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾いた方が(力を使わずに)楽に弾ける、と言う人もいるようですが、【実際に】プロは「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾いている」のかを【調べた】データ(= プロはこうやって弾いている、という【事実】)を見る限りでは、実際のプロの弾き方は、鍵盤に腕の「重さ」を乗せるよりも【鍵盤を押す力】がはるかに少なく、しかも、指先への負担もはるかに少ないことがわかります。
そろそろ、「鍵盤に腕の「重さ」を乗せて弾きなさいっ!」と言う人たちには、そういった【事実】から目をそらさず、その認知的不協和による不快感に打ち勝つために、上記で紹介した新しい認知を取り入れ、自分の誤りを正してほしいものですね。そうしないと、研究結果に裏打ちされた【事実】による、より良いピアノ指導が広まっていかないです。。。
では。
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