「ゆっくり弾くこと」の罠4: 「速く弾く練習」の具体例
こんにちは、リトピです。
ピアノ上達方法、練習方法において、「ゆっくり弾くこと」が挙げられることが多いですが…今回は、「速く弾く練習」の具体例についてお話しします。
速く弾くために
おさらい
前回「「ゆっくり弾くこと」の罠3: 速く弾くためには「速く弾く練習」が必要」では、「ゆっくりした動作」と「速い動作」の違いについて説明しました。以下に再掲します。
- ゆっくりした動作の難しさ: ゆっくりな動作をずーっと続けることができるか
- 速い動作の難しさ: 短時間に(どれだけの距離を)素早く正確に動かせるか
ここでは、この「速い動作」の難しさを解消・克服させる練習のことを「速く弾く練習」と呼ぶことにします。その練習方法と「ゆっくり弾く練習」の方法との差異は何なのか、簡単な説明と、具体例を交えて、以下で紹介します。
「速く弾く練習」とは
巷で言われている「ゆっくり弾く練習」ですが、大抵は、以下のような流れでしょう。
-
<ゆっくり弾く練習>
- 目的: インテンポで演奏
- とても遅いテンポから弾き始める
- ちょっとずつテンポを上げていく
- 弾けなくなったところ = 今の自分の実力
- テンポを上げられるように、そのテンポで練習を繰り返す
- 最終的にインテンポで練習
対する「速く弾く練習」は以下の通り。
-
<速く弾く練習>
- 目的: 自分の弾きたいと思うテンポで演奏
- 以下の3つが意識できるテンポで練習
- (1)確認: 弾く部分の楽譜や鍵盤を目視
- (2)準備: 確認した部分へ移動させる準備
- (3)行動: 確認した部分を思い切って演奏
- 上記3つができると、少しずつテンポを上げたくなってくる
- このテンポで弾きたいと思える = 目的達成
まず【目的】の違いですが…演奏は「インテンポ」だからいいんじゃなくて「自分らしい演奏」だから良い、と私は思っています。個人的には、「インテンポで弾く」という目標を掲げることに意味や価値は全くないと思っています。
また、速く弾くために必要なのは、「速い動作」の難しさを解消・克服させることですが、それができるのが上記で示した(1)確認、(2)準備、(3)行動の3つです。この3つが上手になるような練習が「速く弾く練習」ということです。
逆に言えば、最初のテンポ設定も、その3つが意識できるテンポであれば十分。必要以上にテンポを遅くする必要は全くありません。むしろ、あまりにも遅すぎると、練習に身が入らなくなります(理由は、記事「「ゆっくり弾くこと」の罠3: 速く弾くためには「速く弾く練習」が必要」の余談を参考)。
そして、(1)確認、(2)準備、(3)行動の3つができるようになってくると、おのずと速く弾けるようになってくるので…自らの意思で「そろそろテンポを上げたい」と思ってきます。強制的にメトロノームでテンポを上げていくのではなく、自分自身がそう思ったときに演奏のテンポを上げるのが良い練習だと思います。「早く、速く弾けるようにならなきゃ!」なんて焦る必要はどこにもありませんよ。
ところで。。。「ゆっくり弾く練習」では、ちょっとずつテンポを上げていったとき、あるところで急に弾けなくなる、というのがあると思います。これは、そのテンポが「今の自分の実力」なのではなく、そうなってしまう部分が【ゆっくり弾く練習の限界】なんだと考えています。これについては、具体例を交えて次のところでご紹介します。
では、両者の違いを、「とあるフレーズを練習する場合」と「跳躍を練習する場合」の2つの具体例を紹介しつつご説明します。
具体例1: とあるフレーズを練習する場合
とあるフレーズを速く弾くときに難しいのは、【短い時間】の中でどれだけたくさんの音を処理できるか、です。例えば、BPM180で、16分音符を弾く場合、1秒間に12回打鍵する必要があります(図1)。
図1. BPM180の楽譜例。この場合、この4つの16分音符は0.33秒の間で弾かなければならない。そこが非常に難しい。 |
- その部分をゆっくり弾けるようにする
- 1秒間に12回打鍵(4つの16分音符を0.33秒で演奏)できる方法を模索する
この(1)の練習方法が「ゆっくり弾く練習」であり、(2)の練習方法が「速く弾く練習」と言えるでしょう。以下でその違いにつて説明します。
ゆっくり弾く練習
とあるフレーズを練習するときに、「ゆっくり弾くこと」を取り入れていた場合、少しずつテンポを上げながら練習しているときに、以下のような流れが発生している恐れがあります。
図2. ゆっくり弾く練習の流れ。「楽譜」「鍵盤」と書かれている部分は、そのタイミングで楽譜や鍵盤を目視。 |
いきなりゆっくり練習し始めたせいで、「【短い時間】の中でどれだけたくさんの音を処理できるか」という「速い動作」の時にだけ現れる難しさがなくなります。これでは、単に「このフレーズをどれだけゆっくり弾けるか」という意味のない練習をしているにすぎません。。。
ここのダメなポイントは、このフレーズがどんなにゆっくり弾けるようになっても…このフレーズの本来の難しさである「【短い時間】の中でどれだけたくさんの音を処理できるか」は絶対に解消されない、という部分。
また…よく「ゆっくり弾くこと」を取り入れた練習では、「あるテンポを超えると弾けなくなる」とか「インテンポになると弾けなくなる」などと言う人がいますが、それは恐らく…テンポが上がったことによって、次の音を「弾く準備」(これは絶対にゼロには出来ない)を十分にする時間がなくなったためだと推測できます。これが「ゆっくり弾く練習」の限界点です。
それ以上速く弾けるようにするためには、この練習方法そのものを根本的に変える必要があります。それが、次でご紹介する「速く弾く練習」です。恐らく、この無駄な「ゆっくり弾く練習」を取り入れている大半の人は、(無意識かもしれませんが)途中からその正しい練習方法に切り替えているでしょう。
速く弾く練習
このフレーズを速く弾けるようにするためには、このフレーズの本来の難しさである「【短い時間】の中でどれだけたくさんの音を処理できるか」というのを練習をする必要があります。
その問題を解消するためには、(1)楽譜や鍵盤の確認、(2)「弾く準備」をどのタイミングで行うか、そして(3)思い切った行動ができるか、というのが重要です。そのためには、次の2つの(1)次の音を「弾く準備」をいかに減らすことができるか、(2)「弾く準備」に必要な時間をどのタイミングで、どれだけ確保できるか、を考える必要があります。下の図のような練習を行えば、次の音を「弾く準備」を減らしつつ、時間を十分確保できます。これが、「速く弾く練習」です。
なお、練習のテンポは、上記の点がすべて【弾きながら意識できる状態】であれば、いくつでも構いません。
図3. 速く弾く練習の流れ。フレーズをひとかたまりにすれば、「弾く準備」をする数を減らせる。 |
また、このときに大事なのは、「別にミスってもいいや、と思う」「素早く正確に弾けるよう身体をコントロールしよう、とは思わない」の2点です。なぜこの2つが大事なのかは、書籍『音楽家のための アレクサンダー・テクニーク入門』、もしくは書籍『ミスタッチを恐れるな』をご参考ください。
ちなみに、図3の上の練習方法(フレーズを弾く前にいろいろ意識する)は、書籍『音楽家のための アレクサンダー・テクニーク入門』にも似たものが書かれています。ご興味があれば、そちらもお読みください。
具体例2: 跳躍
上記のような考え方は、跳躍も一緒です。跳躍部分を速く弾くときに難しいのは、【短い時間】の中でどれだけ跳躍部分を正確に移動できるか、です。例えば、以下の図では、1オクターブほどの跳躍部分の移動を、0.16秒の間に済ませる必要があります(図4)。
図4. リスト作曲「メフィストワルツ」の難関の一つ、跳躍の連続。この部分の跳躍は、約0.16秒の間で各鍵盤の位置に指が来るよう、手・腕・身体を(正確に)移動させなければならない |
さて…この跳躍部分が、弾けるようになるためには、以下のどちらを練習で行えば良さそうですか?
- その跳躍部分をゆっくり弾けるようにする
- 1オクターブほどの距離を0.16秒の間で正確に移動できる方法を模索する
この(1)の練習方法が「ゆっくり弾く練習」であり、(2)の練習方法が「速く弾く練習」と言えるでしょう。以下でその違いについて説明します。
ゆっくり弾く練習
跳躍部分を練習するときに、「ゆっくり弾くこと」を取り入れていた場合、以下のような流れが発生している恐れがあります。
図5. ゆっくり弾く練習の流れ。「鍵盤」と書かれている部分は、そのタイミングで鍵盤を目視。「微調整」は、目測による移動後、指・手・腕の位置をより正しい位置に修正する動きの時間。 |
いきなりゆっくり練習し始めたせいで、「【短い時間】の中でどれだけ跳躍部分を正確に移動できるか」という「速い動作」の時にだけ現れる難しさがなくなります。これでは、単に「この跳躍部分をどれだけゆっくり弾けるか」という意味のない練習をしているにすぎません。。。
ここのダメなポイントは、この跳躍部分がどんなにゆっくり弾けるようになっても…この跳躍部分の本来の難しさである「【短い時間】の中でどれだけ跳躍部分を正確に移動できるか」は絶対に解消されない、という部分。
また…跳躍部分の「ゆっくり弾く練習」で問題になるのは、跳躍部分の音を弾く前に「微調整」を入れてしまっている場合。ミスを嫌い、「ゆっくり弾く練習」をしているときは、「微調整」(目測による移動後、より正しい位置に指・手を修正する動き)をする時間を【無意識に】取っているはずです。
何度も「ゆっくり弾く練習」を繰り返すと、この「微調整」が当たり前になってしまう恐れがあります。そうすると、この「微調整」のせいで、一向に跳躍部分を速く、かつ、正確に弾けない、という事態が起こります。この「微調整」を入れるやっかいな癖は、「ゆっくり弾く練習」をしている限り、きっと直らないでしょう。。。
当然ですが、「鍵盤」を見るタイミングと「弾く準備」のタイミングの位置もこのままだと、この跳躍部分を速く、かつ、正確に弾けない原因の一つになります。その2つを、跳躍部分の直前に置くと…テンポを速くしたとき、【短い時間】の中で「その2つを意識 + 移動」をしなければならないので、結果として「弾く準備」がおろそかになってしまうからです。
速く弾く練習
この跳躍部分を速く弾けるようにするためには、この跳躍部分の本来の難しさである「【短い時間】の中でどれだけ跳躍部分を正確に移動できるか」というのを練習をする必要があります。
その問題を解消するためには、(1)鍵盤の確認、(2)「弾く準備」をどのタイミングで行うか、そして(3)思い切った行動ができるか、というのが重要です。そのためには、次の2つの(1)「弾く準備」に必要な時間をどのタイミングで、どれだけ確保できるか、(2)「微調整」なしに目測の位置に思いっきり飛び込めるか、を考える必要があります。下の図のような練習を行えば、少しずつ跳躍部分の弾き方が分かってきます。これが、「速く弾く練習」です。
なお、練習のテンポは、上記の点がすべて【弾きながら意識できる状態】であれば、いくつでも構いません。
図6. 速く弾く練習の流れ。弾く前に跳躍先の鍵盤を目視し、弾く準備を行う。その後、「微調整」なしに思いっきり跳躍先に飛び込むことで、跳躍部分の弾き方がわかってくる。 |
また、このときに大事なのは、「別にミスってもいいや、と思う」「素早く正確に弾けるよう身体をコントロールしよう、とは思わない」の2点です。なぜこの2つが大事なのかは、書籍『音楽家のための アレクサンダー・テクニーク入門』、もしくは書籍『ミスタッチを恐れるな』をご参考ください。
まとめ
とあるフレーズや跳躍部分を速く、かつ、正確に弾くためには、以下の点に気をつけながら「速く弾く練習」をすると良いでしょう。
- 「ゆっくり弾く練習」では、「速い動作」のときに現れる難しさを解消できない
- 「速く弾く練習」では、とあるフレーズをひとかたまりにして、一度に処理すべき数を減らす
- 「速く弾く練習」では(1)確認、(2)準備、(3)行動の3つの順番を意識する
- (1)確認: 次に弾く音・音のかたまりの楽譜・鍵盤位置を目測で確認
- (2)準備: 次に弾く音・音のかたまりを弾く準備を行う
- (3)行動: 「微調整」なしに、思いっきり演奏する・身体を移動させる
- 練習のテンポは、上記3つが弾きながら意識できるテンポで
- 別にミスってもOKという精神で練習すること
次の記事「「ゆっくり弾くこと」の罠5: 今自分が弾けるの「最良のテンポ」を探そう」では、練習時のテンポはどれくらいが良いのかについてお話しします。
では。
0 件のコメント :
コメントを投稿