お悩み相談室19: 指を速く動かしたいのですが……

公開日: 2019年8月2日金曜日 ピアノ 持論

こんにちは、リトピです。

さて、今回の「お悩み相談室」の内容はこちら。

悩み19: 指が速く動かない

テンポの速い曲を弾きたいけど、なかなか弾けない。。。ゆっくりテンポから徐々にテンポを速めていく練習をしているのに。。。やっぱり、速く弾くには指自体を速く動かさないといけないよなぁ……と思いつつ、それってどうすればいいかわからない!という悩み、意外とあると思います。

でも、ちょっと調べるとわかると思いますが、大体この悩みの解決として出てくるのはここら辺の内容ばかり。

  • 指を速く動かすためには、指を動かすための神経細胞がたくさん必要
  • 複数の指同士を独立に動かせることが必要
    (個々の指の筋肉に送る脳からの指令が変化することが必要)
  • 指の筋力と指を動かす速さとの間には相関がないことは既に実証されています
ピアニストのための脳と身体の教科書~第05回 身体が動く仕組み (4)指を速く動かす脳の仕組み~(抜粋)

うーん、そんなこと言われたって、神経細胞の数や指の独立(もとい脳からの指令を変化させること)は一朝一夕でどうにかなるもんでもないし、指の筋力を鍛えても意味はないと言われたら……もうどうすりゃいいの?と思ってしまう人が多いでしょう。

そんなすぐに解決しそうにない悩みにまで、ぐいぐいと食い込んでいけるのが理系目線の良いところ(ぇ

実は、前回の記事「お悩み相談室18: 楽にミスなく速く弾けないのですが……」にて、速く弾きたいという特効薬として【指先を鍵盤から離せ!】というものを提示しましたが……これは速く弾けるようにするための序章(ただの打鍵準備)に過ぎませんでした、というのが今回のお話。では早速この悩みの解決策を見てみましょう。

解決策その1: 別に指自体は速く動かさなくていい

「……ぉぃぉぃ、それ、悩みの解決になってねぇじゃねーかっ!」と思った人、挙手!(笑

でもさ、そもそも「指が速く動かない」という悩みは【(細かいフレーズを)速く弾けるようになりたい】という願望から生まれたものでしょう?じゃ、考えるべきは、【どうやったら、(細かいフレーズを)速く弾けるようになるか?】ではないでしょうか?

「いや、だからといって指自体は速く動かさなくていいっておかしくね?」「だって、そもそも指が速く動かないのが速く弾けない原因なわけで……」とここで思うのが一般的な思考だと思います。。。が……

それ、誰が言ったの?誰が決めたの?

信じるべきは……

「いやいや、曲のテンポを上げるには、【物理的に】打鍵する指の速度もあげなきゃダメでしょ?」「リトピさんお得意の【理系目線】はどこいっちゃったんだぁ?えぇ?」なんて声が聞こえてくる……かどうかはわかりませんが(笑、実はこんな研究結果があるんです(図1)。

図1. 右手で上の楽譜を弾くのが「遅い」ピアニスト(番号17)と「速い」ピアニスト(番号24)の演奏テンポ-指を動かす速度のグラフ

これは、以下の研究の結果の抜粋。図1上にある楽譜を速いテンポで弾けるピアニストと、速く弾けないピアニストの差は何か?というのを調べたものです。

Finger motion in piano performance Touch and tempo,
Werner Goebl et. al., Proceedings of the International Symposium on Performance Science, 2009

図1の左は、最速テンポが「遅い」ピアニストです。この「遅い」ピアニストは、演奏テンポが速くなると、指の動作速度を上げて、速いテンポに対応させるようにしています……が、演奏できる最速テンポは12 tones/s (= BPM 180で16分音符を演奏)まででした。

一方、図1右の最速テンポが「速い」ピアニストは、演奏テンポが速くなっても、途中からは指の速度が変わっていないにも拘わらず、速いテンポに対応できています。しかも、この「速い」ピアニストは、演奏できる最速テンポが16 tones/s (= BPM 240で16分音符を演奏)にまで達していました。

ね、この結果から、速く弾けるようにするためには【別に指自体は速く動かさなくていい】というのがわかるでしょ?いや、むしろ、速く弾くためには【指自体を速く動かしちゃダメ】とも言えそうだな。恐らく、「遅い」ピアニストのように、「演奏テンポを上げるために指の動作速度を上げる」という方法には限界があるのでしょう。

やはり、信じるべきは、自身の考え(もとい妄想)より、こういった実際の(論理的に調べて得られた)結果ですよ!!

ここで、「……えっと、じゃあ、【何が】速いテンポで弾けるようにさせているの?」と思ったアナタ、是非次に進みましょう。でもここで、「それはやっぱり「脱力」かしら♪」なんて考えていたら、それはもう立派な「脱力」信者です。おめでとうございますっ!

解決策その2: 代わりに指を動かすタイミングを早めよ!

今回の悩みを解決するためのメインの手段は、この【指を動かすタイミングを早めよ!】です。

残念ながら上記図1で紹介したように、ピアニストでさえ、指の動作自体を速くする弾き方では、演奏できる最速テンポが「遅い」という結果になってしまいます。……っということは、指の動作速度を速める以外の方法で、演奏テンポを速める方法を考えなければなりません。

それが、【代わりに指を動かすタイミングを早めよ!】という方法。この一文だけではイメージしにくいと思うので、まずは上記論文にある図を使って説明します(図2)。

図2. 弾くのが「速い」ピアニストが中くらいのテンポと速いテンポのときに実際にやっている指の動き。図内の各英略は、mxH: maximum height(打鍵前・準備時の指の頂点位置)、FK: first-key contact(指が鍵盤に当たった位置)、KB: key-bottom(指が鍵盤の底をついた位置)。

この図2は、各2,3,4指の正面から見た個々の指の動きを表しています。そして、上が中くらいのテンポ(7 notes/s = BPM 105で16分音符を演奏)で弾いたときの動き、下が速いテンポ(14 notes/s = BPM 210で16分音符を演奏)で弾いたときの動きです。

この図2全体をそのまま見るだけでは少々わかり難いので、まずは前半の2,3指の動き(1小節目のH,C)だけに注目してみましょう。図2上の中くらいのテンポで弾いたときの前半の2,3指の動き(1小節目のH,C)は、以下の順番で動いていることがわかります。

    <中くらいのテンポの場合>
  1. 2指が打鍵準備のため、mxHの位置まで上がる
  2. 2指がFKの位置まで下りてきて鍵盤に当たる
  3. 2指がKBの位置まで下りてH音が鳴る(オレンジの破線)
  4. その後に3指が打鍵準備のため、指をmxHの位置まで上げる(緑の破線)
  5. 3指がFKの位置まで下りてきて鍵盤に当たる
  6. 3指がKBの位置まで下りてH音が鳴る

一つひとつの動作を文にするとややこしいですが、要は中くらいのテンポの時は【2指で打鍵→3指で打鍵】(オレンジの破線→緑の破線)という順番で指を動かしている、ということがわかります。一般化するなら【前の指の打鍵が終わったら→次の指で打鍵する】ってこと。えっ、そんなの当たり前だって?

ちなみに、動画にするとこんな感じになります。
1. 中くらいのテンポ(7 tones/s、♩=105で16分音符を弾く速度)の場合

では次に、図2下の速いテンポで弾いたときの前半の2,3指の動き(1小節目のH,C)を見てみましょう。なんと、以下の順番で動いていることがわかるんです。

    <速いテンポの場合>
  1. 2指が打鍵準備のため、mxHの位置まで上がる
  2. 2指がFKの位置まで下りてきて鍵盤に当たる
  3. 2指がKBの位置に……
    辿り着く前に、3指が打鍵準備のために、mxHの位置まで上がっている(緑の破線)
  4. 2指がKBの位置まで下りてH音が鳴る(オレンジの破線)……
    ときにはすでに、3指がFKの位置まで下りてきて鍵盤に当たっている
  5. 3指がKBの位置まで下りてH音が鳴る

これも一つひとつの動作を文にするとややこしいですが、要は速いテンポの時は【2指の打鍵が終わる前に、3指の打鍵を開始】(緑の破線→オレンジの破線)という流れで指を動かしている、ということ。これを一般化するなら、【前の指の打鍵が終わる前に、次の指の打鍵を開始】ってこと。……ん?図内の色付き破線の順番が中くらいのテンポと速いテンポで逆になってる??なんじゃそりゃ???

ちなみに、動画にするとこんな感じになります。
2. 速いテンポ(14 tones/s、♩=210で16分音符を弾く速度)の場合

ここは、今回の悩み解決の重要なポイントなので、もうちょっと噛み砕いて説明できるように図解します。上記の2つのテンポの打鍵を前半の2,3指の動き(1小節目のH,C)だけに注目してみると、こんな感じになります(図3)。

図3. 弾くのが「速い」ピアニストが中くらいのテンポと速いテンポのときに実際にやっている指の動き(簡易版)

中くらいのテンポでは、図3上に示すように2,3指を一つ一つ動かして打鍵すればよかったのですが、速いテンポになると、図3下の(3),(4)のように、2指が打鍵し終わる前から、3指も打鍵動作を開始させています。要は、テンポを速くすると、指の動作自体の速度ではなく、次の指を動かす【タイミング】の方を早くする、というのが、演奏できる最速テンポが「速い」ピアニストの【実際にやっている方法】、というわけです。

まとめ

今回の悩み「指が速く動かない」もとい【(細かいフレーズを)速く弾けるようになりたい】という願望をかなえるべく、我々がすべきことはコレ。

別に指自体は速く動かさなくていい。代わりに指を動かすタイミングを早めよ!

上記で紹介した論文を通して、速いテンポを弾くときに「指の動作自体を速める」という方法には限界があることを知りました。でもこれ、ちょっと驚きの結果だと思いませんか?だって、演奏テンポを速めようと思ったら、いつも意識していた【前の指の打鍵が終わったら→次の指で打鍵する】という動作自体を速めなきゃ!と思うのが普通だと思うんですよ。

でも実際はそうではなく、【前の指の打鍵が終わる前に、次の指の打鍵を開始】、つまり、次の指を動かす【タイミング】の方を早くするという方法を取ることが、速く弾くための秘訣でした。これなら、ピアニストのように指を動かす神経細胞の数が(まだ)多くなくても、我々はより速いフレーズを弾くことができる、というわけです。やったね!

このような「実際は普通の考えとは違った……」というのは、実際に調べてみなければわからないこと(そもそも、何が「普通」なのか?)。みなさんも、これを機に(ピアノ界の)常識に捕らわれず、いろいろ調べてみる・試してみることをオススメします。

では

補足: 速く弾くために、まず「ゆっくり練習」って効果ある?

当ブログの記事を読んできたみなさんなら、もうお分かりかもしれませんが、一応補足。大半の人が、(細かいフレーズのある)速いテンポの曲を初めて練習するとき「ゆっくり練習」すると思われますが、そのとき、どうやって指を動かそうと考えながら練習していますか?

恐らく、大半の人が「指を一つ一つ丁寧に動かそう!」と思っているはず。でもそれって、【前の指の打鍵が終わったら→次の指で打鍵する】という動作そのものだと思いませんか。まぁ、ゆっくりなテンポのときはそれで良いでしょう。

でもテンポを徐々に上げていくとき、「ゆっくりのときと同じ動作を、少しずつ速められるようにしよう!」と思っていません?でもそれって【前の指の打鍵が終わったら→次の指で打鍵する】という動作そのものを速めようという考えと同義だ、と思いませんか。

もしかして、その「ゆっくり練習」でみなさんがやろうとしているのって、上記論文で取り上げられている「遅い」ピアニストと同じ弾き方を目指そうとしているのと同じでは?それじゃ、その「遅い」ピアニスト同様、どっかでテンポを上げていくのが頭打ちになります(恐らく、ゆっくり練習を取り入れてるのに全然速く弾けない人は、こういう状況に陥っているのかも)。

でも、今回の論文を見てわかったように、より速いテンポに追随していくためには、どこかで【前の指の打鍵が終わる前に、次の指の打鍵を開始】、つまり、次の指を動かす【タイミング】の方を早くするという方法に切り替えていく必要があるんです。っということは、「ゆっくり動作と速い動作では、動作の仕方や難しさの性質が変わってしまう」ということに気をつけなければならず、その速いテンポを弾くときの動作を習得しようと思ったら、【速く弾く練習】をする必要があります。

実はこれ、決して特別なことではなく、トレモロだって、連続オクターブ連打だって同じこと。

要は、「ゆっくり練習」(= ゆっくりなテンポから同じ弾き方で徐々にテンポを上げる練習)だと、途中から指の動作自体の速度を速めることが出来ずどこかで演奏テンポに限界が来てしまいます。その状況に陥らないためには、まず【速く弾く練習】をして、「【前の指の打鍵が終わる前に、次の指の打鍵を開始】、つまり、次の指を動かす【タイミング】の方を早くするという方法」がどういうものかを体感するのが良いでしょう。まず先に【速く弾く方法】がわからないと、いくら「ゆっくり練習」しても、その効果は非常に薄いでしょうから。また、「ゆっくり弾くこと」を目的にしてはいけません

では

P.S.

巷では「脱力」なんて言葉があふれかえっていますが、そんな言葉じゃ、こんな指の動作なんて絶対に説明できないです。残念ながらピアノ奏法の考察は、それほど甘くはない。

一部の「脱力」信者は、よく適当に「「脱力」は大事だけど難しい!」とか「「脱力」は永遠のテーマです!!」なんて恥ずかしげもなく言えるよなぁ。。。それ、掲げてるテーマ自体がおかしいから、永遠に答えが見つからないってことにそろそろ気付かないかな?まったくさぁ、何年言ってんの、それ?

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