読むときに気を付けるべき書籍2-3(物理編): 『目からウロコのピアノ脱力法』

公開日: 2019年8月8日木曜日 ピアノ 持論 重力奏法 書籍 脱力

こんにちは、リトピです。

こちらは、個人的に、間違いやミスリードの記述が多いと感じた書籍をご紹介するコーナーです。 本来ならば購入しない方が望ましいのですが、何かの手違いですでにご購入されてしまった方への 救済として本コーナーを設けております。

これは前回の続き。

『目からウロコのピアノ脱力法』
馬場 マサヨ 著, yamaha music media

今回は、前回説明したこの書籍の「推測・考察が甘い」という説明の続きです。

では早速、この説明に入ります。

ヘンな点3. 物理知識が浅い

これ、前にこの特集で紹介した書籍『ピアノ脱力奏法ガイドブック 1』の著者岳本さん同様、物理知識が浅いことによって起こってしまっている問題点を指摘します。

3-1. 腕の重さって変わるの!?

この書籍ではいくつか「試してみよう!」特集というものがあります。ここではいろんな実験(?)をして、如何に自分の主張が正しいかを説いているようなんですが……物理知識が浅いと、そういう主張はどうなってしまうのかを、実際に見てみましょう。まずは腕の重さについて。

試してみよう!
~腕の重さがこんなに違う(その1)~(p.31)

ここで馬場さんは、(1)脇を開いた状態と(2)脇を締めた状態では、腕の重さが違うと言っており、(1)脇を開いた状態の方が腕は重く、脇を締めると逆に腕は軽くなる、と言うんです。

このパートを読んだとき、「そもそも「重さ」は変わらない(変わるときは重力が変わる)から、この主張はなんか変だぞぉ?」ってことに気付かなかった人は、そういったことに騙されないために自己防衛力を高める意味で、もう一度中学物理を勉強した方がいい。でも、ここまではみなさん理解できるはず。

じゃあ次の問題。(1)脇を開いた状態の時、何が腕を重たく【感じさせて】いると思いますか?(これは中学物理の範囲外だが、こういう疑問を持つことは大事だと思う)

これ、実は【力のモーメント】というものが働いてるからなんです。カバンって、斜めに(身体から遠ざけて)持つ方が重たく【感じる】でしょ?カバン自体の重さは【変わってない】はずなのに。それと同じ原理です(参考: 偏差値を15あげる受験物理ブログ)。

っというわけで実際は、(1)脇を開いた状態では、遠ざかった腕に【力のモーメント】が働き、腕全体を脇側に戻そうとする(回転させようとする)力が作用し始めるために、(2)脇を締めた状態よりも腕が重く【感じる】というわけ。

この原理は別に知らなくてもいいのですが、こういう感覚は日常的にみなさん体感しているはず。で、大事なことなのでこれだけはもう一度言います。腕の重さは、(1)の状態でも(2)の状態でも全く変わらないからね!(この考察は中学物理の知識があれば十分)

この【力のモーメント】って高校物理の内容だから、馬場さんが知らないのは仕方がないかもしれなけど……出版前に誰か指摘してあげなよ。それが監修者、出版社の役目じゃないの?こんなんが現代の書籍として出版されるのってさ、これに関わった全ての人(著者、監修者、出版社など)にとってすっごく恥ずかしいことだと思うけどなぁ。。。

3-2. はかりって役立つの!?

「試してみよう!」特集からもう1つ。

試してみよう!
~打鍵の強さをはかりで計る~(p.80)

はいきた、はかりを使ったヤツ。すでにこれについては記事「番外編6: 秤を使った練習に苦言」で説明したけど、これ、そこで表示されている値に意味はないです。強いて言えば、はかりに表示される数値は「打鍵後、鍵盤の底に加わる力」です……が、それに意味はないのはみなさんも、もうご存知でしょう。

もしこれが、各筋肉(浅指屈筋・深指屈筋 or 骨間筋)が収縮したときの力だけを調べた、という意味だったら、手首を机の上に置いて固定し、指を第1関節から曲げたときの力(主に浅指屈筋・深指屈筋が使われる)と第3関節から曲げたときの力(主に虫様筋と骨間筋が使われる)を比べる必要がある。(手首が浮いてると、手首や腕によって押し込まれる力も含まれる可能性があるので)

ただ、これをしたところでその結果に意味はないと断言しよう。なぜなら、ピアノを弾くときに重要なのは、「どれだけの力(重さ)を鍵盤に加えたか?」ではなく「どれだけの勢いが鍵盤に伝わったか?」だから(詳細は記事「番外編5: 「鍵盤は50gの重さで沈む」の真実」を参照)。そもそも、はかりは瞬時の力の強さを計るものではない。それに、はかりを使ったことによって指の押し込む力の強さがわかっても、その強い力が鍵盤にゆっくり加わってたら、ピアノの音は鳴らないです。

それに、ピアノの鍵盤の重さ(押し下げるために必要な力)はたったの50 g(重)程度(詳細は記事「新ピアノ奏法2: 鍵盤が重いと感じる理由とその改善案1」を参照)。仮に、はかりで計った値が打鍵時に使われるとしても、打鍵時に300 g(重)の力あれば、鍵盤を押し込むには十分すぎるくらいです。(ただし、実際には鍵盤が押し込まれている間は、300 g(重)の重さですら鍵盤にはかからない。詳細は記事「番外編5: 「鍵盤は50gの重さで沈む」の真実」を参照)

ってなわけで、この書籍に書かれている「打鍵の強さをはかりで計る」の結果には何の意味もないことがわかります。

骨間筋などの筋肉について

ちなみに、馬場さんは「特にこの「骨間筋」という筋肉は(中略)とてもパワーのある筋肉なのです。(p.49)」と言っていますが……指の曲げに関する筋肉について、他の情報を見ると、こんなことが言われています(参考: 医療法人湯本整形外科, 手外筋と手内筋肉)。

手外筋は持久力があり~
(中略)
手内筋は持久力がなく~

ここでいう手外筋は浅指屈筋・深指屈筋などのこと、手内筋は虫様筋・骨間筋などのことを指します。あれ?この書籍と言っていることが違う?

また、筋肉全般については、こう言われています(参考: MUSCLE QUALITYー最先端の科学と現場の融合ー)。

筋が太ければ太いほど力が強い
(中略)
筋の収縮速度は筋の長さに比例します。
つまり、筋が長いほど速いということです。

よく見……なくても、手外筋(浅指屈筋・深指屈筋など)は、手内筋(虫様筋・骨間筋)に比べて、明らかに筋が太く長いですよね。ってことは、手外筋(浅指屈筋・深指屈筋など)の方が、筋肉の収縮が強くて速いってことに。あれ?これもこの書籍と言っていることが違う?

ちょっと調べただけでここまで食い違うとは。。。でも、馬場さんは、何をもって第3関節から曲げたときの力(主に虫様筋と骨間筋が使われる)が強いと言っているのか、が気になるところ。この書籍って、そういう主張の根拠を一切書いてないんだよなぁ。。。

うーん、もうちょっと深く調べてみましょう。この『筋骨格系のキネシオロジー』によれば……

まず、一つ目。「骨間筋」はどういうときに使われるのか見てみましょう。

相当な抵抗に対して手を閉じるとき、骨間筋は非常に高いレベルの筋電活動を示す。骨間筋は、MP関節で比較的大きな屈曲トルクを発生することができる。

とのこと。ピアノ弾くときって、「相当な抵抗に対して手を閉じる」状況ってある?そういう(骨間筋が働いて非常に強く手を閉じさせる)状況を作り出さない方法を探すのが大事じゃないかな?しかも……

(上記続き) それに比して、虫様筋は抵抗のあるなしにかかわらず、本質的に筋電活動を示さない。しかし活動がないのはこの筋が有効な力を生み出せないことを意味しない。

だそうだ。また『筋骨格系のキネシオロジー』によると、骨間筋の張力は、虫様筋の20倍大きいらしいので、屈曲トルクは骨間筋の方が大きいそうです。ただし、収縮距離は短い、とのこと。これをもって、馬場さんは「特にこの「骨間筋」という筋肉は(中略)とてもパワーのある筋肉なのです。(p.49)」、と言っているのかな?ただ、浅指屈筋や深指屈筋との比較は、『筋骨格系のキネシオロジー』からは見つけられなかったです(そっちの方が太いからあえて比較するまでもないってこと?)。

でも、もうちょっと『筋骨格系のキネシオロジー』を読むと、こういうことも書いてあります。

小さく低いパワーの握りは、ほとんど深指屈筋だけの筋電活動を生む。(中略)浅指屈筋は予備の筋として機能し(中略)。 手を閉じるときに、指伸筋は一定の筋活動を示す。この活動はMP関節における伸展ブレーキとしての役割を反映する。この重要な安定機能は、長い指屈筋が遠位(PIP、DIP関節)への作用を写すことを可能にする。

こういった筋肉の使い方が、指先の繊細かつ安定な動きを実現させているようです。

個人的には、ピアノを弾くときはこっちの筋肉(深指屈筋・浅指屈筋と指伸筋の調和)がより使われているのでは、と推測してます(詳細は記事「お悩み相談室6: 指の関節が弱いのですが…」を参照)。ただ、まだ誰も、ピアノを弾く際のこれら指周りの筋肉の使い方すべてを同時に細かく研究していないようなので(少なくとも、私はそういった論文を見つけていない)、実際はどうかわかりませんが、ね。

誰か、そういった論文を見つけたら教えてください。

3. 小まとめ~物理知識が浅い~

さて、物理知識の浅いとどうなってしまうのか、というのをこの書籍からいくつか例をだして説明しましたが……じゃあ、どこまで知っていればいいの?と悩みますよね。私だって、もっと知識の持っている人からすれば、私が述べた上記の内容を稚拙と思うでしょうし。。。難しいところです。

ただ、少なくとも中学物理さえ正しく理解していれば、大きな間違いは起こさないのでは?と思います(今回の場合は「重さは変わらない」という知識があれば、この書籍のところどころの主張がおかしいことに気付ける)。なぜ義務教育に理科(物理)が組み込まれているか、もうちょっと考えてみてもいいと思います。

この書籍の紹介(批判?)は、あと1回で終わります。もう少々お付き合いください。

では。

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