ピアノ奏法史
公開日: 2020年1月16日木曜日 ピアノ 持論 重力奏法 脱力
こんにちは、リトピです。
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉があります。当然、自分自身で経験することは大事ですが、我々の人生はそう長くはありません。一方「歴史」は、【世代の異なるたくさんの人々が経験し、蓄積していった(成功だけでなく失敗も含めた)膨大なデータ】を我々に見せてくれます。その「歴史」から教訓を得ることで、我々の短い人生は、より良いものになっていきます。
ってなわけで、我々の短い人生を無駄にすることなく、これからの合理的なピアノ奏法を考えるために、ピアノ奏法の歴史を見ていきましょう!
ピアノ奏法史
今回のピアノ奏法史を形作るにあたり、以下の書籍・論文を参考文献として使わせていただきました。これからの文章の内容は、ほぼ、以下の2つの参考文献から得た知識です(第四世代の奏法を除く)
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<参考文献>
- 酒井 直隆, 『ピアノを弾く手ピアニストの手の障害から現代奏法まで』, 音楽之友社 (2012)
- 大地 宏子, “ハイフィンガー奏法による日本のピアノ教育の系譜 - 明治末期から井口基成の 時代まで -,”神戸大学大学院総合人間科学研究科 (2001)
なお、上記に書かれている奏法の歴史は、とーっても細かい部分まで書かれているので、私の方では、歴史から教訓を得るために必要な部分(各奏法の特徴や背景、問題点)だけをまとめて紹介します。
ピアノ奏法史の年表
まずはピアノ奏法史の全体を俯瞰できる年表を見てみましょう(図1)。ただし、ただ奏法の歴史だけを並べるだけでは味気ないので、ピアノの歴史と、当時活躍した主なピアニストらを一緒に乗せておきます。
図1. ピアノ奏法史の年表(ピアノとピアニストの歴史含む) |
ピアニストのレオポルド・ゴドフスキーの提唱した奏法の分け方(参考文献[2])を参考に、以下のように各時代のピアノ奏法を4つの世代に分けました(第四世代の名付けはリトピによるもの)。
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<ピアノ奏法の世代>
- 指奏法(14世紀ごろ~)
- ハイフィンガー奏法(19世紀中ごろ~)
- 重量(重力)奏法(19世紀後半~)
- トルクを用いた奏法(21世紀~)
さて、アナタの先生は第何世代の奏法を教えてくれているのでしょうか?時代に乗り遅れぬよう、早速、以下でそれぞれの奏法の特徴等を見ていきましょう。
第一世代: 指奏法(14世紀ごろ~)
1-1. どんな奏法?
簡単に言えば、「肘から指を水平に保ち、手首を動かさずに指のみで弾く奏法」です(図2)。
図2. 指奏法の特徴 |
1-2. 奏法の背景
「指のみで弾く」というのは今からしたら批判の対象となってしまいますが、これは、ハープシコードやクラヴィコードの時代から続く、ピアノの鍵盤が軽かった時代に適した奏法でした。つまり、当時のピアノは「指のみで弾く」奏法で十分だったんです。
18世紀前半に出てきた現代のピアノの前身となる「クリストフォリのピアノ」(音色や表現技法はクラヴィコードの方が上で人気がなかったらしい)や、18世紀後半に出てきた「シュタインのピアノ」(音量は小さいが音色が美しいウィーン・アクション(ハンマーがキーの向きと反対になっている)を採用)や「ブロードウッドのピアノ」(クリストフォリのピアノの構造を引き継いだ、音色よりも大音量が出せる点に特色のあるイギリス・アクション(ハンマーがキーの向きと同じになっている)を採用)も、鍵盤の重さ(正確には慣性モーメントの大きさ)は、現代のピアノの半分程度(慣性モーメントの場合は1/3程度)だったようです(各ピアノの構造は、クラシックの鍵盤楽器を参照)。
さらに、それらのピアノの強度は、現代のピアノほど強固ではないため、「指のみで弾く」奏法で鍵盤を叩かないと、ピアノを壊してしまう恐れがあったようです。つまり、当時にとっては「指のみで弾く」奏法が【正しい奏法】であったと考えられます。
1-3. 奏法の主な提唱者
驚くことなかれ。我々もお世話になっているピアノの練習曲をたくさん作った人として有名なツェルニーやクレメンティは、実は「指奏法」の提唱者です。
でも、それもそのはず。当時の大半のピアノは、指奏法向きの軽い鍵盤を持っていたわけですから。聞いたことありませんか、「手の甲に硬貨を乗せた練習」を(図3)。これはクレメンティが編み出した指奏法を会得するために手首の動きを抑える工夫を施した練習法です。
図3. 指奏法の練習1: 手の甲に硬貨を乗せる。消しゴムや水の入ったコップでも可。 |
また、手首の動きを抑えるために、上記以外にも、以下のような手首を何かで支える工夫も編み出され(図4)、それによって手首が上下に動くことを防ぎ、指だけの動きに専念できるようにする練習が、当時は流行ったようです。
- 手首の下に鞭を当てて弾く(by フランソワ・クープラン)
- 手首の下に棒を当てて弾く(by フレデリック・カルクブレンナー)
図4. 指奏法の練習2: 鍵盤手前に棒などを置いて、そこに手首を乗せて弾く |
1-4. 奏法の問題点
上記で説明したように、当時行われていた「指のみで弾く」という指奏法自体に問題はありません。むしろ、当時のピアノからしたら、「指のみで弾く」ことをしないと、大変なこと(楽器が壊れる等)になったと思われます。
問題なのは、その後、ピアノの構造が大きく変わり、鍵盤が重くなり(正確には、慣性モーメントが増大し)、指の負担が急増したにもかかわらず、この「指のみで弾く」奏法を生徒に教え続けたピアノ教師らにあります。つまり、時代が変わっているにもかかわらず……
「チェルニー大先生がそうおっしゃっているのだから、お前たち、言うとおりに弾け」
(引用元: 参考文献[1])
ということが大大大問題。これ、ツェルニー没後から150年以上たった今でも、同じような指導をしているピアノ教師、いそうだなぁ。。。
第二世代: ハイフィンガー奏法(19世紀中ごろ~)
2-1. どんな奏法?
これはご存知の人も多いでしょう。簡単に言えば、「手首を動かさず、高く上げた指を振り下ろす動作で弾く奏法」です(図5)。
図5. ハイフィンガー奏法の特徴 |
2-2. 奏法の背景
この奏法、今となっては目の敵とされていますが、この奏法が生まれた当時はいろいろあったようです。
ピアノの構造が大きく変わり、鍵盤が重くなったことで、手首をほとんど動かさない旧来の「指奏法」に無理が生じてきたというのは、この時代になってようやく多くの人が感じてきたようです。それと同時に、ピアノ演奏に求められることも変わり、大きなホールで大音量を響かせ超絶技巧を魅せることが必要になってきました。しかし、当時のピアノ奏法・指導は、そのピアノの構造や求められる演奏の変化に追いつけず、四苦八苦していたらしい。
そのさなかに生まれた奏法が、この「ハイフィンガー奏法」です。
正確には、この奏法はドイツで生まれ「ドイツ流奏法」と呼ばれていましたが、その後日本に渡り、音楽学校にて戦前より徹底的にこの弾き方が教え込まれ、日本に浸透していきます。そして、後に日本のピアニスト中村紘子氏が書籍『チャイコフスキー・コンクール』(1991年)にて、この奏法を「ハイフィンガー奏法」と名付けたのが始まりとされています。
2-3. 奏法の主な提唱者
この奏法が初めて体系的にまとめられたのは、シュトゥットガルト音楽院を設立したジグスムント・レーバート、ルードヴィッヒ・シュタルク が1858年に出版した『理論的実践的大ピアノ教本』のようです。続いて、ベルリンの教育者であるアドルフ・クッラクが1861年に『ピアノ演奏の美学』を出版し、このハイフィンガー奏法(もとい、当時は「ドイツ流奏法」)が広まっていきました。
日本では、1955年に出版された井口基成氏の『上達のためのピアノ奏法の段階』で、このハイフィンガー奏法がいろいろ語られているようですが、彼はいろいろと熱心過ぎる指導をされていたようです(詳しくは、参考文献[2]をどうぞ)。
当時は超根性論的な指導が当たり前だったようですが、それによる弊害があまりにも大きすぎる。これこそ、「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という考えで、歴史から教訓を得て、同じ過ちを繰り返さないことが必要だ、と私は強く主張したい。
2-4. 奏法の問題点
みなさんはもうこの奏法の問題点はわかっていると思いますが、実は、この奏法が生まれた当時から……教師の指導を守り真面目に練習した生徒から、手の痛みの訴えが続出。つまり、盲目なまでに熱心な学生ほど被害者になっていたわけです。そのエピソードだけで、この奏法がどれほど問題があるかの説明は不要でしょう。
しかし日本では、戦前から「ドイツ流奏法」(つまり、ハイフィンガー奏法)を徹底的に教え込まれた歴史があり(当時の音楽学校はドイツから来た先生が多かったらしい)、残念ながら今も根強く残っています。驚くことに、この奏法が奏でる明瞭でカッチリした音色が、当時の日本(特に井口氏が指導していたころ)では好まれたといいます(だから当時は日本中にこの奏法が広まっていった)。
第三世代: 重量(重力)奏法(19世紀後半~)
3-1. どんな奏法?
こちらは、近年日本で話題になっている奏法なので、みなさんもご存知でしょう。簡単に言えば、「脱力した腕の重さを指先にかけて打鍵する奏法」です(図6)。
図6. 重量(重力)奏法の特徴 |
3-2. 奏法の背景
実は、「ハイフィンガー奏法」(もとい、「ドイツ流奏法」)が生まれる前の、ツェルニーの時代から、ショパンやリストらが指だけに頼った弾き方を否定していました。当時は現代のピアノに近い鍵盤の重い(正確には、慣性モーメントが大きい)タイプも登場していましたから、当時からそのような「指奏法」に対する反発の動きがあったのは当然のことだったと思います。
特にショパンは、死の間際、自身の奏法に関するまとめを書いていたようですが、残念ながら日の目を見ることはなかったようです(ただし、ショパンの提唱した奏法は、この重量(重力)奏法ではなく、従来の「指の力を均等にする練習」を否定し、各指の違いを受け入れ、ひとつひとつの指の個性を生かすために、手の他の部分である手首、前腕、腕も使いましょう、というものだった)。
その後も、ショパンと同じように指だけの力で弾く奏法に違和感を覚えた人たちが増え、彼らによってあれこれ試行錯誤され、この「重量(重力)奏法」が生まれました。
3-3. 奏法の主な提唱者
この「重量(重力)奏法」を体系的にまとめた人としてまず挙がるのが、ルートヴィヒ・デッペです。彼は1885年に『ピアニストの腕の痛み』で、この奏法をまとめています。さらにその後、弟子のエリーザベト・カラントが、1897年に『デッペのピアノ奏法理論』を刊行しました。彼らの言う「重量(重力)奏法」は、以下のようなものだったようです。
「手は羽のように軽くしなければならない」
―手は支えられることによって軽くなる。
「腕が脱力しても肩で支えられているので腕の重みを指先にかけること」
重量奏法における肩と腕の筋肉のバランスは、低い椅子に座ると理解しやすい。
(引用元: 参考文献[1])
その後、以下の2人によって、この奏法は世界中に広まっていくのでした。
一人目はドイツのピアノ教師であるブライトハウプト。彼は、1905年に「重量(重力)奏法」の方法をまとめた『自然なピアノ奏法』を刊行。彼の文章は独特かつ曖昧な表現が多く当時は(今も?)様々な物議を醸したようです。
二人目はイギリスのピアノ奏法理論家であるトバイアス・マティ。彼は、同1905年に『タッチの動作』を刊行し、「重量(重力)奏法」を説明。ブライトハウプトとの違いは、筋肉の使い方とタッチの関係、さらにはピアノの打鍵構造の理解をまず先に考えていたことにあります。
3-4. 奏法の問題点
博識なピアノ弾きであれば、ここまでの世代の奏法はすでに知っていて、さらにはこの「重量(重力)奏法」がピアノ奏法の最先端だ、と考えている人は多いでしょう。
しかし、この奏法にも大きな問題点があるんです。以下で説明します。
「脱力した腕の重さを指先にかけて打鍵する」ということは、あの「おもたーい腕」の重さが、あの「ほそーい指先」に乗る、ということです。これはどういうことなのでしょう?
この問に対して、ブライトハウプトやマティらがこの奏法を広めてから100年以上経った今、このように回答する人たちがいます。
- "腕の重さを支えられる強靭な関節を作らなければなりません。"
(by 岳本恭治氏, 『ピアノ・脱力奏法ガイドブック Vol.1〈理論と練習方法〉』(2015)) - "指で鍵盤を押し続けている筋肉は緊張を続け、腕の重さを支えることができるのです。"
(by 馬場マサヨ氏, 『目からウロコのピアノ脱力法』(2018))
とりあえず、岳本氏の主張は意味不明なので無視することとして……馬場氏の主張は、この奏法に矛盾があることを物語っています(が、本人はその矛盾にまったく気付いていないようだ……)。
いいですか。
今までの世代の奏法で説明したように、指だけの奏法は、現代の鍵盤が重いピアノには不向きであり、ケガをする恐れがあります。……が、それでも現代のピアノの鍵盤の重さはたかだか60 g程度。
……にもかかわらず、この奏法では、彼らの主張によれば「数kgもある腕の重さを、(数十g程度の鍵盤の重さすら押し込むのが大変な)指先で支えろ」ということになる。もうちょっとわかりやすく言えば……
- 指だけでは、たかが数十gの重さの鍵盤でさえ、弾くのが大変である
- 指だけでも、数kgもある腕の重さを、強靭な関節や筋肉で支えることができる
この上記2つが同時に満たされていなければ、この奏法は成り立たないんです(図7)。ね、おかしいでしょう?
図7. 重量(重力)奏法の矛盾点 |
仮に、岳本氏の言うように、数kgもある腕の重さを支えられる強靭な関節が作れたとしましょう。イメージとしてはこんな感じ(図8)。
図8. 指の強化に成功したときのイメージ |
すると……その指は「数kgもある腕の重さを支えられる」くらいに強くなったわけですから、これまでの世代で問題だった「指の弱さ」が解消されたことになります。そのため、いちいち打鍵の度に数kgもある腕の重さ(≒ ボーリングの玉と同じくらいの重さ)を支えるよりも、たかが数十gしかない鍵盤の重さ(≒ ポケットティッシュ5,6個分の重さ)を動かす方が絶対楽だ、と思いませんか?(図9)
図9. 「数kgもある腕の重さに耐えられる」ように指を鍛えたところで……結局、楽なのは「たった数十gの重さしかない鍵盤を動かす方」じゃないのか? |
つまり、この「重量(重力)奏法」がなかなか理解できないのは、その説明が「難しい」から理解できないのではなく、単にその奏法の説明が【矛盾している】から理解できないだけ。この奏法を軸にしている限り、これらの矛盾が絶対に解消できないことが、この奏法の大きな問題点です。
3-5. 奏法のその後
実は、この奏法の話には続きがあります。ブライトハウプトやマティらがこの奏法を広めてから約100年後、日本のピアノ奏法等の研究の第一人者である古屋先生が執筆した論文「ピアノ打鍵動作の熟練技能:「重量奏法」の科学的検証 (2008)」によって、この奏法が科学的に解明されました。
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<重量(重力)奏法とは>
この打鍵では、腕を降ろす際、腕は「脱力」しているのではなく、腕にかかる重力によって上腕二頭筋が【伸張性収縮】しています(つまり、重力より小さい力を使いながら腕を降ろしている)。
さらには、打鍵時にその腕の勢いにブレーキをかけている(つまり、重力に逆らった力を使っている)ため、打鍵の際、腕の重さが指先に乗ることはありません(この奏法の詳細は、記事「「重力奏法」概論」を参照)。
この「重量(重力)奏法」を上記のような研究結果の内容だと考えれば、上記で述べた矛盾がなくなります。
もうちょっと簡単に言えば、実際の「重量(重力)奏法」では、わざわざ「腕の重さ」を指先にかけて打鍵しなくても、【腕には十分な質量がある】ので、重力によって下がる腕の勢いが鍵盤に伝わるだけで十分だ、ということです。
蛇足)
岳本氏と馬場氏の発言の引用元である書籍の出版年(2015年, 2018年)と、古屋先生が出した論文の年(2008年)を比較してみてください。如何に彼らが勉強不足かがわかるかと思います。ピアノ奏法の研究をしたいなら、適当な持論(もとい妄想)をあれこれ並べる前に、まず初めにそれを研究している人たちの動向を追ってほしい。そういった【先行研究】を調べるのも、研究者の努めですよ。
第四世代: トルクを用いた奏法(21世紀~)
4-1. どんな奏法?
これは、俗にいう科学的に解明された「省エネ奏法」です。簡単に言えば、「動作の動力源をより大きな部位に任せ、小さな力で大きなトルクを生み出し打鍵する奏法」です(図10)。
図10. トルクを用いた奏法の特徴 |
4-2. 奏法の背景
これまで説明してきた世代の奏法は、「解剖学」や 「生理学」を基にして生み出されていました。しかし、上記で説明したような物理、特に「運動学」がなおざりにされてきたのが大きな問題でした。
確かに、「重量(重力)奏法」の説明にある「腕や身体全体の重さを指先にかけて打鍵」する方法は、「指のみの打鍵」よりも大きな力は出せます。しかし、そこで奏法の考察が頭打ちになってしまったのは、これまでの世代では、中学物理で習う「並進運動」しか考慮されていなかったからです。身体やピアノの構造や動きを「並進運動」で考えている限り、ピアノ奏法の歴史はここでストップしてしまうことでしょう。
それを打ち破り、この第四世代で新たに登場するのが、肩・肘・手首の関節周りに起こる【回転運動】(高校物理)によって発生する【トルク】(= 物体を回転させる力…のようなもの)の存在です(【トルク】の詳細は、記事「お悩み相談室11: ピアノが弾きにくい(鍵盤が重い)のですが…」を参照)。
21世紀に入ってから、古屋先生らによって、打鍵時に発生する【トルク】の重要性が科学的に明らかになりました。その力(のモーメント)を利用した奏法が、この第四世代の奏法というわけです。
4-3. 奏法の主な提唱者
この【トルク】を利用した奏法の提唱者は、(この記事執筆時点では)少なくとも日本には2人しかいないと思われます。
一人目は、上記で紹介した古屋晋一先生。この「トルクを用いた奏法」の詳細は、次の論文で説明されています。(古屋 晋一, "ピアニストの身体運動制御 ―音楽演奏科学の提案," システム制御情報学会誌 (2009))
もう一人は……そう、この私、リトピです(ぇ
いち早く、現代のピアノ奏法の研究結果をまとめた古屋先生の論文の重要性に気付き、彼の論文や、それを基にしながら自身の理系脳を駆使した持論を、自身のブログで一つひとつ丁寧に図付きで説明している人は、恐らく(現時点では)私しかいないでしょう(例: 上記の論文の紹介記事「番外編4: 「脱力」で、高速和音打鍵は絶対に出来ない」)。
っという冗談(?)はさておき。
古屋先生のピアノ奏法研究の論文が出始めてからすでに10年以上経っているわけですから、そろそろこの「トルクを用いた奏法」を提唱する人が私以外にも増えてもいいような気がしますが……次の問題点があるから難しいだろうなぁ。。。
4-4. 奏法の問題点
この奏法の大きな問題点は、内容がバリバリの理系で、理解が難しいこと。この【トルク】を用いた奏法を理解するには、最低限、高校物理の知識がほしいところなんですが、高校物理って、高校で理系に進まないと、まともにやらない単元らしいじゃないか。
一般的には文系と理系の割合は7:3であり(参考: 文系と理系の比率は7:3! 男女別での割合はどうか?, たくみっく)、その中でピアノをやっている理系はより少ないだろうから、【トルク】という言葉を使った説明で、すぐにパッと理解できるピアノ弾きは、ほんのひとつまみなのだろう。。。
さらに、この奏法のポイントの一つは、「力を抜くこと」ではなく【動作の動力源をより大きな部位に任せる】こと(= 身体のコーディネート)だが、 ピアノ界にはびこる「脱力」という言葉とイメージのせいで、理系寄りの人であってもこの理解が深まらない、という問題もあります。
この問題を解消する方法として、例えば、古屋先生の書籍『ピアニストの脳を科学する 超絶技巧のメカニズム』では、そこら辺の難しさをすっ飛ばし、一般人にも読めるような簡素な文章にすることで、読みやすさ・わかりやすさを優先させています。
もちろん、それはとっても素晴らしいことですが、そのために当然、研究結果で得られた内容の大半は大幅にカットされていますし、そこに書かれている簡素な表現が学術的に正しいかどうかには疑問が残ります。残念ながら「誰にとっても読みやすい・わかりやすい = 内容が正しい」というわけではないんです。
当然、そういった試みは、とっかかりとしてはベストだけど、あの書籍を読んだ後、古屋先生の論文(当然英語のものも含む)にまで手を出して、目を通せる人ってどれくらいいるのだろうか(彼の書籍を読めたとしても、それだけでは彼の論文を読むだけの必要な知識は足りなすぎる)。
っというわけで、この奏法の大きな問題点は、「相手のレベルに合わせてに伝えるのが難しい」と言えるかな、と思います。
まとめ
今回はピアノ奏法の歴史というお題で、(各種奏法の紹介や世代についてはもっと細かい説明があると思いますが、)奏法を世代ごとに4つに分類し、ポイントをおさえつつ、ピアノの歴史と共に見てきました。第一~三世代の奏法は、今から考えれば、おかしな点が多々あるのですが、当時は必然的に生まれたもので、かつ、時代を映す重要な奏法であったことが理解できたと思います。
それと同時に、いまだに古い世代の奏法(および、その当時流行った練習法)が、21世紀になった今でも行われている!というのに驚かれた人もいるでしょう。そういうところに気付けたのも、「歴史から教訓を得る」利点かな、と思います。
で、このようにピアノ奏法史をひも解くと……実は、現代における、ある懸念点が浮かび上がります。それは……
なのではないか、ということ。
上記で説明したように、日本で流行ったハイフィンガー奏法は、今や目の敵にされていますが……諸外国は、日本でハイフィンガー奏法が流行っていた時期から、もうすでにその奏法の淘汰が始まっていました。つまり、日本は諸外国に比べて、奏法に関して遅れを取ってる、というわけ。
最後に紹介した第四世代である「トルクを用いた奏法」が提唱されつつある今(しかも提唱者は日本人!!)、その波に乗って行かないと、今日本で主流になりつつある「ハイフィンガー奏法 vs 重量(重力)奏法」の重量(重力)奏法も、ハイフィンガー奏法のように「諸外国ではすでに時代遅れになっても日本ではまだ流行っている」という二の舞になるのでは、と私は懸念しています。
日本のピアノ奏法、遅れを取り戻すなら今です!!
では。
P.S.
ちなみに、その他の奏法として「ロシア奏法」なるものがありますが、いろんな紹介文を見る限り、上記で説明した第三世代「重量(重力)奏法」の延長に感じた。そのため、抱えている問題(矛盾点)は同じだと思われる。
大変興味深いお話で、なるほどとかやっぱりとか思いながら読ませていただきました。私はもろ文系脳ですので、トルクと言われても、は?と思いますが、図を見ると分かります。ただ、この図は肩の辺りからしか書いてありませんが、自分の感覚では肩甲骨はもっと重要だろうと思います。ピアノはまったくの素人で、練習不足のへたくそ、その上、体も硬くてまだまだ肩甲骨をうまく使えているとは到底言えませんが。なので、何を言っても説得力がないかもしれませんが、肩甲骨の動きが少しよくなるにつれて、テクニックも表現もずっとよくなったように思います。(あくまで自分の中でのレベルの低い中での話です。)
返信削除古屋先生のピアニストの脳~の本は以前読んだのですが、ほとんど記憶にない、、、ということは、ほとんど理解してなかった、、、当然論文にまで手を出すはずもなく、、、(汗)
トルクという言葉は使ってないと思いますが、井上直幸先生も身体のどこを使うかということで指の第一関節から全身の重みまで6段階に分けて図を入れて説明されてますね。
肩甲骨についてはアレクサンダーテクニークでも同じようなことを言っていると思いますが、私がより影響を受けたのは古武術の甲野善紀さんです。もちろん直接古武術を習ったわけではありません。甲野さんは古武術の体の動きを他のスポーツに応用できるように、プロや日本代表クラスのさまざまなジャンルの一流選手に指導されています。その中でよく著書にも書いておられるのが肩甲骨の大切さです。それを音楽の分野でも応用しようとされている方たちもいらっしゃるようです。
長々と失礼しました。この他にもいろいろおもしろそうなことを書かれていらっしゃるようなので、またゆっくり読ませていただきたいと思います。ありがとうございました。
返信が遅くなりました。コメントありがとうございます。
削除確かに肩甲骨の動きも大事だと思いますが、今回はものすごく簡単に書かせていただきました ^^;
古武術も、身体を楽に動かす方法を熟知した術でしょうから、いろんな分野にも応用できるのは納得です。
記事や返信はとっても不定期ですが、もしよろしければ今後もよろしくお願いいたします。